米国:盛り上がる「赤ちゃんの性別お披露目パーティ」~両極端に振れるジェンダー意識

文=堂本かおる
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「Getty Images」より

 先日、ニューヨークを拠点とするあるNPO団体のウエブサイトを見ていたら、職員名のリストに「(本人が希望する)人称代名詞」が書き添えられていた。

エイミー・スミス
人称代名詞:シー/ハー/ハーズ
Pronouns: She/Her/Hers

ジェームズ・ハリソン
人称代名詞:ヒー/ヒム/ヒズ
Pronouns: He/Him/His

 当団体のエイミーには女性の人称代名詞Sheを、ジェームズには男性の人称代名詞Heを使ってください、ということだ。エイミーは女性の名前、ジェームズは男性の名前なので、このふたりに限っては人称代名詞と性別が合致している。ただし、各人がシスジェンダーなのか、トランスジェンダーなのか、名前が本名なのか、改名したものかは名簿からは分からない。

 ポイントは各人がシスかトランスかでも、名前でもなく、本人が希望する人称代名詞で呼んで欲しいということだ。

 近頃、これと同様の人称代名詞表記を時々見掛けるが、さらには性別による人称代名詞の違いを無くそうという主張もある。

 「She」「He」を廃止し、すべての人を「They」と呼ぼうというアイデアだ。Theyは複数形だが性別がないため、相手が一人であっても使おうというものだ。多少の違和感はあるものの、新たに造語を作るよりは馴染みやすいということなのだろう。

過激な「ジェンダーお披露目」パーティ

 旧来のジェンダー規範を変えようという流れが今のアメリカにはある。だが、そうした「過激」さについて行けないアメリカ人もまた多い。昔ながらの「男」「女」とはっきり区分けたジェンダーを当たり前のものとし、そのまま維持しようとする人々だ。

 アメリカでは生まれてくる赤ちゃんの「性別お披露目パーティ」が流行している。10年ほど前から始まった新しい習慣だ。妊娠中のカップルが家族や友人を招き、赤ちゃんが女の子か男の子かを告げるパーティだ。

 この性別発表パーティがここ数年は過激化し、今年はとうとう死者まで出る事態となっている。ここでいう「過激」とはジェンダーについての思想ではなく、パーティのアトラクションを指す。

 そもそもはアイシングで塗り固めたホール・ケーキにカップルがナイフを入れ、中のスポンジ生地がピンクなら女の子、ブルーなら男の子であるとして、いずれの場合も招待客共々「オー!!」「女の子だ!!/男の子だ!!」「おめでとうー!!」と盛り上がるものだった。

 ところがここ数年はSNSに画像投稿するために「もっと派手でなければ!」となった。郊外で広い庭を持つ人たちは、車のアクセルを思いっきり踏むとタイヤのあたりからピンク、もしくはブルーの煙が吹き出るなどの仕掛けを考案し始めた。

 2年前、アリゾナ州では夫がブルーのパウダーを仕込んだ銃のマトを手作りし、招待客の前でライフルで撃ち抜き、パウダーを噴き出させるというアイデアを思いついた。一行はアリゾナの乾き切った空気の中、連邦所有地でこのアトラクションを行った。マトの爆発によって周囲の枯れ草が燃え出し、瞬く間に手の付けられない有様になった。最終的に190㎢を焼き尽くす大規模な山火事となり、消火活動に800万ドルが費やされた。夫は逮捕され、莫大な賠償金を一生払い続けることになった。

 今年9月にはアイオワ州で、やはり夫がピンクもしくはブルーのパウダーが吹き出す「パイプ爆弾」を手作りした。庭で爆発させた際に金属片が飛散し、パーティに参加していた祖母に当たり、なんと祖母は亡くなってしまった。

 それからわずか1カ月後の今年10月、テキサス州では小型飛行機を雇い、パーティ会場である自宅の庭の上空からピンクの水を撒くというアイデアを実行したカップルがいる。ピンクの水は無事に撒かれたものの、その直後に飛行機が墜落する事故が起きた。飛行機は大破したが、奇跡的にもパイロットは無傷だった。

行政が作った『ジェンダーとは何か?』というビデオ

 上記の事例はSNS熱が行き過ぎた結果ではあるものの、根底には昨今のジェンダー解放思想への反発があるように思える。アメリカはキリスト教に強い影響を受けている国でもあり、ジェンダー規範や異性婚へのこだわり、つまり同性婚への反対も信仰に基づくことが多い。また、国土が広大なだけに田舎/郊外/都市部は距離的に大きく隔たっており、それぞれ文化的、思想的にも異なるものがある。

 以下はニューヨーク市行政が作った『ジェンダーとは何か?』と題されたビデオだ。ジェンダーとセクシュアリティの違いなどが分かりやすく、ユーモアを交えて説明されている。性別お披露目パーティと同様に赤ちゃんが生まれた瞬間にピンクやブルーで祝われるシーンがあり、そのままピンクやブルーを受け入れるシスジェンダー、ブルーからピンク、またはその逆に取り替えるトランスジェンダー、どちらの色も選ばないノンバイナリーが登場する。

 こうした都市部リベラル層による「旧来のジェンダー規範を変える思想は、赤ちゃんの性別お披露目パーティを行う人々には到底受け入れられないものだ。もちろん都市部にも田舎にも異なる考えの人がおり、キリスト教徒にも様々な考えを持つ人がいる。だが都市部リベラルと田舎や郊外の保守派の対立は長年にわたって煽られており、特に2020年大統領選を控えた今はトランプ支持か否かにも結びつく。トランプの支持層は保守派であり、トランプとニューヨーク市長のビル・デブラジオ(2020年大統領選に出馬するも支持率が伸びずに撤退済み)は犬猿の仲である。

女の子にピンクはダメなのか?

 人間にとって自分や他者のジェンダーが非常に重要な問題であることは確かだ。保守、リベラルを問わず、女の赤ちゃんが生まれたら素直に可愛いピンクで祝いたい気持ちに大方の人はなるだろう。実際、ニューヨークでも女の赤ちゃんにはピンクの、男の赤ちゃんにはブルーの贈り物がごく当たり前に贈られる。

 しかし、ピンクもしくはブルーのままでいられない子供が誕生する現実があり、かつジェンダーを決めるのは上記のビデオで語られているように当人なのである。とはいえ、まだ言葉も話せない赤ちゃんにジェンダー自認を確かめることはできない。では出産祝いは男女を問わず、すべて黄色にすべきなのか。

 さらに言えばシス/トランスを問わず、単に好みの問題としてピンクを好まない女の子や女性もいる。そもそもピンクとブルーはジェンダーを表す、いわば記号として使われる色だが、そのまま性別によるステレオタイプにも直結している。トイレのドアに描かれる、スカートを履いた人物のイラストも然りだ。昔は有効だったあのイラストも、現在のアメリカでは女性もパンツ着用率がスカートのそれを上回り、現実に即さないものとなっている。

 ジェンダーにはあらゆる問題が付随している。時代と共に変化する事象もある。ひとつひとつを模索していくしかないのだと思える。

(堂本かおる)

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