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富士フイルムのM&A失敗から考える、ビジネス交渉術の真理

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富士フイルム西麻布本社(画像はWikipediaより)

 富士フイルムホールディングス(以下富士フイルム)が、交渉を続けてきた米ゼロックスの買収を断念した。この買収については、当初から無理があり、実現するのは困難との見方が大半だったが、富士フイルムは自社に有利すぎる条件を撤回できなかった。

 一連の経緯は、わたしたち個人にとっても非常に参考になる。日常生活は小さな交渉の積み重ねであり、対人関係で成功したければ、自らの要求を一方的に突きつけるだけではダメである。相手の立場を理解した上で、自身が有利になる条件を探し出すコツが必要である。

ゼロックスを買収して子会社と合併させる算段だったが

 富士フイルムがゼロックスの買収を発表したのは、2018年1月のことである。同社がゼロックスの株式50.1%を取得し、子会社である富士ゼロックスと経営統合するというスキームである。

 少しややこしいが、富士ゼロックスは、富士写真フイルム(当時)とゼロックスの合弁会社として設立された企業で、アジア太平洋地域においてゼロックスの事業を行っている。つまりゼロックス本体は、米国や欧州などで事業を展開し、アジア太平洋地域のみ富士フイルムとの合弁会社が事業を行うという棲み分けである。

 現在、米ゼロックスは業績が悪化しており、株主はゼロックス経営陣の退任などを求めていた。こうしたところに割って入ったのが富士フイルムである。業績悪化をうまく利用して米ゼロックスを買収し、自身の子会社である富士ゼロックスと経営統合すれば、ゼロックスの全世界の事業が手に入る。

 欧米では急速にペーパーレス化が進んでおり、先端的な企業ではもはや複写機はオフィスに必要ない道具となっているが、まだ複写機が残っているところもある。ゼロックス全体でリストラを進めれば業績を回復できるという算段だったと考えられる。

 しかし、買収はうまくいかなかった。

 最大の理由は、富士フイルム側の要求が、ゼロックスの株主にとってメリットのないものだったからである。ゼロックスの株主は、当初、ゼロックス単体でのリストラを望んでいたので、ここに富士フイルムが割って入るためには、当初の業績回復プランを上回るメリットを富士フイルムが提示できなければ、ゼロックスの株主が納得しないことは容易に想像できた。

 ところが、富士フイルムが提示した条件は正反対のものだった。

 富士フイルム側にはキャッシュアウトがなく、約2500億円の特別配当だけで経営権を掌握するというものであり、圧倒的に富士フイルム側に有利な内容だった。このプランに対してゼロックスの株主が反発するのはごく自然なことである。結局、富士フイルム側が自社の条件を変えなかったことから、交渉はもつれにもつれ、最終的には買収を断念せざるを得なくなった。

交渉というものへの誤解

 世の中では交渉という概念がかなり誤解されている。交渉に強い人というのは、ひたすら自身の要求を相手に突きつけ、強引に物事を進める人だというイメージを持つ人も多いが、それは単に乱暴な人でしかない。本当に交渉がうまい人は、相手が何を望んでいるのかを的確に察知し、その範囲ギリギリで自身に有利になる条件を見つけ出すことができる。

 日本の企業社会では「こちらの事情もご理解ください」「そこを何とかお願いします」というセリフをよく耳にする。だがこうしたやり取りも、実は暴力的な交渉の一部でしかない。言葉遣いは丁寧で、へりくだっているように聞こえるかもしれないが、発言の内容を論理的に解釈すれば、「私は何も譲歩しない。あなたが泣き寝入りすべきだ」と主張しているだけである。

 こうした交渉をあえて意図的に行っているのであれば、それはそれで戦略なので自由だが(あまりうまくいくとは思えないが)、暴力的な交渉をしているという自覚がないまま、こうした発言をしているのであればかなり由々しき問題といってよいだろう。

 富士フイルム側が果たしてどのような認識だったのか定かではないが、このケースも客観的に見れば、一方的でかなり乱暴なものであった。

 交渉で誠意を示すためには、交渉内容に誠意を反映させることが大事であり、いくら言葉使いを丁寧にしても、問題は解決しない。富士フイルム側に、「こちらの事情もご理解ください」といった意識があったのだとしたら、交渉がうまくいかないのも当然であり、今回の件は、今後の教訓となるだろう。

威圧的に振る舞うことには何の意味もない

 交渉事というのは、実は交渉が始まる前から、ほとんどの勝ち負けは決まっている。圧倒的に強い立場の元請け企業と下請け企業が価格交渉をしても、基本的に元請け企業が有利であるという事実は変わらない。交渉における成功・失敗というのは、ほぼ確定している基本的な勝ち負けを基準に、そこからどれだけ有利な条件を引き出せるのかで決まる。

 泣き落としや声を大きくするといった戦術的な対応にもそれなりの効果はあるが、こうした戦術レベルの対策で、根本的な勝ち負けを変えることはできない。経営学の基本に「戦略のミスは戦術ではカバーできない」というものがあるが、交渉事でもそれは同じである。いくら戦術レベルで工夫を凝らしても、大きな枠組みを変えることはできないと考えるべきだろう。

 そう考えると、いわゆる交渉が強い人、弱い人という概念も大きく変わってくるのではないだろうか。

 外見にひるんでしまうようなレベルの人物でもない限り、声を大きくしたり、威圧的であることは交渉には何も役立たない。効果があるとすると本人の自己満足くらいなものだろう。

 むしろ、合理的な落としどころを理解し、そこを基準にどのラインを勝ちとするのか、論理的に考察できる人こそが、真の意味で交渉に強い人である。

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