男女差別が根強いインドに、貧困から抜け出すための女子校がある

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 2019年9月13日、教育科学文化機関(ユネスコ)が、学齢期(6歳から17歳)の世界の子どもたちの6人に1人が、学校に通っていないと発表した。

 世界全体では男女差の縮小が徐々に見られるが、小学校に一度も通えない女子は約900万人、男子は300万人いる。ユネスコのアズレ事務局長は「少女は大きな障害に直面し続ける」と声明を出した。

 さらに、このままでは 「2030年までにすべての人に質の高い教育を提供する」という、国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成は困難だとし、国際社会への対策の強化を訴えた。

インドの田舎にある女子校

 筆者が在住していたインド北西部ラジャスタン州にあるプシュカルという小さな町でも、女子を主体に、貧困により教育を受けられない子どもたちが数多く存在していた。

 この事態を憂慮して、町には、貧困家庭の女子を対象に、無料で教育が受けられる「フィオール・ディ・ロト・スクール」がある。

 この女子校は、イタリア人女性を中心に運営されている。ちなみに、「フィオール・ディ・ロト」は、イタリア語で蓮の花を意味するのだ。

 筆者はインド在住時にこの女子校で奉仕活動をし、現在は日本支部「フィオール・ディ・ロト・ジャパン」の代表を務めている。本稿では、インドの「フィオール・ディ・ロト・スクール」の事情を紹介したい。

なぜ女子校なのか

 「フィオール・ディ・ロト・スクール」には、欧米人を中心に、たくさんの外国人が見学に訪れる。その中で一番多い質問は、「なぜ女子校なのか」だ。

 ラジャスタン州は、インドの中でも保守的な州である。聖なるプシュカル湖を擁するヒンドゥー教の聖地であるプシュカルは、その中でもさらに保守的な小さな町だ。

 そこでは、親の面倒をみる存在として息子が重要だ」という、息子信仰が根付いており、息子が生まれるまで子どもを産み続ける家庭もある。そういった事情で、女子を中心にした多子は、親自身が満足な教育を受けていない貧困家庭に多く見られる。

 貧困のために子ども全員を学校へ行かせられない場合、親が教育を優先するのは男子だ。学校に行けない女子たちは、家事など家の手伝いをさせられ、読み書きができないまま大人になる。

 女子の教育機会の欠如は、さらなる男女格差を生み、インドの社会問題にもなっている。

年間3万6000円の寄付で学費からランチまで支給

 「フィオール・ディ・ロト・スクール」は、イタリア人女性のMara Sandri(マラ・サンドリ)氏を中心に、「女子にも教育を」を理念に、2003年に開校した。生徒数42人でスタートした同校は、2019年現在、600人を超える生徒が勉強している。

 校舎が手狭な状況から、現在、幼稚園の年少、年中、年長、1年生から8年生までが、「フィオール・ディ・ロト・スクール」の校舎内で学ぶ。

 9年生から12年生は、町内の提携している学校に通う。その後、3年制の大学は、公立大学に限るが、学費、文房具、大学までのバス代などのサポートをする形が取られ、大学卒業まで無料で勉強できる。

 同校は世界各国の有志による寄付金で運営されており、日本人の寄付者もいる。寄付者一人が生徒一人をサポートする形で、年間3万6000円で、学費、制服、通学カバン、靴、靴下、文房具、教科書、昼食にいたるまで、すべて支給される。徒歩15分以上かかる遠方の生徒は、スクールバスでの通学も可能だ。

 学校は寄付者に、サポートしている生徒の成績表、写真、手紙などを一年に一回送付している。

貧困家庭には食料も支給

 筆者は同校の入学前の親子面接に3年ほど立ち会ったが、毎年、多くの人たちが詰めかけていた。

 インドでは、1年生から5年生の小学校にあたる初等教育、6年生から8年生の中学校にあたる前期中等教育は義務教育となっており、公立校の学費は無料である。しかし、通学カバンや昼食まで支給される同校に通学できれば、親はまったく負担なしに子どもを学校に通わせられると、入学希望者が殺到していた。

 入学に際しては親子面接があり、親の仕事や収入、家族構成などの詳細を聞き、入学を決定する。多子家庭、母子家庭の女子の入学は、優先的に許可される。

 同校に通う子どもたちの親の平均月収は、6000ルピー(約9000円)ほどである。ここから家賃を払うと、1日に使えるお金は約200円ほどで、子どもの数によっては、学校どころか最低限の食事にも事欠く家庭もあるのが現状だ。同校に通う生徒の中には、学校で食べる昼食で一日の栄養の大半を補っている子どももいる。

 同校では、このような家庭には、1カ月に1回、500ルピー(約750円)分の食料を支給している。これも各国の有志からのサポートで、特定の貧困家庭のみに配られている。

インドの学校の様子

 学校は朝8時頃から午後1時までで、授業はひとコマ45分で行われる。クラスにより若干異なるが、1クラスに30人から40人ほどが在籍する。

 授業科目は、英語、ヒンディー語、算数、理科、社会、コンピュータなどで、この学校では古代言語であるサンスクリット語の授業も行われている。

 昼食時間は午前11時頃で、毎日できたての食事が、外注業者により学校に運ばれてくる。

 昼食のメニューは日替わりで、野菜カレーにチャパティと呼ばれる薄く丸く伸ばしたパン、スパイス入り炊き込みご飯、ラジャスタン州の伝統料理ダールバティ(ダール豆のカレーと円形の直焼きパン)など、バラエティ豊かだ。

 土曜日は半日授業になり、課外授業のようなものを取り入れている。去年から始まったのが、縫製のクラスだ。このクラスでは、インドの伝統衣装であるサリーの下に身に着けるペチコートと呼ばれるスカート、サリーと共に着るブラウスの縫製を中心に教えている。

 インドの都市部では変わってきてはいるが、この町では、結婚した女性はサリーを着る習慣がある。サリーと色を合わせるペチコートとブラウスは、テーラーと呼ばれる縫製業者に、自身のサイズに合わせて縫ってもらう。自分で縫製ができれば、縫製代金を支払う必要がなくなる上に、内職として縫製を受注し現金収入にもつながると、縫製クラスを始めた。

 ちなみに、この縫製クラスで使っているミシンは、去年、筆者がクラウドファンディングで呼びかけ、46人の日本人から寄付金をいただいて購入したものである。勉強だけでなく、現金収入を得られる技術は、自立の一歩につながる。

同校に通う5人姉妹の家族

 ここで、同校に通う5人姉妹の家族を紹介しよう。

 父は30代前半、以前は町中の商店で働き、7000ルピー(約1万500円)の給料をもらっていたが、去年、独立して小さな店を構えた。

 母も30代前半で、実家は多子による貧困で、学校に行かせてもらえなかったという。読み書きはまったくできず、事あるごとに「自分は教育を受けさせてもらえなかったから、子どもたちにはしっかりと機会を与えてあげたい」と言っていた。

 住居は、近所の人の好意で8畳ほどの一室を無料で借りていて、父母、5人姉妹の計7人が、ひとつの部屋で生活している。煮炊きも全部室内で、寝る時は薄い布団を床に敷いて、雑魚寝の毎日だ。もちろん勉強机などはなく、床に座って、教科書やノートも床に置いて勉強する。

 現在、長女と次女は8年生、三女と四女は2年生だ。息子信仰で5人目の子どもを授かったが、五女となり、現在2歳半である。長女と次女、三女と四女が同学年なのは、当時は1歳違いくらいだと同学年での勉学も可能であったからである。

 4人とも成績は優秀だが、特に優秀なのは三女だ。この三女を日本人の寄付者がサポートしている。毎年送られてくる全教科ほぼ100点満点の成績表を見て、「こんな成績表は、見たことがないですね」という。

 日本人の寄付者が三女に会った際、「将来、何になりたいの?」と聞いたら、答えは「エンジニア」であった。

 「この齢の日本の女の子なら、ケーキ屋さんとかお花屋さんとか言いそうなのに、エンジニアとは渋いですね」と日本人の寄付者は言う。筆者は、彼女がエンジニアになりたいと言ったのは、父親の受け売りで、実は何か知らないのではないかと思った。

 そこで、三女に「エンジニアって何か知っているの?例えば、どんなエンジニアになりたいの?」と聞いたら、「知ってるよ。飛行機とか橋とか作ったりするんでしょ」と答えた。

 その瞳は透明で、まっすぐ遠くを見ていた。

第一期生が難関を突破し、国立病院の看護師に

 2003年に入学した第一期生の中から、社会に羽ばたく子どもたちが出てきている。

 今年は嬉しいニュースが飛び込んできた。看護大学を卒業した同校出身の生徒の一人が、国立病院AIIMS(イームス)の看護師の募集試験を受け、見事に選抜されたのだ。

 人口13億人、平均年齢27歳のインドでは、20代の人口が非常に多く、ひとつのポストに何千人もの応募があることも珍しくない。特に国立病院AIIMSの看護師は、待遇が非常に良く、難関なポストとして知られている。

 AIIMSの看護師の初任給は、7万4000ルピー(約11万1000円)だという。同世代の町中の商店で働く男性の給料が6000ルピー(約9000円)程度であることから見ても、一流病院での専門職の給料がいかに高いかがわかる。

 この生徒の家庭も貧困であったが、小さな頃から勉学に真摯に取り組み、多大な努力をしてチャンスを掴んだ。このような模範になる卒業生は、同校に呼ばれ、全校生徒の前で話をする機会が与えられる。

 筆者は、そういった場に何度か立ち会ったが、下級生たちは目を輝かせ、模範生徒の話を聞いていた。自分も続けと、さらに勉学に励むモチベーションになっているようだった。

 貧困家庭に生まれても、女の子でも、教育の機会を得て自分の未来を自分で決められる人生を歩む。人として当たり前の権利を全ての女の子たちが享受してほしい。

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