連載

相模原障害者殺傷事件以後、何が忘れられ続けているのか

【この記事のキーワード】

相模原障害者殺傷事件以後、何が忘れられ続けているのかの画像1

 2016年7月26日未明、神奈川県相模原市の障害者入所施設「津久井やまゆり園」に、元職員の男が侵入した。男は、入所していた障害者19人を殺害し、入所者と職員あわせて26人に重軽傷を負わせた。第二次世界大戦後に発生した大量殺人事件としては、犠牲者数が最多となった事件である。しかし、すでに日本社会からは忘れられかけている。

 現在、元職員である加害者・U氏に対する刑事司法手続きが、着々と進められている。U氏は事件から7カ月後の2017年2月に起訴されており、2020年1月より公判が開始される予定だ。2020年3月には、判決が言い渡される見通しとなっている。このタイミングで、「メンタルヘルス」の観点から課題を振り返ってみると、浮かび上がってくるのは、事件を契機として行われた「見直し」の数々が含んでいる問題点だ。

みんなで監視していれば事件は起こらなかったのか?

 事件当時26歳だったU氏は、2011年ごろから大麻や危険ドラッグを常用していたと報道されている。事件の5カ月前にあたる2016年2月、U氏は日本のために障害者を殺傷する計画を書簡にしたため、衆議院議長に手渡そうとした。また、勤務していた「津久井やまゆり園」の同僚に対して「重度障害者は安楽死させるべきだ」と強硬に主張したため、施設側が警察に通報し、精神保健福祉法に基づく措置入院(いわゆる「強制入院」のうち、最も強制力が強い)となった。入院中の検査では、大麻の使用が確認されたものの、担当医は治療を優先して警察に連絡しなかった。治療を必要としている患者を、法を犯した者として警察に委ねてしまったら、治療は成立しなくなる。そして2週間後、措置を解除して退院させた。入院を必要とする事情がなくなったら退院させるという、当然の判断だった。

 退院後、U氏が地域の精神保健福祉担当者から接触されたり居場所を把握されたりすることはなかった。U氏は約1カ月間、生活保護を利用していたが、担当ケースワーカーも措置入院については把握してしていなかったようだ。同年7月の犯行に至り、逮捕された後、U氏の尿からは大麻が検出された。犯行時は、大麻の影響下にあったことになる。

法改正が無理ならガイドライン 「監視」への限りない情熱

 障害者殺傷事件の後、U氏に措置入院歴があったこと、措置入院中に大麻の使用が把握されていたこと、退院後にメンタルヘルスの専門家が誰も接触していなかったことが問題視された。措置入院に関しては、精神保健福祉法の改正が国会等で議論された。改正内容の中心は、措置入院を安易に解除しないこと、措置入院の解除後は警察・自治体・関係団体と連携して充分な支援体制を用意することであった。しかし障害者団体を中心に、激しい反対が表明された。警察を含む各機関が連携しての「支援」は、「支援」される本人にとって、「何をするか分からない人とみなされて監視対象となる」のも同然になりかねない。このため、現在のところ、精神保健福祉法の改正は実現していない。しかし2018年3月、厚生労働省は「地方公共団体による精神障害者の退院後支援に関するガイドライン」を策定し、通知した。

 このガイドラインは、あくまで「技術的助言」だ。内容は、「各自治体が、その体制を整備しつつ、可能な範囲で積極的な支援を進めていくことができるよう、現行の法の下で実施可能な、自治体が中心となった退院後の医療等の支援の具体的な手順」に過ぎない。さらに、隔離収容を含む精神疾患や精神障害を持つ人々の扱いを定めた精神保健福祉法に基づくわけではなく、障害者福祉に関する障害者総合支援法に基づいて各自治体の保健所を中心とした退院後支援を上乗せする形であり、法的強制力はない。しかしながら、語弊を恐れずに言えば、「措置入院そのものに関する法律を改正するのが無理なら、退院後の障害者福祉に関する法律に各自治体の取り決めを組み合わせさせればいいじゃないの」ということである。

 全国の自治体には、厚生労働省のガイドラインを参考に、自治体ごとにガイドラインを策定し実施することが期待されている。2018年度以後、この動きは実際に進行中だ。「退院後支援」を本人に受けさせるにあたっては、あくまで本人の同意が条件とされている。しかし既に、措置入院となった入院患者に対し、「退院後支援を受けないのなら退院させない」と迫った事例もある。

精神科医が「白衣の捜査員」になる時 どこで治療が受けられるというのか

 「津久井やまゆり園」の障害者殺傷事件の後、大麻などの非合法薬物に関する「医療機関が使用を把握したら警察への通報を義務付けるべき」という議論も活発化した。薬物依存症の当事者団体からは「回復の途上で失敗して薬物を使ってしまった時、必要な治療を受けたいのに、逮捕を恐れて治療が受けられなくなる」という危惧、精神科医の一部からは「医師が治療者ではなく“白衣の捜査員”になってしまう」という危惧が表明されている(松本俊彦氏インタビューなど)。

 これらの成り行きを振り返ると、まず目につくのは、精神科への措置入院の対象となる人々に対する「退院後も動向を把握しておきたい」という意向だ。「本人自身の生活と人生を、本人が望んでいるわけではない人間に煩わせられることなく送れるように」という視点は、エクスキューズ程度にしか見当たらない。また、非合法薬物に関しては、「とにかく使用させないことが望ましい」「使用したら罰を与え、刑務所などに隔離すればいい」という考え方が強く感じられる。そこに、「どうしても薬物依存から脱却できないのなら、少しでも害を少なくできるように(ハームリダクション)」「回復への道のりをたどっている人々が、プレッシャーに苦しめられず、なるべくスムーズに回復しつづけられるように」という観点、2019年現在の世界の常識は、ほぼ見受けられない。

 最も大切な視点や観点が、見事なまでに忘れられてしまっている事情のカギの一つは、WHOにもある。

1 2

「いいね!」「フォロー」をクリックすると、SNSのタイムラインで最新記事が確認できます。