
「Getty Images」より
宗教色を取り除いた瞑想であるマインドフルネスを、Googleなどアメリカの名だたる企業が社員研修プログラムに取り入れているのは、よく知られている。
マインドフルネスという言葉は、古代インドの言語であるパーリ語の「サティ」を英訳したものである。「サティ」は、日本語では「気づき」と訳される。
マインドフルネスの実践には「気づきの瞑想」や「ヴィパッサナー瞑想」などが用いられるが、本稿では、インドで瞑想がどのような位置づけにあるのか紹介したい。
インドにおける瞑想の意味合い
アメリカでは、主にビジネス業界のエリートが実践するマインドフルネス瞑想だが、インドではそういった層だけでなく、学生や主婦、退職後の男性の実践者も多い。
筆者がインドに在住していた時、親しくしていたインド人家族に大学生の息子がいた。ある日、「誰も起きていない朝4時に起きて瞑想をするようになってから、心身ともに調子が良い」と言う。大学の先生が瞑想の方法を教えてくれて、それを実践してみたそうだ。
このようにインドでは、瞑想に対する垣根が低い。最近、インド人に人気の朝のヨガ教室でも、最初に短い瞑想をしてから、ヨガを始めるのが一般的だ。
インドでは、定期的に瞑想していると言うと、人々に尊敬の念を持たれる。アメリカなどのビジネス業界では、マインドフルネス瞑想により集中力を高めて仕事の質を上げることに焦点が当てられている。インドでは人格の向上のために取り組む人が多い印象だ。
ブッダが説いたサティ(気づき)とは
ブッダはサティの経典「マハーサティパッターナ・スッタ」の中で、サティパッターナ(気づきの確立)の重要性について言及している。
真実の道を歩むには、生じては消え去る無常(アニッチャ)を自分の中で深く経験し、苦悩(ドゥッカ)、無我(アナッタ)を理解し、自己の内側の観察が必要だという。
観察は、【生じるという現象を観察し続ける】 【消え去るという現象を観察し続ける】 【生じては消え去るという現象を観察し続ける】の3つだ。この3つの無常(アニッチャ)の経験が、サティパッターナ(気づきの確立)の真髄である。
世界に対する渇望と嫌悪などの心の汚濁を取り除くため、自己の内側を観察する。そして、気づきと無常への理解を持って、懸命に努力し、心を傾けて、自己の浄化へと励む方法が説かれている。
ブッダは宗教を教えたのではなく、悲しみを乗り越え、苦しみを消滅させ、無執着へと導く方法を教えている。
ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想
ブッダが説いたサティパッターナ(気づきの確立)を、S.N.ゴエンカ氏が体系化したヴィパッサナー瞑想がある。ヴィパッサナーは、物事をありのままを観察するという意味だ。
ミャンマーのインド人家庭に生まれたゴエンカ氏は、ミャンマー人のサヤジ・ウ・バ・キン氏のもとで、14年間、ヴィパッサナー瞑想を学んだ。その後、ゴエンカ氏はインドに渡り、1969年から瞑想の指導を行い始め、インド各地にヴィパッサナー瞑想センターを作った。
ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想では、宗教的なものは排除されている。ヒンドゥー教徒、ジャイナ教徒、イスラム教徒、シク教徒、仏教徒、キリスト教徒などありとあらゆる人たちが、宗教の垣根を越えて、ヴィパッサナー瞑想センターを訪れる。
現在は、インド各地のみならず、ネパール、ミャンマー、スリランカ、日本、アメリカ、フランスなどにも、ヴィパッサナー瞑想センターがある。
10日間コースのヴィパッサナー瞑想
ヴィパッサナー瞑想は、10日間の合宿形式で行われる。期間中、Noble Silenceと呼ばれる聖なる沈黙を守り、携帯電話の使用、音楽、読書、筆記などはせず、敷地内に留まり、瞑想に集中する形だ。
午前4時に起床の鐘が鳴り、4時半から瞑想が始まる。食事や休憩時間を除くと、1日に約11時間の瞑想を、夜9時まで続けるスケジュールだ。
最初の3日間は、アーナパーナと呼ばれる呼吸の観察だ。4日目からは、頭から足先まで全身の感覚を感じるヴィパッサナー瞑想に入る。最終日前日には、「生きとし生けるものが幸せでありますように」というメッターバーバナ瞑想をする。慈悲の瞑想であるメッターバーバナで、コースを締めくくる形である。
ヴィパッサナー瞑想に参加する様々な人たち
インドのヴィパッサナー瞑想センターには、インド人だけでなく、世界各国から大勢の人たちが訪れる。
筆者が在住していた北西部ラジャスタン州のプシュカルにも、ヴィパッサナーセンターがある。毎月2回ほど開かれる瞑想コースで、筆者は時々、コース初日の受付の手伝いをしていた。
そこには、さまざまな背景を持つ参加者がいた。インド人は学生と主婦が多く、外国人はバックパッカーや欧米系で会社の休暇を取ってきた人などが主だった。年齢層は、20代から60代くらいまでが大半を占めていた。
ヴィパッサナー瞑想の10日間コースは、コース前日の到着日と出発日を含めると、センター内に12日間の滞在が必要である。職種にもよるが、インドで12日間連続の休暇の取得は難しく、時間を融通しやすい学生や主婦の参加者が多いのであろう。
意外に多いのが、インド人の主婦の参加者だった。年齢層は子育てを終えた40代以降から60代くらいまでが主だった。ヴィパッサナー瞑想センターでは、1回以上、10日間コースを終了した者は、Old student(古い生徒)と呼ばれる。Old studentは、10日間コースの手伝いをする奉仕者としても参加できるのだが、この奉仕者も主婦が大半を占めていた。
筆者は最初、主婦が約10日間、家を空けるのは夫や家族の反対はないのかと、少し疑問に思った。しかし、夫がヴィパッサナー瞑想センターへ行く妻を車で送り迎えをしている光景を何回も目にした。瞑想に取り組む妻を誇らしげに支えている、そんな夫の姿があった。
インドでは、瞑想は特別な人たちだけがするものではない。そこには、自分の人生に真摯に向き合い、向上していく喜びを静かに感じる人たちが大勢いた。