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虐待とネグレクトを受けたサバイバー同士が結婚した

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虐待サバイバーは夜を越えて

 ともに被虐待児だった夫婦、福本浩平さん(仮名・28歳、お笑い芸人の卵)と麻衣さん(仮名・30歳、ヨガスタジオ勤務)。筆者も虐待サバイバーだが、同じような境遇の異性とうまくいかなかった過去がある。この夫婦は、どんなふうに結びついたのか。

母の再婚相手は子どもたちを殴り続けた。芸人の卵が受けた虐待

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虐待とネグレクトを受けたサバイバー同士が結婚したの画像3 ウェジー 2019.12.26

「虐待経験を笑われて安心した」否定でも過度の同情でもなく

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虐待とネグレクトを受けたサバイバー同士が結婚したの画像3 ウェジー 2019.12.27

虐待サバイバー同士の安堵感「このひとにはウソをつかなくていい」

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虐待とネグレクトを受けたサバイバー同士が結婚したの画像3 ウェジー 2019.12.28

両親に育児放棄されたと気付き、「ウソ」で自分を守った

 「虐待経験を打ち明けたことがきっかけで結婚した夫婦」に取材している。福本浩平さん(仮名・28歳、お笑い芸人の卵)と、麻衣さん(仮名・30歳、ヨガスタジ…

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虐待とネグレクトを受けたサバイバー同士が結婚したの画像3 ウェジー 2019.12.29

 

もう家族も同然だから、50万円貸して?

 実は、福本の父親もギャンブルに狂っていた。

 福本が実家を出て間もなく、MRから健康食品の会社に転職していた父親は独立。夫婦で病院向けの仕出し屋を始めるも、一度食中毒を出してしまったことがきっかけで事業をたたまざるを得なくなった。残ったのは多額の借金。そうなっても父親は、趣味の競馬を止めることはない。借金は雪だるま式に膨らんでいった。

 麻衣は福本の母親に、こう持ちかけられたという。

「結婚するなら、もう家族も同然よね。息子には内緒で……お金貸してくれない?」

 50万円ほど必要だという。麻衣は定収入があるとはいえ、芸人である福本を養っていた。大好きな洋服を買うことも我慢して、爪に灯をともすようにして溜めていたのが結婚資金だった。

 本当は海外挙式が夢だったが、芸人のヨメではそうもいかない。結婚情報誌『ゼクシィ』で手頃なレストランウエディングを見つけて、大好きな祖母が喜んでくれるかとプランもふくらませていたころだ。そこに目をつけられた。ふつうなら断るかもしれない。

 しかし、次の一言が麻衣の心を激しく揺さぶった。

「就職活動をしていた〇〇(福本の弟)の内定が決まったんだけど、ウチの借金が返せないとそれが取り消しになっちゃうのよ」

 現在、親の借金が理由で、子どもの内定が取り消しになることはないとされている。法律で「企業が人材を選ぶときには、適正と能力以外のことがらを基準にしてはいけない」とされているからだ。基本的には、一般企業に特定の個人の信用情報を知る術もない。だから母親の話はウソだ。

 しかし、麻衣は「お義母さん」の言葉を真に受けてしまった。福本の弟が、自分の弟とダブったからだ。

 麻衣の弟は、バイトで貯めた大学の入学金を父親にとられたために、入試に受かったにも関わらず進学を取り消された。自暴自棄になったのか、弟は30歳になった今も定職につかず、ひきこもりの生活を送っている。そのことに麻衣はとても心を痛めていた。

 自分にしてあげられることがあったんじゃないかーー。福本の弟も自分の弟のように感じていたからこそ、もう誰にもあんな想いはさせたくなかった。

 だから、言われるままに50万円を渡した。自分の両親からはかまってもらえなかった分、お義父さんやお義母さんからは嫌われたくなかった。「息子に内緒で」と頼まれればそれに従った。

 しかし、何カ月経ってもいっこうにお金は返って来ない。

 そこから間もなくして、麻衣は職場のストレスも加わり鬱状態になってしまう。毎日泣いてばかり。医師から処方された薬がないと不安で押しつぶされそうだった。感情をコントロールできずに、部屋で物を投げつけることもしばしば。

「薬の副作用も強いし、いつも身体がフワフワしていて、自分が自分じゃないみたいでした」

 福本にとって「天使」だった麻衣から、あのまぶしい笑顔が消えてしまった。ついには仕事も辞めた。貯金も底をつき、結婚どころか、ついには同棲生活さえも難しくなってしまった。

そんなところに嫁いだって、あんたダメになるよ

 「麻衣が福本に内緒で、福本の実家にお金を貸した」という出来事は、瞬く間に福本を含む両家全員に知れ渡ることとなる。

 福本が自分の両親に怒りを感じたのは当然のこととして、意外だったのは、無関心を決め込むかと思った麻衣の母親の反応だった。

――お母さんは、何て?

「そのころはおばあちゃんもいたし、結構実家に帰っていたんですけど……。お母さんは自分が結婚で失敗したせいか、『そんなところに嫁いだって、あんたダメになるよ。そのこと考えると、本当に毎日頭が痛くなるよ』って、ずっと言ってました」

――結婚を反対されたんですね。それについては、どう思ったんですか?

「今まであんまり心配しなかったくせに、そこでは心配するのかい!って思いながら……。でも……内心はうれしかったりして、どうしようって」

――うれしかったんだ。

「そうですね。今までずっと心配なんかされたことがなかったから、身体の調子を崩すほど想ってくれるなんて、正直うれしかったんです。でもこの人(福本)とは別れたくないし、複雑で……」

 物心ついたときから、求めても振り向いてくれなかった母親。30歳を目前にして、はじめて「親の愛」らしきものを向けられたと感じた。福本のことは好きだ。しかし、ようやく自分に向けられた親の気持ちを裏切ってしまっては、母はもう二度とこちらを向いてくれないかもしれない。

 麻衣の心は、揺れに揺れていた。

愛をこめて花束を

 結婚資金は返してもらえない、麻衣の実家からは結婚を反対されている。家賃や生活費で、銀行口座の残高も着実に減っていく。そのころの福本と麻衣は、毎日アパートの寝室でお金や将来のことで口論を繰り返していた。

 麻衣が実家に帰ってしまってから、1週間が経った。

 福本の不安と苛立ちは募った。LINEで「話しがある」と連絡があった夜、アパートに現れた麻衣。せっかく久々に会えたというのに、あとはお決まりの言い合いだ。重苦しい空気がふたりの間に立ち込める。麻衣はすでに涙目だった。

「わたし、もう鬱で会社も辞めちゃったから、この家は出ていかなくちゃダメでしょう。だから……お互い実家に戻って暮らそう。いったん離れよ」

 福本はうなずくしかなかった。カネがないのは、自分が芸人として収入がないからだ。

 返事を聞いた途端、泣きながら部屋を出て行ってしまった麻衣。

「ああ、これは別れ話なんだと覚悟を決めました」

 所詮、家庭に問題のある者同士が結婚することは、無理な話だったのかもしれない。暴力をふるうオヤジや、育児放棄をしてきた両親――虐待から逃げきってやっと幸せを手に入れようとした矢先だったのに。新たに踏み出そうとしたふたりを「あのころ」に引き戻そうとしたのも、やっぱり双方の「親」だったのだ。このまま搾取をされ続けるのか。

 しばらくして、部屋のドアが開く。

 麻衣はまだ泣いている。だがその手に握られていたのは、満開のヒマワリの花束だった。

 麻衣は嗚咽交じりで言った。

「家は離れるけど……離れたとしても、またいつか一緒になりたい。……結婚してください」

 それは、麻衣からのプロポーズだった。福本は言葉を失った。

「ボク、そこで……びっくりしてしまいまして。ゴメンねって言って。ボクがちゃんと意思表示をしなければいけないのに。そのきっかけを彼女がつくってくれたんです」

 親やお金のハードルを乗り越えて、麻衣は自分と人生を歩むことを決断してくれた。こんなときは泣いていいのか、笑っていいのか、どんな顔をしたらよいのか――。福本にはわからなかったが、目頭からは自然と熱いものがこぼれていた。

「お願いします」

 麻衣の手を握りしめ、花束を受け取るのが精いっぱいだった。

変化した相方との間合い

 「自分をさらけ出したら嫌われるのでは」と背中を丸めてうつむいてきた福本は、麻衣と出会ってずいぶんと変わった。子ども時代はテレビの世界に逃げ込むことで、感情の波から逃れてきたのかもしれない。ところがこの4年間は、ジェットコースターのような喜怒哀楽の中で夢中でもがいてきた。

 父親との精神的な決別もあった。実はあの後、福本夫たちは生活費を切り詰めてなんとか一緒にいようと、いったん福本の実家で両親と同居生活を送っている。しかし、あまりに自己中心的な父親の態度に「キレた」福本が、勢いでその胸ぐらをつかみ騒動となったのだ。

 「お前のやってることはおかしいぞ!」と気づけば父親を「お前」と呼び捨てにしていた。20年以上もの怒りが、腹からあふれてきたのかもしれない。「そのとき、はじめて思ったことを全部言ったんですよ」と、福本は吹っ切れたような表情をしてみせた。

 少しずつではあるが、自信がついてきたのかもしれない。「市役所に提出する書類のハンコも、職員から見られていると思うと手が震えて押せず、その職員に手伝ってもらうほどだった」という視線への恐怖も薄れつつある。

「自分たちが一から作って、練習したネタを見てもらいたい! と思うようになってからは、コント中の視線への怖さはほとんどなくなりました」

 公私ともに相方を見守ってきた龍之介は、どう感じているのだろう。

「養成所で出会った9年前から、あいつは変わりましたね。人と正面から関わることで深みが出てきたというか、ツッコミがうまくなったと思います。ボクに対しても逆にボケてきたリ、ふざけてくるようになりました。コンビ組んで1年目ぐらいはそれがなかった。あいつのツッコミがよくなってきたことで、お客さんの反応もよくなりました」

 舞台でボケられるのも、「相方が必ず受け止めてくれる」という信頼があってこそ。その間合いを福本は獲得しつつあるのだろう。

父親と祖母の死

 しかし、よいことばかりではない。新居に引っ越した2日後、行方不明だった麻衣の父親が亡くなったことを知らされる。管轄の区役所から、実家の母親のもとに連絡があったのだ。

 すでに離婚の手続きを取っていた母親は、「わたしたちは知りません、もう関わりたくありません」と遺体も遺骨の受け取りも拒否。だから麻衣は、その死因さえも知らないままだ。

「なんだかんだ言っても小学2年生までは一緒に住んでいたわけだし、本当にいないんだなと思ったら寂しくて。お墓も無縁仏になるみたいだし、寂しい人だなと思ってしまいました。お父さんも、愛情を知らない家庭で育ったみたいなんですよ」

 とはいえ、自分が引き取ってまで、どうにかしようとは思えなかった。独居老人が孤独死など引き取り手のいない遺骨は、行政が管理する霊園などに合同で埋葬される。他人の遺骨と混ざってしまうので、後からの取り出しはできない。近年ではこのようなケースが増えていて、埋葬スペースを確保するために遺骨の一部だけを残し、あとは産業廃棄物として処理されることもあるという。

 少子化による墓の継承問題もさることながら、自分を虐待した親の介護や遺骨の引き取りについて、頭を悩ませるサバイバーもこれから増えていくだろう。このテーマは、別の機会に取材したいと思っている。

 また、父親の死を追うようにして、母親同然だった祖母も天国に旅立った。「思い出すとウルっとしちゃうから、この話はしたくない」と、麻衣はまだ現実を受け入れられずにいる。時が経つのは残酷なことであり、また救いでもある。いつかはこんなエピソードも、懐かしさと共に語れるようになるのだろうか。

「幸せにします」

 人は満たされない想いがあったとき、「それを手に入れよう」と努力する道、「それがなくても平気な自分になる」道という、ふたつの道が選べるように思う。それは虐待サバイバーも同じだ。

 わたしは、たとえ親から抱きしめられたとしても「あと5分後には殴られているかもしれない」と常に神経をとがらせている子どもだった。いまだに親子の安心できる距離感を知らない。だから「家庭と無縁でいられるオトナ」を目指し、仕事や遊びに拠り所を見出した。30代半ばで結婚したが、子どもをつくることはきっとないだろう。後者の選択をしたことに悔いはない。

 一方で、福本と麻衣は前者であり、笑顔で一緒にいられる家庭を求め続けた。麻衣に「子どもはほしい?」と尋ねると、「ほしいですー」と即答しながらも「まだ生活費に余裕もないので、あと2、3年はふたりの生活を楽しみたいと思います。まずは自分たちが幸せにならないと」と笑う。「子どものお世話には彼もいますし」と、横を見ると福本が「任せて」とでも言いたそうに少しだけ胸を張った。

 近年の子どもに対する虐待殺人事件では、加害者である親も虐待サバイバーなのではと感じることも少なくない。愛情をかけないのではなく、かけ方がわからないのではないか。しかし、福本と麻衣は弟や妹たちを守ることで、すでに「予行演習」を積んできたように見える。

「麻衣がいつも決めゼリフのように言ってくれるんですけど、その言葉が好きで」

と福本は、テレビの脇にある棚に視線を移した。

 そこにはふたりの写真と共に、鳥やシカのイラストでデコレーションされた婚姻届が飾ってある。市役所に提出した書類とは異なるが、記念として家に飾っておくために市販のものをネットで購入したのだという。引っ越してまだ3カ月ということで部屋全体はまだ殺風景なのに、この一角だけはやけににぎやかだ。ふたりにとっても大切なスペースなのだろう。

 麻衣の言葉は、お互いに贈る「誓いの言葉」という欄に書いてあるという。

 “妻から夫への誓い”のスペースには「幸せにします」と丁寧な字でしたためられていた。

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