差別発言繰り返した東大特任准教授の「大学教員と個人は別」という主張は正しいか

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組織と個人は別であるという不思議な論理

 組織に属する人が、その属性を明らかにした状況で何らかの問題発言を行い、批判された際に「個人の発言であって会社とは関係ない」と主張するケースは珍しくない。

 以前、ある大手ポータルサイト運営会社において、社員が自社サイトに寄稿している執筆者のコラムを口汚く批判し、執筆者が怒って同サイトの執筆から降りるという出来事があった。本人は「あくまで個人の発言であり会社とは無関係」「言論の自由がある」と反論していたが、結局、会社側は社員に対して厳重注意の処分を下したと発表している。

 組織に属している人が、その組織に関連した事案について問題発言を行った場合でも、個人の発言と組織は無関係であると主張している点において、大澤氏とそのポータルサイト運営会社の社員はまったく同じである。

 いくら組織とは無関係と主張したところで、組織に属していることを公言している人物が、組織と関連するテーマで問題発言を行えば、当然のことながら無関係とはいえなくなる。

 大澤氏の場合には、あくまで特任准教授という特定短時間勤務有期雇用教職員の立場ではあるが、東大は国立大学であり、運営資金には税金が投入されている。教員は原則として公務員に近い扱いとなるので、公的な責任が生じる(厳密には独立行政法人という組織になっており、教職員はみなし公務員となる)。特定の人種や国籍を差別する発言が許容されないのは当然であり、これは、理屈以前の問題である。

 大手ポータルサイトの件も似たようなものである。

 「言論の自由」などという壮大なキーワードを用いると説得力があるように聞こえるが、これをトヨタのような一般事業会社に当てはめてみれば、一目瞭然である。

 トヨタの社員が、自らがトヨタの社員であると明かした上で、「トヨタのクルマは不良品である」など発言することが許容されるだろうか。言論の自由どころか、解雇された上で会社から巨額の損害賠償請求を受けてもおかしくない。ポータルサイトは、執筆者が書いた原稿を仕入れて、それをサイト上で公開し、広告収入を得ているわけだから、執筆者が書いた原稿はまさに自社の商品そのものである。自社の商品を公然と誹謗中傷すれば、ペナルティが加えられるのは当然である。

 「言論の自由」というのは、近代民主国家において保障されるべき基本的人権であって、そもそも次元の異なる話である。あえて説明するまでもないだろうが「発言に対して社会的・経済的・法的な責任が生じない」という意味ではない。

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