彼女のことを大切に守ってくれる彼氏は、彼女の手足をもぎとる人だった

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「Getty Images」より

 今から10年ほど前の大学時代、韓国人の友達がいました。彼女は大学卒業後、就職のため韓国に戻ったのですが、しばらくして、「やっぱ、日本に戻ろうっかな」と言うようになりました。

 彼女はそのとき、「日本の方がまだ暮らしやすい。韓国は男尊女卑がひどい」と言っていたのですが、正直、私は韓国の文化についてはあまり理解できていませんでした。韓国の男尊女卑を知ることになったのは、それからしばらく経ったあと、韓国のフェミニズム本がたくさん日本でも発売されてからのことです。

 2018年〜2019年は、日本で数々の韓国フェミニズム本が出版されました。とくに『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』(イ・ミョンギ著 タバブックス)、『82年生まれのキム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著 筑摩書房)は大きな話題を呼びました。

 これらの本を読んで、「韓国って、男尊女卑がひどいんだな。ありえない!」と、他人事に感じられたらよかったのですが、ほとんどの日本人女性は、「別の国の出来事だ」と片付けることはできなかったのではないかと思います。

 なぜなら、これらの書籍に書かれている女性蔑視、女性軽視を、リアルに体感できてしまう日本人女性は未だに少なくないと思うからです。

10年付き合った彼氏のモラハラに気づくまで

 『ヒョンナムオッパへ』も、多くの日本人女性(とくに彼氏や夫、父親など関係が近い男性から「下に見られている」と少しでも感じたことがある女性)にとって共感するポイントの多い小説だと思います。

 『ヒョンナムオッパへ』は、韓国フェミニズム本のブームに後押しされる形で出版されたオムニバス小説集で、表題作の『ヒョンナムオッパへ』は、『82年生まれのキム・ジヨン』のチョ・ナムジュによって書かれました。

 主人公の「私」は、20歳のときから10年間、「ヒョンナム」という5歳年上の男性と付き合っています。この短編は、「私」から彼氏への手紙なのです。

 まず「オッパ」という言葉の説明を、訳者斎藤真理子さんの解説から引用しておきましょう。

<「オッパ」という言葉は、女性から、実のお兄さんや親しい年長の男性(恋人や夫)に呼びかける際の呼称です。(中略)「オッパ」という五感には、「○○さん」とは全然違う距離の近さ、親しみがこもっています>

<チョ・ナムジュさん自身の説明によれば「オッパと呼ばれることは男性にとって、女性から尊重されているという気分の良い実感があり、オッパと呼ぶ女性をかわいがってあげたいという心理も生まれる」ということです>

 だから「私」は、彼氏への手紙で彼のことを「オッパ」と呼びます。

 「ヒョンナムオッパ」は、ひとことで言うと、典型的なモラハラ男なのですが、「私」はなかなか彼のヤバさに気がつきません。

 「私」の大学の先輩である「ヒョンナムオッパ」は、出会った当初はとても頼りになる男に見えました。年上で学校のことも詳しく知っているので、頼れるのは当たり前なのですが、「私」は「ヒョンナムオッパ」に惹かれていき、すぐに付き合うことになります。そして、彼に仕事や友達付き合いのことから、どの授業を聴講するか、卒業後の職業や生活に至るまで口出しされるようになります。

 読んでいて胸が痛かったのは、「私」が次第に自分の感じたことや考え以上に「ヒョンナムオッパ」の言うことを信じるようになっていった場面です。「私」に目をかけてくれた礼儀正しい物理学の教授に対し「ヒョンナムオッパ」はいい感情を抱いておらず、「(彼女に対する)距離感がおかしい」と咎めます。挙げ句、教授のことを「変態」呼ばわりし、「私」に物理学の聴講をやめるよう仕向けます。彼の影響を受けた「私」も、教授のことを影で「変態」と呼び始め、せっかく楽しかった聴講もやめてしまうのでした。

 「私」の目が覚めるひとつのきっかけになったのは、別の友人が、「あの教授は紳士だったよね」と「私」に言ったことでした。「私」はそのとき愕然とします。「紳士と呼ぶのがぴったりの人だったのに、なぜ私は彼のことを変態と呼んだりしていたのだろう」と。

 ただ、少しずつ「何か変だ」と思うことはあっても、すぐに「私」が彼との関係を清算できたわけではありません。10年も交際を続けました。「ヒョンナムオッパ」は「私」と結婚する未来を描いていて、「私」は彼が「定時に帰れて、家事育児に専念できるから」という理由で勧めた図書館司書の資格を必死になって勉強して取得しました。実家に学費を頼れないから、「私」はアルバイトを掛け持ちしてヘトヘトになりながら勉強を続けます。

 学生時代、別れの危機が見えかけたとき、「私」は「付き合っていることはみんな知っているのに今別れたら女性の方が圧倒的に損」だという理由で、彼の気持ちをつなぎとめようと、彼の望む「私」として振る舞いました。

 「私」が25歳のときには、当時30歳の「ヒョンナムオッパ」に、「女25歳ともなると下り坂」と冗談交じりに言われ、絶望的な気持ちになったりもします。もし「私」が、本当に女性は25歳から人生の下り坂で、一度付き合った男性と別れるのは女性にとって汚名であるという価値観を完全に内面化してしまっていたら、「ヒョンナムオッパ」との関係に永遠にしがみつかなければならなかったでしょう。

 「ヒョンナムオッパ」は“未熟”で“幼い”「私」を守り、支え、私生活のすべてをガードしました。彼女がどのように考えてどう行動するのがいいか、おそらく彼には悪気などなくすべて“良かれと思って”“導いて”いるつもりだったのでしょう。けれどそれによって、「私」は危うく手足をもがれ、彼なしでは生きられず、自分自身でものごとを判断できない女性になるところでした。

 でも幸いなことに、そうはなりませんでした。30歳になり、「ヒョンナムオッパ」からプロポーズを受けた「私」は、彼のプロポーズをバッサリ断り、職も住まいも変えて縁を切ります。そして最後に、彼に対し「ケジャシガ!(直訳すると犬野郎め! つまり、人間以下のやつだな、の意)」と言い放つまでになるのです。

 なぜ「私」は、彼氏から精神的暴力を受けていて、自分は不当な扱いをされている、と気がつくことができたのでしょうか? そこには、冷静にふたりの関係を見て、助言してくれる友達の存在がありました。「ヒョンナムオッパ」はその友達のことも良く思っていませんでしたが、「私」は隠れて友達と関係を続けていたのです。もし彼の望むようにその友達と絶縁してふたりだけの閉じた関係になってしまっていたら、「関係の健全性」に対する判断力が鈍り、「私」は逃げ出せなかったかもしれません。

 詳細が気になる方は、『ヒョンナムオッパへ』を一読いただければと思います。

女の自虐コンテンツにはうんざり

 『ヒョンナムオッパへ』には、表題作以外にも、ハードボイルド小説の主人公を女性に置き換えた実験的な小説『異邦人』や、結婚によって表面化する世代間の意識の違いを描いた『あなたの平和』、性犯罪を犯した男性を女装させ、メイクやハイヒールなどをまとわせた上でハンターたちに襲わせるという復讐劇を描いた『ハルピュイアと祭りの夜』など、7つの意欲作が収録されています。

 これらの短編に共通しているのは、これまで繰り返しメディアやコンテンツで語られてきた、「女性は彼氏や夫がいないと、どれだけ社会的に成功していても負け」とか、「女性は若ければ若いほどいいよね。20代後半からはもうオバさんだから、オバさんの自覚を持ってイタイ真似はしないでね」といったような、女性の不安を煽ったり、自信を喪失させたりするためのメッセージや自虐は皆無である、という点です。もちろん、「女の幸せはコレしかない」という価値観の押し付けも見られません。

 2019年9月、人気漫画家・つづ井さんがnoteに書いた文章(彼氏がいない、アラサー、おひとりさま、であることを本当はそう思っていないのに、世間の風潮に流されて自虐的に語ることもあった、と反省したつづ井さんが、「自分を軽んじていた、これからは自虐をやめる」と表明したもの)が多くの人から共感を得たのも、そういった自虐にウンザリしている日本の女性が増えている、といことの証左だと思います。「この年になって彼氏もいないなんて終わってる」とか……昭和か! って話ですよね。

 とはいえ未だに自虐系コンテンツはたくさん存在しています。「アラサーなのにおひとりさまだなんてヤバイ!」「オリンピックまでに結婚!」と自虐する女子がイケメンとうまくいく漫画がヒットしドラマ化したのは2017年。自虐ネタ広告はしばしば“炎上”するものの、なぜか繰り返し作られてしまいます。そして私の身近にも、「もう25歳だよー。オバさんになっちゃった、ヤバイ」という女性はいます。でもよく考えたら、年を取ることの何が「ヤバイ」のでしょう?

 『ヒョンナムオッパへ』は、韓国フェミニズム小説の最前線に触れたい人はもちろん、「女性の不安を煽るようなコンテンツにうんざりしている人」、「彼氏から冗談めかしてディスられた経験がある人」、などにもおすすめです。

 『私たちにはことばが必要だ フェミニズトは黙らない』のイ・ミョンギさんは、『ヒョンナムオッパへ』について、こう評しています。「この7つの物語は、世間と自分のうち、間違っているのはおそらく自分の方だと思いがちな女性たちを救うだろう」、と。

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