社会

ヘイト本を生んだ「無自覚」。出版社と本屋の“罪”を問う/永江朗インタビュー

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永江朗氏

 2019年は日韓関係の悪化が進行した1年だった。本屋に行って差別的な言葉を目にする機会も増えた。

 たとえば、「韓国なんて要らない」というキャッチコピーをつけた「週刊ポスト」(小学館)2019年9月13日号の記事が大炎上したのは記憶に新しい。

 しかし、「週刊ポスト」はほんの一例。新書コーナーなどを歩けば、韓国や中国に対して醜悪な言葉を叩きつける、いわゆる「ヘイト本」が多数並んでいる。

 多くの本屋を取材し、出版業界や出版文化に詳しい永江朗氏は、こういった状況を指摘しながら「本屋をのぞくのが苦痛になってきた」と語る。

 この状況はなぜ引き起こされ、そして続いているのか。『私は本屋が好きでした あふれるヘイト本、つくって売るまでの舞台裏』(太郎次郎社エディタス)を出版したばかりの永江朗氏に話を聞いた。

永江朗
1958年生まれ。北海道出身。ライター。個性的な書店を取材する仕事も多く手掛け、出版文化の事情に詳しい。主な著書に『「本が売れない」というけれど』(ポプラ新書)、『小さな出版社のつくり方』(猿江商会)、『本を読むということ』(河出文庫)、『インタビュー術!』(講談社現代新書)などがある。

大手出版社までヘイト本業界に参入

──『私は本屋が好きでした あふれるヘイト本、つくって売るまでの舞台裏』で「ヘイト本」をテーマにしたのはなぜですか?

永江朗(以下、永江) 読者としても、本屋に取材に行くライターとしても、ヘイト本の存在には不快な思いを抱いてきました。
 それでヘイト本を題材に本を書くことにしたのですが、思ったよりも時間がかかってしまいましたね。
 というのも、取材を始めた2015年初夏の時点では「こういうブームがあったよね」という過去形で扱おうと思っていたんです。でも、それから状況が変わって、「これは一過性のブームではないかもしれない」と感じるようになりました。

── 一度終わったはずのブームが戻ってきたと。その原因はなんですか?

永江 やはり、ケント・ギルバート氏による一連の本のヒットでしょうね。

──2017年に出版された『儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇』(講談社)は50万部近い大ヒットを記録し、翌年にも同社から『中華思想を妄信する中国人と韓国人の悲劇』という続編が出版されました。

永江 このヒットに際して、「講談社+α新書」という新書レーベルが果たした役割は本当に大きい。
 もしもこれが講談社から出た本でなければ、そこまで大きな広がりにはならなかったと思います。
 ヘイト本といえば、宝島社、ワック(雑誌「WiLL」などを出版)、飛鳥新社(雑誌「月刊Hanada」を出版)といった会社が出版してきたものですけど、そこに講談社のような会社が入ってきました。
 音羽グループ(講談社、光文社など)は一ツ橋グループ(小学館、集英社など)と並んで日本の出版流通をつくり、支えてきた企業ですから。

──講談社のヘイト本業界参入は大きな意味があるんですね。

永江 東京にいると気づかないかもしれないですけれども、地方の小さな本屋には、講談社のような大手出版社の本しか並ばないわけですよ。
 そういう点で考えると、ケント・ギルバート氏が講談社からヘイト本を出版し、ヒットさせたということは、日本全国の隅々までヘイト本を行き渡らせたという意味でも、ひとつの分岐点なのかもしません。

永江朗『私は本屋が好きでした あふれるヘイト本、つくって売るまでの舞台裏』(太郎次郎社エディタス)

ヘイト本を量産する出版社の思惑

──それにしても、日本の出版業界はなぜこんなことになってしまったのでしょうか。

永江 文章のなかに無自覚な差別が含まれている本というのは昔からいっぱいあったけれども、差別の扇動をするような本が出るようになったのは、やはりここ最近のことだと思います。
 これまでは「なんぼなんでもひどすぎる」という本は出版されない暗黙の線引きがあったと思うんです。でも、出版業界も苦しいなかでそれがなくなってしまった。
 テレビも同じだと思うんですけど、「“韓国叩き”というコンテンツは、ある程度の数字が確実に見込める」というのが出版社の本音なのだと思います。

──売上を求めるのは企業である以上当然ですが、「メディア」としてそれでいいのか? という疑問を抱かずにはいられません。

永江 それは“韓国叩き”以外でも同じことが言えるでしょうね。
 「ガンが治る魔法の方法」みたいな間違った医療情報でも、「水は人間の言うことが分かる」といった似非科学でも、怪しい財テクの本でも、売れる題材ならば出版社はなんでもいい。
 そうした種類の本と同じ、金儲けのひとつとして日本に住むマイノリティーに対するバッシングが利用されているということなのだと思います。

──出版社が商売目的でヘイト本をつくる背景には、そういった本を好んで買う読者の存在があります。

永江 これに関してはいろいろな人が指摘している通りですけど、日本経済の先行きは暗いままで、少子高齢化を止める手立てもなく、今後日本の国力はどんどんなくなっていくのは確実です。そんななか周辺の国はどんどん日本に追いついてきて、中国にはもう完全に負けてしまった。
 国際的な力が低下するなかで、焦りとか、自信のなさとか、不安とか、閉塞感みたいなものが生まれる。その捌け口として「ナショナリズム」が利用されています。ヘイト本の需要は、まさにそういった思いを抱える人たちに向けたものなのだと思います。

──「炭鉱のカナリア」じゃないですけど、世間の排外的な傾向に苦言を呈するのがメディア本来の役割だと思うのですが……。

永江 もうひとつ重要な点があります。出版メディア・印刷メディアがもつ、独特のブランド力の問題です。
 印刷されて店頭に並んでいるのだから、そこに書かれていることは信頼性のあるものだと認識してしまうような。

──ネットに書かれていることよりは本に書いてあることの方が信頼できると、どうしても思ってしまうでしょうね。

永江 素朴な話ですけどね。「読書推進運動」なんて、まさにそういったブランド力のうえで成り立っている。
 「読書をしましょう」なんて言ったって、ヘイト本ばっかり読むんだったら、本なんて読まない方がいいんですけど。

書店流通の行き詰まり

──『私は本屋が好きでした あふれるヘイト本、つくって売るまでの舞台裏』では、作家・ライターや編集者・出版社の問題だけでなく、出版不況の本屋が置かれている構造的な問題にも焦点を当てています。

永江 書店の流通は他の小売業とは異なる仕組みがあります。
 通常、本屋(特に、町にある小さな本屋)に入る本は、「取次」という問屋のような会社から自動的に送られてきます。
 だから、書店員は入荷した段ボールを開けて始めて「こんな本が出たのか」と知ることすらあるのです。

──他の業種とはまったく違う構造ですよね。

永江 そうやってお店に入ってきた本で売り場をつくっていくわけですが、ここで問題がひとつ。
 書籍の出版点数は増え続けています。
 1970年代は2万点だったのが、1990年代には4万点になり、2010年代には7万点〜8万点にもなっています。
 この間、日本人の知的教養レベルが爆発的に上がったのかといえばそんなことはない。
 それで増えたのはなにかっていったら、結局はくず本なんですよね。そういった中にヘイト本も含まれている。

──大量に送られてくる本を仕分ける店員さんも大変そうです。

永江 出版点数が増える一方、本屋の数はこの20年で半数以下になっています。さらに、人件費の削減によって正社員がパートや学生アルバイトに置き換わった。
 これがなにを意味するかというと、昔はたとえひどい内容の本が配本されてきたとしても、そういった本は専門性のある書店員によって弾くことができたんですよ。はじめから売り場に置かないとか、もしくは置いたとしても目立たないように棚差しにするとか。でも、専門性を持たないパートや学生アルバイトにそういった仕事を期待することは難しい。
 しかもこれに加え、POSレジが導入されたことで、商品管理のIT化が進みました。
 その結果、書店員が主体的に一冊一冊を売り場に置くというよりも、データ管理により「売れている本をとにかく欠品のないように並べる」方が重視されるようになっています。

──出版社は「売れるから」という安易な理由でヘイト本をつくり、本屋はさまざまな状況の変化があったことに加えてやっぱり「売れるから」という理由でお客さんに届けてしまう。
 ヘイト本がどれだけの人を傷つけ、歴史認識を歪めてしまっているかの自覚を持たず、各々が流れ作業で仕事をしているうちにひどいことが起きているのが、いまの出版業界なのでしょうか。

永江 私はこれまで出版界とか出版流通のことについて書いてきました。
 そのうえで思いますが、やはり、現在の書店流通システムには行き詰まり感があるんですよ。
 そもそも、いま、本屋さんに行ってもつまらないじゃないですか。どこ行っても同じ本しか置いていないし。

──本屋でなにかを発見することはなくなってしまいましたね。正直ネット書店でいいと思い始めている部分もあります。そっちの方が品揃えもいいし。

永江 そんななかで希望があるとしたら、魅力的なセレクトでお客さんに本との出会いを提供しようとする、志ある小さな本屋を始める人が出てきていることだと思いますね。
 そういった本屋さんは、従来の取次の配本による流通システムではなく、自分たちで主体性をもって本を仕入れてお客さんに届けようとしています。

──いいですね。

永江 ヘイト本を積極的に売りたい本屋って実はほとんどないんですよ。関心もないけれど、一定数の売上はあるから、ただ流れ作業的に置いているだけで。
 だから、そういう自らで本を選ぶ本屋さんがヘイト本を売ることはまずないです。
 こういった本屋のあり方が広がっていけば、状況も変わっていかざるを得ないかなと思います。

──なるほど。

永江 あと、ヘイト本が多く書店に並ぶ一方で、今年は韓国文学のブームもありました。文学以外でも、韓流ドラマやK-POPのアイドルは相変わらず人気だし、文化面で日韓の交流は旺盛に続いています。
 現在のヘイト本の隆盛には、政治的緊張が少なからず影響していると思うんですけど、いつかは両国の関係も改善されていくでしょう。
 そうしたらヘイト本も飽きられて需要がなくなっていく。根絶はされないと思いますけれど、「一部にはこんなの読む変わった人がいるよね」というぐらいの規模感になるといいなと思いますね。

(取材、構成、撮影:編集部)

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