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皇后雅子さまへの「過剰な期待控えて」 忘れられたバッシングと適応障害

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『女性自身 皇室SPECIAL 即位記念号』(光文社)

 12月9日、皇后雅子さまが56歳の誕生日を迎えられた。文章で思いを寄せられた雅子さまは、今年5月に行われた天皇陛下の即位の礼や11月の国民祝典などを振り返り、<多くの国民の皆様から、思いがけないほど本当に温かいお祝いを頂きましたことに、心から感謝しております>と気持ちを綴られている。

 雅子さまは2003年12月に帯状疱疹で入院し、翌年には適応障害と発表されてからというもの、療養生活を送っており、全快したとの発表はない。東宮職医師団は、雅子さまのお誕生日に際して次のような見解を発表している。

<これまでも繰り返し説明して参りましたように、皇后陛下には、依然としてご快復の途上にあり、ご体調には波がおありです。そのため、大きい行事の後や行事が続かれた場合には、お疲れがしばらく残られることもあります>
<本年は、天皇陛下の御即位に伴う諸行事を中心に、特に強い責任感を持ってお務めに取り組んでこられましたが、これをもって過剰な期待を持たれることは、今後のご快復にとって、かえって逆効果となり得ることをご理解いただければと思います>

雅子さまへの過剰な期待

 皇太子殿下がご即位して令和に御代替わりしてからというもの、雅子さまには強いスポットライトが当たっている。マスメディアはその皇后としての”活躍”を期待し、賞賛している。

 今年5月、トランプ大統領夫妻来日において、雅子さまは通訳を介さずにメラニア夫人と流暢な英語で会話をしていた。マスコミは雅子さまの語学力はもとより外交力の高さを誉めそやし、週刊誌記事には以下のような見出しが躍っていた。

<元外交官の雅子さま 天皇陛下にとっての「最強のブレーン」>(「女性セブン」2019年6月13日号記事)
<雅子さま 世界の“懸け橋”に! 期待高まる東京五輪でのご活躍>(「女性自身」2019年8月11日配信)
<雅子さま「復活」への期待 なぜ「ご体調や外交手腕」に注目が集まっているのか>(「文春オンライン」2019年10月22日配信)
<世界は日本の皇室をどう見ているか、尊敬される雅子さま>(「女性セブン」2019年10月31日号記事)
<フォトルポ10・22天皇「即位の礼」令和は雅子さまの時代になる>(「FRIDAY」2019年11月8日号)

 たとえば上述した<元外交官の雅子さま 天皇陛下にとっての「最強のブレーン」>記事によれば、雅子さまは元外交官として欧米や中東などの外交事情に明るく、さらには療養中も外交官だった父親から最新の知見を学んでいるという。天皇陛下にとってもこれほど頼もしいパートナーはいないだろうと絶賛している。

 ハーバード大卒で外交官としてのキャリアを持ち、聡明で優秀な雅子さまは、新しい令和時代の皇室にふさわしい……女性の社会進出や活躍が求められている現代に、雅子さまが皇后として華々しくご活躍されることが歓迎されるのはわかる。「ご病気を乗り越えて」「再び輝いた雅子妃の笑顔」といった感動的なストーリーもある。しかし過去、雅子さまは他ならぬマスコミから執拗なバッシング被害に遭ってきた。

 雅子さまが皇室に嫁ぎ皇后になるまでのおよそ25年間、どれほど叩かれてきたかを忘れてはならない。

およそ25年間に及んだマスコミの雅子さまバッシング

 1993年1月に開かれたご結婚の発表記者会見で、雅子さまは「外交官の職を捨てることに悔いはないか?」との質問を受け、「いろいろと考えた結果、今私の果たすべき役割というのは殿下のお申し出をお受けして、皇室という新しい道で自分を役立てることなのではないか、と考えましたので、決心したわけですから、今は悔いというものはございません」と答えていた。

 皇室に嫁いだ雅子さまに期待されたのは一にも二にも“お世継ぎ”を生むことであり、キャリアを生かした外交は二の次だった。結婚後数年が経ってもなかなかご懐妊されない雅子さまには、批判的な報道が相次いだ。雅子さまが元外交官の“バリキャリ”であることを否定的に見るような、理不尽なバッシングさえも含まれていた。

 雅子さまがプレッシャーに耐えるなか、「週刊朝日」1999年12月24日号(朝日新聞出版)は<雅子さま 懐妊の兆候>との見出しで雅子さまのご懐妊をスクープ。妊娠初期はデリケートな時期であり、安定期に入るまでは妊娠の公表を控えるのが通常だが、それを暴かれた雅子さまの心労はいかばかりだっただろうか。その直後、雅子さまは稽留(けいりゅう)流産を発表している。

 2001年12月には愛子さまがお生まれになったが、その後も雅子さまにかかるプレッシャーは「次はお世継ぎを」「第2子には男児を」と、言葉を変えて存在し続けていた。この頃から、雅子さまは体調不良を訴え出していたという。

 これ以降も、マスコミは皇太子との“離婚説”や愛子さまとの“母子密着”を揶揄する報道、さらにプライベートの行動に目をつけて「療養中なのに公務もせず遊んでばかり」といったバッシングなど、雅子さまをスキャンダラスに書き立てた記事はいくらでもある。雅子さまを追い詰め、重圧をかけてきたのは一体誰だったのか。

異常なバッシングから、手のひら返しの賛辞へ

 さて、雅子さまが皇后陛下になられて精力的に公務に励んでらっしゃることは確かだが、医師団が<これをもって過剰な期待を持たれることは、今後のご快復にとって、かえって逆効果となり得る>と警鐘を鳴らすほど、すでに“過剰な期待”は蔓延している。先述した複数の週刊誌記事はその一部に過ぎない。

 雅子さまが11月10日、天皇陛下の即位を祝うパレードで涙ぐんだことから、メンタル面を案ずるような報道もあった。また、「女性セブン」2019年12月19日号(小学館)によれば、今年の11月中旬から下旬にかけて立て続けに行われた天皇皇后両陛下の地方の行幸啓で、雅子さまは10年ぶりに2泊以上の宿泊を伴って臨まれたが、神武天皇の陵墓を参拝された雅子さまは、<陵墓の前で体を90度以上に曲げ、深々とお辞儀をされた時、そのまま体の力がすっと抜けたかのように、倒れんばかりに右へガクリと傾いた>という。その後も雅子さまの体は左右にふらついていたそうだ。

 12月10日発売の「女性自身」2019年12月24日号(光文社)では、適応障害のため公務を休まれることの多かった雅子さまは<“自分は国民に受け入れられているのか”という不安>を抱えていたとある。しかしご自身の体調以上に“国民の笑顔のために!”奮闘しているのだという。

 適応障害を患い、体調が万全ではない中で“国民のため”に奮闘することを、美談として受け止めていいのだろうか。そもそも雅子さまは週刊誌に、そして国民にバッシングされてきたのではなかったか。雅子さまを素晴らしい女性だと称えるのは結構だが、いたわることも必要ではないか。そしてもし今後、体調を崩されることがあっても、これまでしてきたように騒ぎ立てはしないことだ。皇后陛下として立派に振る舞われる雅子さまを敬う気持ちがあるのならば、過去を反省し、過剰な期待を寄せないことだろう。

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