家族システムを採用しない、生殖と繁殖のif。芥川賞作家・村田沙耶香さんが提示するタブーなき思考実験

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©Tasuku Amada

『コンビニ人間』(文藝春秋)で芥川賞を受賞し一気にブレイクした村田沙耶香さんの初の短編集『生命式』(河出書房新社)。表題作は、亡くなった人の肉をみんなで食べ、そこで合意した男女が性行為に至る「生命式」が当たり前になった近未来のパラレルワールドが舞台だ。

子供を十人産む「産み人」になれば法的に一人を殺しても許される世界を描いた『殺人出産』(講談社)や、セックスや家族が消滅し、人工授精で子供を産み無菌の家族をつくる『消滅世界』(河出書房新社)といった、性や生殖のあり方を問う作品を書いてきた村田さん。今回、自らが作品のセレクトも行った作品群に込めた思いを伺った。

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村田沙耶香(むらた さやか)
1979年千葉県生まれ。玉川大学文学部芸術学科芸術文化コース卒。2003年『授乳』で群像新人文学賞優秀賞を受賞しデビュー。2009年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、2013年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島由紀夫賞、2014年『殺人出産』でセンス・オブ・ジェンダー賞少子化対策特別賞を受賞。2016年『コンビニ人間』で芥川賞を受賞、累計100万部を超えるベストセラーとなり、作家自身もコンビニ勤務であることも話題に。同年VOGUE JAPAN Women of the Year2016、Yahoo!検索大賞パーソンカテゴリ作家部門賞などにも選出された。『となりの脳世界』などエッセイも手がける。

世界のシステムを変えるような小説を

——表題作の「生命式」はページをめくるごとに衝撃的な事実が明らかになっていく作品ですね。ごく普通のOLの会話から、人肉を食べることが当たり前、むしろよいこととされている社会であることがわかります。人肉を食べるというテーマはどこから生まれてきたんでしょうか。

村田 「生命式」(初出「新潮」2013年1月号)は、後の『殺人出産』や『消滅世界』といった、世界自体をチェンジするような書き方をするきっかけになった作品なんです。

 最初に、人肉を食べるというタブーが覆された世界を書いてみようというのがありました。人肉を食べるのは、現在ではすごくタブーとされている行為ですが、殺して食べるのではなく、すでに死んでいるものを食べたり、「素敵な素材」(2作目に収録された短編)のように素材として使ったりするのがそんなにいけないことなのか考えてみたかったんです。死んだ人を食べても誰も傷つけないのに、なぜ自分はそれをしないのか。

 たとえば死んだおじいちゃんを家族で食べたり、亡くなった村長のお肉を村人みんなで分け合って食べたりということは、実際にしている国や部族だってありますよね。そんな地域に生まれていたら、とても尊いものとして人肉を食べていたかもしれない、という想像がずっと自分の中にあったんです。

 人肉を食べるって、実はタブーの中でもあやふやなタブーなんじゃないかというイメージがあって、小説の中で実験してみたかったんです。今ある常識を覆して、社会自体を変えることを書いた初めての作品ということもあり「生命式」を入れた短編集をつくりたいという思いがありました。

——そのような社会を描くことで、性の位置付けや女性のあり方も変わってくると考えられますが……。

村田 何で人を食べるんだろうと考えた時に、人が繁殖の仕方を変えるためというイメージがあったので、食べてそのエネルギーで殖えることがよしとされている世界観がまず思い浮かびました。

 人間を究極までに追い詰めた時にそれでも残る課題として、どうやって生殖していくかというのがあると思うんです。どんなに世界をチェンジしても、とにかく人間という種として存続していくことが、生き物の原点として残るのではないかな、と。

 きっと他の動物もみんなそうですよね。動物番組を見ていて感じるのですが、まず大事なのは食べて自分の命をキープすること。何故キープするかというと遺伝子を引き継ぐためなのかなと思っていて。動物がみんなそうなんだから、動物番組で「人間」をやったらやっぱりそれが放送されるんだろうなあ、と。それで、どんどん種として殖えて未来に繋いでいく時にもっとほかのやり方はどうなのかな、と想像するんです。

 現代社会では母と子は美しいものだという幻想があって、女性はその幻想からはみ出さないよう一生懸命育てている印象があります。幼少期から母の姿を見ていて、何だかしんどそうだと思っていたし、自分も将来「優しいお母さん」にならなければいけない、と信じ込んでいる子供でした。だから一度、人間を生き物としてクリアにして、殖えていく、殖やしていく方法を想像したときに、どんどん産んで、産んだ子を預けてあとは誰かがやってくれるんだったらいいなというイメージから考えていきました。

——現代社会では、性や生殖は愛情に基づいたもの、あるいはエロティシズムを誘発するものと思われがちですが……。

村田 愛情やエロティシズムに興味はありますし、そういうものを書きたくなったら書くと思います。でも、とにかく生き物として殖えるという切り口で考えたときに、むしろ現代社会は「殖やすため」に愛情やエロティシズムを利用したシステムなんじゃないかと、純粋な愛情やエロティシズムがかえって幻想になっているのではないかと怖く感じるときがあります。だからそうでない方向性のシステムを想像してしまうのかもしれないです。

——設定は近未来のパラレルワールドですが、30年で価値観がガラッと変わったと書かれています。今、私たちは平成という30年を体験したわけですが、30年でここまで物の考え方が変わることはあり得ると思いますか。

村田 あり得ると思います。この短編を読んだ年配の方が、「急激な変化はわかる」が言ってくださったことがあります。自分は戦争を体験していて、あのとき本当に急に変わったと仰っていました。学校の先生の言うことも教科書に書いてあることも何もかもが変わって、人を殺すのが正しかったのが急に罪になったという変化を見た人からすると、ぬるいというか、こんなゆっくりじゃなくて急に変わることだってあるというお話は印象的でした。

食べること、清潔へのこだわり

——今回の短編集は表題作以外にも食べることを扱ったものが多いですね。

村田 12編を選ぶ基準としては、単行本に入れる予定のない短編で、自分の今の感覚とも違和感がないもの、という感じで選んでいったんですが、こうして並べてみるとそうですね。「素晴らしい食卓」のようにもともと雑誌の「食べる」特集のために書いたものもあります。それ以外でも自分の中に印象に残っていて今回の本に入れたかった「街を食べる」を書いたのは割と前(2006年)なんですが、タイトルに食べるという言葉が入っていますね。食べることはずっと自分のモチーフになっているというのは今回の気づきですね。

——村田さんにとって「食べる」ってどういうことですか?

村田 「素晴らしい食卓」(3作目)を書いていて実感したのは、主人公がいうように、食べることとは信じることが前提になっていると思うんです。まず出した人を信じる、ものすごく怪しい人が出してきたら口に入れないですよね。それから周囲の情報を見て、食べるかどうか、これは美味しいのか、いいものなのかなどを判断している気がしています。

——「素晴らしい食卓」や「街を食べる」では、たんぽぽなどの雑草を食べる描写がありますね。

村田 一度、すごくおしゃれな旅館でたんぽぽの天ぷらが出たことがあったんです。でも普通に公園に生えているたんぽぽって、全然食べないし食べたいとも思わない、そのギャップ。素敵なお店で素敵なものとして出てきたら感動して食べるのに、じゃあ普段から家でもたんぽぽの天ぷらやりなよと言われても全然食べたくないのは何でだろうと考えると、結局周りの情報を摂取しているんだと気付いたんです。

 私の父は長野出身で、わらびみたいな山菜をとって食べる人でした。ニュータウンに引っ越したときも「わらびが生えているぞ!」といって、誰もとらないから、たくさんとっていました。私は苦くて全然おいしいと思わなかったんですけど。でも、食べられる草を判断してとって食べる父を見ていたので、山菜や草を食べるのは抵抗がないです。

——「清潔なたんぽぽ」という言葉が出てきますが、「清潔」という言葉は、村田さんの作品に初期からよく使われている言葉だと思います。

村田 全然意識はしていなかったですけど、清潔というのは自分の本能、感覚としてずっとあるかもしれないです。私は別に潔癖症とかではなくて、部屋とかはすごく散らかっているんですけど、たとえばホテルの水道水を飲むかどうかって、そのホテルの清潔感で判断していることがあるんです。絶対このホテルは怪しい、なんとなく嫌だなと思ったらミネラルウォーターを買って飲んでいて、すごくピカピカのホテルだったら信頼して飲んでいることがあります。先ほどの食べることとも通じるんですけど、清潔さって何かを判断するときに自分の身の危険を察知する基準として、気になっていることなのかもしれないです。

——『コンビニ人間』でも主人公がコンビニの清潔さに安心している描写が印象的でした。

村田 清潔さにこだわるあまり、コンビニのおにぎりしか食べられない子供が増えていて、誰かが手で握ったおにぎりが気持ち悪い感覚があるという話を聞いたことがあります。自分の感覚としては、お母さんが握ってくれたおにぎりが一番おいしいという世代なので不思議に感じます。でもコンビニというものが生まれて、あの清潔なおにぎりが当たり前になってきたから、そういう感覚があるのかな、と。ラッピングされている清潔なおにぎりには、無菌な感じに対する怖さと信頼、両方あるかもしれないです。

——『消滅世界』のクリーンルームは、クリーン=清潔という名を掲げながら、中ではぐちゃぐちゃしたことをやっていますね。

村田 『消滅世界』のクリーンルームはただ自慰をする部屋なんですけど、無菌の雰囲気の中で生々しいことを全部吐き出して、クリーン=きれいになって出てくるんですね。確かに変なネーミングですよね。

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