家族システムを採用しない、生殖と繁殖のif。芥川賞作家・村田沙耶香さんが提示するタブーなき思考実験

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©Tasuku Amada

変だけど、変じゃない

——常識を覆すような世界観の小説を書く時、「変」であることを意識するんでしょうか。

村田 実は「生命式」を書いたときは、変だなと思いながら書いていました。こんな世界を変えるような変なことを書いたら編集者さんに怒られるかなと思って、締切より早めに提出して、ダメって言われたら違う作品で書き直そうと思っていたんです。そしたら読み終わった編集者さんが、面白がってくださって、「レシピをもっと工夫しましょう」と料理の本とか送ってきてくれて、それで山本さんはもっと美味しく料理されました。嬉しかったのを覚えています。

 読者の方の反響でも、村田さんの食事シーンはいつもまずそうだけど、「生命式」はカシューナッツとか出てきて美味しそうでしたといってもらえました。怒られることはなくて、小説は自由だなあと思いました。むしろ、実際にやるとしたら辛いけど、わかるといってくれる人もいました。たぶん書いていることの根底に、「世界を信じている人」というオーソドックスな人間の奇妙さがあり、それは書いている自分自身ともつながっているから、そんな感じで伝わるのかもしれないです。

——小説の主人公たちが周囲から変と言われて戸惑うシーンもありますが、村田さん自身は、自分の変な部分はどういうところだと思いますか。

村田 私は自分のことをそんなに変だとは思ったことはないです。この本に書かれてるのって、割とオーソドックスな変さだと思うんです。たとえば「素敵な素材」に出てくるような人毛で作ったドレスを現代アートの展覧会で実際に見たことがあるんですが、見てやはりぞわっとしたんです。なぜぞわっとしたんだろうと考えたことが「素敵な素材」の元になっているんですね。ぞわっともしない変な人間だから書いているというより、むしろぞわっとする平凡さを持っているから、なんでだろうと思いながら書いているんだろうと思います。

 「生命式」も「素敵な素材」も、最初に書くときはやはり怖いとか気持ち悪いという感覚があったんですが、書き終えるとよくわからなくなっているんです。たぶん書きながら、主人公や登場人物たちと同じくらいの速度でだんだん自分もわからなくなっていきながらラストに向かっていく感覚はあります。

——「素晴らしい食卓」の主人公の妹は、自分のことを一貫して「前世は魔界都市ドゥンディラスの超能力者」と言い張っていますね(笑)。

村田 「素晴らしい食卓」の妹は好きです。自分の前世は魔界都市ドゥンディラスの超能力者だと堂々と言っていて、あそこまでみんなに好かれる人ってそういないですよね。料理に関してはさすがにどうかと言われてしまいますが。「素晴らしい食卓」を書きながら、婚約者の人や主人公の夫の方が変だし、それを淡々と観察している主人公も奇妙な感じがして、妹が一番常識人のような気もします。でも実生活で突然、魔界都市ドゥンディラスと言われたらちょっと驚いてしまうかもしれませんね(笑)。

——「魔界都市ドゥンディラス」というネーミングの響きが絶妙ですね。『地球星人』に出てくる「ポハピピンポボピア星人」も笑いましたが、ネーミングのセンスが素晴らしいです。

村田 ネーミングを考えるのが好きなんですね、きっと。「素晴らしい食卓」に出てくる「ハッピーフューチャーフード」なんかもそうですけど、それらしいネーミングがあって、そこから物語が生まれてくることがよくあります。

セクシュアリティの壁を越えて

——「生命式」のような世界に自分で住みたいと思いますか?

村田 あまり思わないです。すごい産まされている描写があるので苦しいです。今の世界と違う意味で産むことが幻想化されて、ストーリーに洗脳されてだまされるのが怖いんだと思います。出産は肉体的には死の危険もあるほどの負担なのに、美しいストーリーが付随した形で、産まされているということはとても怖いんですね。人間を食べるのはまだよくても、それで殖えるというのはしんどいだろうと思います。小説にも出てきますけどLGBTQの人などはこの世界では生命式に行ってもとてもつらいだろうと思うし。ユートピアだとは思わないですね。

——『生命式』に所収された作品だけでなく、近年の世界自体のシステムを変えていく作品は、セクシュアリティと深く関わったアプローチをされていますね。

村田 『殺人出産』では、男の人も子供を産めるという設定で、罪を犯すと死刑ではなくどんどん産む刑「産刑」いうものが出てくるんです。実は1行くらいしか説明していないんですけど、その部分に反応してくる方がたくさんいました。男の人も出産できて、しかも人殺しの罪を犯したら一生子供を産み続けなければならないのは合理的だし、公平でいい、みたいなことを、結構たくさんの人に言われました。

——男性が妊娠するという設定はすんなり受け入れられるんですね。

村田 男の人に、妊娠できるとしたらしてみたいですかって訊いてみたことがあるんです。すると、したいという人としたくない人とはっきりわかれました。したくない人に理由をお聞きすると、生理的な感覚として、妊娠するのが怖いという人もいました。自分に子宮があってその中に子供がいるのは壊しちゃいそうで怖いと仰っていました。逆に、単純に産めるなら絶対産みたい、興味があるという人も何人かいました。興味深かったです。人によって全然違うんだな、と。

——村田さんは男の人が妊娠できたらいいと思いますか。

村田 男の人も産めたらいいなと思います。生き物としての可能性が広がるし、意識や感覚も今とは全く違ってくると思うんです。社会全体のシステムも変わるかもしれないですね。今、女の人にしか子宮がついていないから、現状の家族システム、愛情システムが採用されているのかなあと考えることがあります。だから、男の人も産めたら、異性愛者でも、子供は友達と育てようかなあとか、いろいろ想像が広がる人もたくさんいるのではないかな、と思います。

——「二人家族」という短編には女性二人、しかもおばあちゃんで、恋愛抜きで子供を作って育てた家族が出てきますね。

村田 女性同士、おばあちゃん二人の家族という形もあるんじゃないかという想像があって、芳子と菊枝の物語をつくりました。女性同士の友達で、一緒に暮らして、しかも精子バンクの提供を受けて子供を作るというのは、現状でも、海外の精子バンクを利用したりなど、医学としてはきっと本当はできるんですよね。でも、少なくとも私の周囲にはいないんです。若い女の子が友達同士で、お互い30歳になって独身だったら一緒に暮らそうよと話していても、それをルームシェア以上の、家族という形で実践している人もなぜかお会いしたことがないんです。私自身も友達とそういう話をたくさんしましたが、実際にその年齢になったとき、結婚して家族をつくるというシステム前提で相手を探す人のほうが多かったです。

——家族システムの幻想に取り憑かれているんですね。

村田 実は、友人たちがいっせいに婚活サイトを活用して結婚した時期があったんです。その一人にほかの友達が「決め手はなんだったの?」って訊いたとき、「サイトに登録して一か月の無料期間が過ぎると課金されるから、その前に決めるって最初から期限を設定してた。だからその期限内で決めた」とあっさり言っていて、それはとてもカラッとしてて明るく感じました。両親の世代のお見合い結婚に近いものを感じました。その友達は、無料の一カ月の間に決めたほうがいいよ、どうせ伸ばしても伸び伸びになるだけだからという具体的で不思議なアドバイスをみんなにしていて、これくらい本人の意思がスッキリしていたらいいなあって思ったんです。

 一方で、もっと苦しそうな友達もいました。「結婚しないと味方が誰もいない人生になる」と言いながら、しんどそうに婚活してる子の話は聞いているのもつらかったです。彼女は婚活で苦しんでいても、セクシャルな関係抜きで同性の友人と家族になる、という道を考えることはないようでした。私がお金持ちだと仮定して、恋愛抜きで一緒に暮らして、精子バンクに行って人工授精で子供を作ろうっていっても、たぶん彼女は断るんじゃないかという雰囲気を感じながら話を聞いていました。

 柔らかく考えられたら楽になるのか、ならないのか、いろいろな想いがあって書いた小説です。

 単純に人間という動物に対して、頭の中で実験してしまうことがあります。例えば、どこかの実験室で、人間という生きものを100人渡されて、この生きものを繁殖させて、とにかく絶やさないようにしてください、と言われたらどうするのだろう、家族システムじゃないシステムだとどうなるんだろう、だとか、他愛もない妄想なのですが。

——神の視点での話ですか?

村田 神の視点というより実験室の視点ですね。100人の人間たちを絶やさないようにしてね、と教授から課題を与えられて、実験室で悩みながら方法を考えているみたいな仮定です。家族システムよりもっといい方法があるんじゃないかと想像します。

 子供の頃から女性をめぐる幻想は怖くて、母性と名前を付けられて感動的にストーリー化されているものに飲み込まれてしまうことが、とても苦しかったです。だから淡々とどんどん子供を繁殖させるシステムを考えてしまうのかもしれないです。「生命式」の中で「子供を出す」という書き方をしたら、校正者の人が「『産む』でなくてOK?」とチェックが入り、そうだよなあと、自分で自分の言葉のチョイスに気が付きました。「出す」ことも命懸けなので負担はとてもありますが、でもせめて精神的に違った感覚だったらどうなんだろう、と。とにかく出して、あとは誰かがやるというシステムだと、少しは違うのかなあとか、やっぱり男性も妊娠できたら広がるよなあ、とか。男性にも女性にもお互い負担がなくて、ちゃんと増えていくシステムを想像するんです。

短編から広がる発想

——今回の12の短編を読んでいると、「魔法のからだ」に後の『地球星人』のいとこ同士の関係を彷彿とさせるエピソードがあったり、「夏の夜の口付け」と「二人家族」のどちらにも芳子と菊枝というおばあちゃんが出てきたり、作品同士のつながりが見えて面白いです。

村田 短編は本当に自由な発想で書かせてもらって、それで書き残したことが長編につながっていくことが多いですね。実は今書いている最新作も、この本の最後に収めた「孵化」という短編をベースに発展させたものなんです。コミュニティによって違う自分で、その場に合わせて自分を演じるみたいな「孵化」でやったことは、実は長編でやりたかったことなんです。孵化は短編だから、からっと明るく、笑える感じになったけど、結構しんどい部分が出てきて、今のところ、女の子の怖い話になっています、どんどん変えて捨てるのでまだわからないのですが。

——長くなると重くなりますか……。長編でも主人公がからっとしているという意味では『コンビニ人間』という作品は村田さんの中では異端かもしれませんね。

村田 そうなんです。でも、私が主人公と似ていると捉えられることが多くてびっくりすることがあります。私はどちらかというと『ギンイロノウタ』(新潮社)とか『しろいろの街の、その骨の体温の』(朝日新聞出版)で書いたみたいなウェットな思春期を送っていました。古倉さんはとても冷静で、自分と物事のとらえ方が全く違うので書くのは大変でした。

「村田さんはお風呂場で男性を飼っていたときどんな気持ちでしたか」なんて聞かれて驚いたこともありました。「いえ、これは架空の話なので飼ったことはないんですけど」と答えたら「そうなんですか!」と逆に驚かれたり。

——男性を飼う話は「ポチ」にも出てきますね。

村田 男性を飼うという発想は以前からあって、『コンビニ人間』の前にバックルームでみんなで餌をあげながら初老の男性を飼うという話を書いていたんです。それはボツにしてしまって。でも飼うイメージが残っていたから、『コンビニ人間』でお風呂場で男性を飼ったり、「ポチ」の山の中で少女がおじさんを飼ったりする話を書いたのかもしれないですね。でも「ポチ」は、少女と年配の男性の飼う、飼われるの関係が逆だったらとても辛くて読めないと思います。

——飼うといっても支配的な関係は全然感じられないですね。

村田 支配とは違いますね。ポチは可愛がられているし、私は飼う=支配とは思っていないのかもしれませんね。

——短編はこれからも書いていきたいと思いますか。

村田 もちろん、書いていきたいです。設定の苦労などは長編と変わらないのに書いても書いても本にならないのはしんどいと思いますが、書いてないと書きたくなりますね。文芸誌で50枚とか30枚とかの特集の依頼がくることもありますし、海外から短編の依頼がくることもあり、刺激的です。短編集は、これからもまたつくっていきたいと思っています。
(取材・構成/神田法子)

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