
『グッとラック!』公式サイトより
今年6月に自宅で長男を殺害したとして罪に問われていた元農林水産省事務次官の熊沢英昭被告。
長男に家庭内暴力やひきこもりの傾向がなどあったことから、裁判では情状酌量がどの程度認められるかが注目されていたが、16日、東京地方裁判所は熊澤被告に懲役6年を言い渡した。
この判決を受け、テレビのワイドショーでは「ひきこもり」についての報道が過熱している。なかでも『グッとラック!』(TBS系)での立川志らくの発言は、看過できるものではなかった。
立川志らく「モンスターの子ども、親の責任」
今月17日の『グッとラック!』では熊沢被告が長男殺害に至った経緯を詳細に説明した。
長男は中学2年生ごろから始まった学校でのいじめがきっかけで母親に暴力を振るうようになったという。
大学に進学しひとり暮らしをしてからも、長男はほとんど家にひきこもった状態だった。その後、熊沢被告のつてで一度は病院に就職するものの、すぐに退職している。
長男にコミックマーケットへの出品をすすめ手伝う、TwitterのDMでやり取りをするなど、熊沢被告は長男とコミュニケーションを取ろうとしていたという。
番組では被告が献身的に長男を支えていたとし、被告に同情するような取り上げ方となっていた。
出演者らも熊沢被告を慮るコメントをするが、MCの立川志らくだけは違った。
<かなり同情的な意見もあるけれども 1つ同情できないのは、こういうモンスターの子どもがいきなり生まれたわけじゃない。ちっちゃいころから徐々に徐々に育ててしまったのは親なんです>
<それを作ってしまったのは親の責任というのはある>
長男を“モンスター”と表現し、親の教育が悪かったから“モンスター”になったのだと主張した立川志らく。志らくは以前も、ひきこもり当事者を“モンスター”とし、育てた親を責めたことがある。
今年5月に川崎殺傷事件が発生し容疑者がひきこもり状態だったと判明した際も、コメンテーターとして出演する『ひるおび』(TBS系)で、志らくは同様の発言をしていた。
<こういうモンスターを作り上げる前に、(伯父伯母は)小遣いを顔も見ずに与えてた、どんどん甘やかしてたわけでしょ、それがこういう恐ろしい人をこしらえてしまった>
ひきこもり問題は国の支援が必要
17日『グッとラック!』の立川志らくの発言に対し、ベンチャーキャピタリスト・堤達生氏は涙ながらにひきこもり当事者を抱える家族の苦悩を語っていた。
<たまたま身近にも似たようなパターンを見ていたことがある>
<本当にやっている。ありとあらゆることをやってるんです>
内閣府の発表によると、全国で40歳未満のひきこもり当事者は約45万人、40歳から64歳までのひきこもり当事者は約61万人いるという。
ひきこもりは社会問題であり、親の責任と突き放し各々が個別に努力したところで解決しない。国が家族や当事者を支援していかなければならない局面に来ているのだ。
なお、川崎殺傷事件の報道が過熱した際、KHJ全国ひきこもり家族連合会は声明文を発表している。「ひきこもりは事件を起こす」「親の責任」といった偏見報道は、当事者やその家族を追い詰めるという内容だ。
引き出し屋は「救いの人」なのか?
『グッとラック!』では今月3日にもひきこもりの問題を取り上げ、ひきこもり当事者を家から引き出し、自立させることを目的とした施設でのトラブルを特集。いわゆる、「引き出し屋」だ。
主にひきこもり当事者の親が業者と契約をするが、業者が当事者に暴力を使って強引に家から引き出したり、マンションの一室に監禁するケースもあり、トラブルは絶えない。
あるひきこもり当事者であった男性は、業者を相手取って賠償金を求める裁判を起こしていると紹介した。
しかし一方で、番組に出演した女性僧侶でスピリチュアルケア師の玉置妙憂氏は、公的機関にひきこもり当事者を抱える家族が相談をしに行っても「本人を連れてこい」としか言われず、家族は八方ふさがりになっているとして、引き出し屋を肯定。
<確かにトラブルもあるかもしれないけど、この人がたは、(家に)来てくれるっていう点では救いの人たちには変わりないと思うんですよね>
<乱暴なやり方だったかもしれないけど、結果、いま外に出て訴えるという社会的行動をしている>
やり方はどうであれ、外に出られたのだから結果オーライということなのだろう。
しかし、KHJ全国ひきこもり家族連合会でソーシャルワーカーとして働く深谷守貞氏は、引き出し屋の危険性について訴えている。
引き出し屋はひきこもり当事者の意思を無視し生活を矯正するものであり、施設から逃げ出してきた人の中には、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症してしまう人もいるという。また、ひきこもり当事者を抱え弱った家族につけこみ、高額な料金を請求する業者もあるそうだ。
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引き出し屋を肯定するのではなく、家族が引き出し屋に頼らなくてはいけないような公的機関の現状をどう変えていくかではないか。
最後になるが、長男がどうであったにせよ、熊沢被告の「長男を殺害する」という選択は正当化できない。長男は統合失調症だったとの報道もあり、扱いに困って殺害した家族に同情を寄せる向きはネット等でも確かにあるが、偏見が強まれば容易に優生主義にたどりつくだろう。