
Getty Imagesより
総選挙に揺れたイギリスは、EU脱退を掲げる保守党の圧勝に終わった。
2016年6月にEU脱退を問う国民投票が行われてから、3年以上が経過したイギリス。この間、EU加盟28カ国からイギリスに移り住んだ360万人の人々の不安を伝える記事を時折目にした。
EU内からの移民流入はそれまで年間20万人ほどだったが、2018年は3分の1程度に減ったという。
もっとも、イギリスがEU脱退となっても、すでに5年以上イギリスに暮らしたことが証明できる人は、永住権を得られる。
また5年に満たない人も、仕事に就いている人はVISAを申請すれば滞在の許可が得られるということになっている。
しかしEU市民の不安は、合法的に住み続けられるかどうかということ以外に、「反移民」感情への懸念もあると報じられている。
EU市民に対するヘイトクライム
『NHKニュースウェブ』は、「イギリスの警察の統計では2016年から2017年にかけて、ヘイトクライムが前の1年間と比べておよそ30%増加」とし、ヘイトクライムを受けたフランス人女性に取材している。
記事によれば、フランスからイギリスに移り住んだある女性は、胸にEUの旗のバッジをつけ電車に乗っていた時、危険な目に遭ったという。乗客の男のひとりがそのバッジを見るやいなや、女性の頭をわしづかみにし、暴言を吐いたというのだ。
その光景を目にしても同じ車内の乗客たちは誰も気遣ってくれず、「まるでみんなが差別に同調しているかのようでした」とショックに追い打ちをかけたそうだ。
日本でも複数の番組や記事で、イギリスにおけるヘイトクライムは伝えられている。
「私の息子も電車の中で父親とイタリア語で電話をしていたところ、『ここでは英語を話すべき』と注意されたことがありました」(参照:NHKニュースウェブ)
「スーパーで働いていたイタリア出身の女性が『この国から出て行け』と言われていました。」(参照:NHK BS1 ワールドウォッチング)
「ドアに卵を投げ付けられ『消えうせろ、ポーランド野郎』と言われ」(参照:東京新聞)
報道を見ていると、イギリスの至るところでそのようなことが頻発している印象を抱く。
しかし、筆者は今年1月から7月までロンドンに滞在していたが、その時はEU市民が詰られている場面やブレグジットによる混乱は感じなかった。
ターゲットとなるのは、女性を中心に身体的あるいは社会的な弱者がなりやすいのだろうか。環境なのだろうか。
ロンドンの大企業で働いている背の高いイタリア人男性に問い合わせたところ、彼は今まで差別を受けたことも、目撃したこともないという。
「ただロンドンは特別ダイバーシティな複合文化の街だから。ロンドンがイギリスすべてを代表しているわけじゃない」
彼はそう言った。
確かにロンドンと地方とでは感覚が違うだろう。2016年6月の国民投票でも、ロンドンなど大都市は残留派が多く、離脱に投票した人は、スコットランドや北アイルランドを除いて、地方の住民が多かった。
ロンドンの飲食店、スーパーマーケット、ディスカウントショップなどの店員は外国人が多い。だが、電車で1時間ほど離れた街にいくと、店員はイギリス人ばかりである。自分の土地に移民が少なければ、移民に対する親近感は薄くなる。
イギリス人とEU市民のコミュニティー
それにしても差別をするイギリス人は、混血の進んだヨーロッパでどのようにEU市民を見分けるのだろうか。
以前知り合いのイギリス人たちに尋ねたところ、白人の顔の見分けは不可能ということだった。もちろん、いかにもドイツ人らしい顔立ちとか、典型的なタイプはときどきいるものの、それは少数派だという。基本的には、話す言語、英語の訛り、事前情報などによるのだろう。
『NHK BS1 ワールドウォッチング』では、ロンドンに11年住んでいたオランダとドイツ出身の夫妻が、「私たちEU市民のコミュニティーがどんどん小さくなっていくのを感じ、悩んだあげく引っ越しを決めました」と話している。
実際、EU市民のコミュニティーとイギリス人のコミュニティーは別なのだろう。筆者がロンドンのパブやカフェなどで仲間内の集まりを観察した限りでは、イギリス人はイギリス人だけ、スペイン人はスペイン人だけといった国別の集団を見かけることが多かった。
あるイタリア人女性は、「ロンドンはイタリア人だらけ。出会う人出会う人、イタリア人ばかり。英語を練習する機会が欲しい」と嘆いていたものだ。
国を問わない多国籍のイベントはよく開催されているし、当然イギリス人とEU市民の交流はあるが、それでもやはりイギリス人とそれ以外という構図がある。
EU以外の移民へのサポート
2017年から2018年の英統計局のデータによると、イギリスに暮らす外国人は、ポーランド、ルーマニア、インド、アイルランド、イタリアの順で多い。
ロンドンの、インド系が多いエリア、中東系が多いエリア、アフリカ系が多いエリアなどに行くと、イギリスにいるのを忘れてしまうほどだ。
筆者は、イギリスへ3回ほどの短期留学をしていて、さまざまな境遇のクラスメイトに出会った。その中で特に恵まれていると感じた2人を紹介しよう。
シリア人男性は、全日制の授業料が高い語学学校で一緒だった。難民なので、授業料、生活費など国にサポートされていて、余裕のある暮らしぶりだった。クリスマスシーズンには学校で唯一クリスマスモチーフのニットを着ていたし、10月に学校を休んでドイツの親戚の家に遊びに行ったと思ったら、クリスマスの時期も同じ親戚の家に行っていた。さらにフランスなど数カ国、学校を卒業し国に戻った人たちに会いに行くなど、非常に生活を楽しんでいた。
もう1人は、格安の語学学校で一緒になった、イギリスに来て10年というシングルマザーのアフリカ系女性。クラスは昼間から夕方にかけての時間帯で、働いているか聞いたところ「3人の息子たちがイギリス生まれだから、シングルマザー手当で生活している」と得意げに話した。授業の間は妹が子どもたちの面倒をみており、一家5人の生活は国が手厚くサポートしている。
イギリスは難民や生活の困難な移民を支援してきた。しかしこういった人々に接することで、まったく関係ない立場である筆者でさえ、正直に言えば少し複雑な気分になったのだから、イギリス人の中に移民反対派がいてもおかしくない。「なぜ自分たちよりも、彼らを優遇するのか」と。
南米からの出稼ぎ
難民への手厚いサポートを紹介したが、しかしイギリスは夢の国ではない。
東京新聞は2018年の記事で、ロンドンの東欧系移民支援団体代表の体験として、「10年前にポーランドから来たが、サンドイッチ店で信じられない低賃金で雇われた。英国に来るポーランド人は母国ではほとんど中産階級ですが、ここではみな低所得労働からです」と書いている。
筆者が通った語学学校のクラスメイトには、それより弱い立場の労働者も何人かいた。南米から留学という形でやってきて働いていた人たちだ。
彼らの仕事内容は過酷だった。夜中にパブが営業終了してから朝まで掃除をしている人。就労ビザがないために、知人のつてで、レストランの厨房の奥のほうで、相場より安い時給で働いていた人。彼は本国でできた借金を早く返済するため、賃金の高いイギリスで働いているということだった。
もちろん、同じ南米からでも出稼ぎばかりではなく、親がイタリア系などEUのパスポートを持っていて、本人もしくは夫がホワイトカラーの仕事をして、家賃の高いエリアに住んでいる人たちも多かったが。一言で「移民」と言っても、千差万別なのだ。
アジア系は「枠外」「部外者」
一部のイギリス人がEU市民を差別する理由として、「職を奪う存在」「学校や病院を混雑させる存在」「社会保障にぶら下がる存在」という理由が挙げられているが、ではイギリスにおけるアジア系の存在はどのようなものなのか。
筆者はイギリス人から良くしてもらったことはたくさんあるのだが、客観的にアジア系の立場を思うと、「枠外」「部外者」だと思う。
語学学校で、30代の黒人の先生が就活をテーマに話していた時のこと。「んー、たとえば実際のところ、アジア系はダメとかあるかもしれない、わからないけど」と言っていた。
なお、さきほどのアフリカ系の女性は、自国で「目が小さいから中国人みたい」と言われているという。アフリカにもアジア系蔑視は存在する。
2016年の留学時には、ホストファミリーから、「私、日本人は受け入れOKにしているの。部屋を清潔に使ってくれるし。中国人とか韓国人はNGだけど」と言われた。
ホストファミリーから漂った国籍による差別よりも、インターナショナルなはずの語学学校が、国籍指定できるようにしていることに驚いたものだ。
とはいえ、白人のイギリス人から明らかな人種差別に遭ったのは、記憶にあるかぎり今年の2回だけだ。
区役所勤務というイギリス人男性から、「黒人は泳げないのが有名だけど、日本人はどうか? プールに放り投げたらどうなるか?」と、ふふっと笑いながら尋ねられたこと。
もうひとつは、街を歩いていたところ、2人組の酔っ払いから、憎しみを込めた表情で「中国のオアシスはどこなのか?」と執拗に絡まれたこと。オアシスなんたらは重要でなく、「お前は中国人だろう」と侮蔑したかっただけだろう。
今年受けた差別は、ブレグジット騒動をきっかけに溢れてしまった人種差別意識によるものと言えるのかもしれないが、個人的には、運悪くたまたま変な人に遭ってしまったという気分だ。
EU市民についても、他のルーツを持つ移民についても、差別された経験の有無は本当にさまざまだろう。筆者が本稿で一番言いたいことは、報道による印象と実態は、時に違うということだろうか。