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なぜ「虐待親」を安心して責められるのか 「家族」と「法的責任能力」という罠

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 本連載第3回では、2019年を、各月に起こったメンタルヘルス関連事件で振り返った。せっかく忘れていた事件の悲惨さを、改めて思い起こしてしまった方もいるだろう。けれども私たちは、悲惨な事件が起こるたびに「二度と繰り返させない」と誓っては、あまりにも簡単に忘れてしまっていないだろうか?

 忘却する能力は、苦しみや悲しみも多い現実を生き延びるために、人間に与えられた天の恵みかもしれない。しかし忘れる前に、頭にぼんやりと刻みつけておきたいことがある。もしも真の原因があるとしたら、どこにあるのか。もしも解決策があるとすれば、何に求められるのか。真の原因や解決策は、分かりやすい姿で現れるとは限らない。せめて、大まかな形やイメージだけは頭に残してから忘れたいものだ。

家族、そして責任 - あらゆる人々に対する日本の呪縛

 2019年の12の事件を眺めてみると、まず、「家族」というキーワードが浮かび上がってくる。そのキーワードは、しばしば「責任」とセットになっている。

 親が虐待によって子どもを傷つけたり死亡させたりした事件が報道されると、親に対する非難が集まる。世の中の強い関心が惹起され、親への激しい怒りが持続する。これは、考えてみると不思議なことではないだろうか。その子が虐待死しない限り、その子の存在をあなたが知る機会はなかっただろう。地球上の遠いどこかの飢餓地帯や紛争地帯で人知れず死んでいく子どもたちと同様に、無縁な子どもだったはずだ。でも、日本で親に虐待死させられた子どもに対しては、激しい感情が喚起される。

 決定的な違いは、「責任」の所在にありそうだ。「大自然さま」「気候変動」「入り組んだ歴史的経緯」「過激な宗教団体」といった相手には、責任の問いようがない。しかし、日本で子どもを虐待死させる親は、1人または2人の人間である。しかも、親になることを自らの「責任」で選び取ったはずの人々だ。

 日本において、子どもを持つか持たないかは、親の判断に委ねられている。コンビニに行けば、避妊具を簡単に入手できる。ピルも比較的容易に入手できる。産みたくないのであれば、何らかの方法で妊娠中絶を行うことができる。妊娠中絶の時期を逃してしまっても、「赤ちゃんポスト」のような預け先を探すこともできる。

 自分で育てるのなら、親としての責任を果たさなくてはならない。配偶者がいなくなってしまっているのなら、あるいは配偶者に何らかの問題があるのなら、または配偶者が感情的になってしまうのなら、その配偶者を選んだ本人に責任があるだろう……このように、子どもを持った責任は、どこまでも親に求められる。虐待は、「自分の意思と責任において子どもを持ったはずなのに」ということになる。「仕方ない」と諦められる要素は、どこにもない。

 だから私たちは、悲惨な虐待事件の際、親を責めるのだ。そして、悲惨な殺され方をした子どもに対し、心から「かわいそうに」という思いを寄せる。でもそれは、本当に自然なことなのだろうか。

 ここで、思考実験をしてみよう。

もしも、あの子が命だけは奪われなかったら?

 2018年1月、野田市の虐待事件で命を奪われた女児・ミアさん(当時小4)が、何らかの偶然によって亡くなる3日前に医療につながり、生き延びていたら? その後のミアさんを想像してみよう。

 時間はかかるかもしれないが、身体の健康は回復するだろう。しかし、もう親のもとには返せない。養育里親あるいは社会的養護のもとで、ミアさんは成人までの養育を支援されることになるだろう。新しい生活にも、新しい小学校にも、少し時間はかかっても馴染めるかもしれない。虐待が続く家よりも、良好な日常を送れることは間違いなさそうだ。

 しかしミアさんは既に、親から虐待され、学校の教師たちも児童相談所も結局は救ってくれなかった10年間を過ごしている。それなのに、「大人は信頼して良い」あるいは「信頼できる大人もいる」と考えることはできるだろうか? もしかしたら「世の中には、信頼できる大人もいる」と、いずれ実感できるかもしれないけれども、時間がかかるだろう。

 同世代の子どもたちとの関係では、さらなる困難が予想される。ミアさんは一度、家という結界に閉じ込められ、世界から隔絶されたアナザーワールドで、親という名の全知全能の神に理由なく虐待され続ける日々を経験した。「世界から切り離された自分」「虐待される宿命の自分」という感覚は、親の来ない安全な環境に置かれたからといって消えるものではない。その感覚が薄れるまでに、数十年の時間を必要とするかもしれない。その間に、子ども時代は容赦なく過ぎていく。

 対人関係も、学校での活動も学業も、虐待によるダメージを受けていない他の子どもたちと同様に行えるわけではない。表面的に「こなす」ことができているのなら、目に見えない多大な努力と工夫の賜物だ。もしかすると、「ふつうの学校生活」によって激しく疲労消耗することになるかもしれない。

 それでも幸運に恵まれれば、学校生活を終え、社会に出て職業キャリアを構築し、人間関係を豊かにし、家庭を築くことができるだろう。しかしおそらく、虐待から解放されるまでの間に蓄積されていたトラウマは、その後、新たな損失を生み続けている。何かが獲得され達成されるのと同時に、「トラウマ」「トラウマによる新しいハンデ」「トラウマによる新しいハンデによる最新の歪み」……といったものが積み重なり、複雑に絡み合っていく。

 もしかすると年々、世界と自分を隔てる壁は厚くなるように感じられることになるかもしれない。自分の感じる自分の価値は、下がり続けるかもしれない。その事実を塗り隠し、自分と他人から見えないようにするためには、何らかの資源が必要になる。でも、どこから持ってくればよいのだろう? 自分自身の体力や気力や能力は有限だ。頑張りや努力には限界がある。

 2045年1月、生き延びたミアさんは36歳になる。虐待を辛くも生き延びてから26年後にあたる。その頃、近くにいる人々は、「一緒にいると、なんだか疲れる」という感じを抱いているかもしれない。交友関係は安定せず、小さなきっかけで遠ざかられてしまうことの繰り返しになるかもしれない。もしもそうであっても、ミアさんは新たに「傷ついた」と意識しない可能性がある。その新しい出来事は、ミアさんに刷り込まれた「虐待される宿命の自分」というイメージに、ぴったり当てはまるからだ。

 もしかすると、ミアさんを最も傷つけるのは、まったくの善意からの「生き延びてよかったじゃないの」という一言かもしれない。その時、ミアさんは大人として、自分自身に「責任」を持っている。「一緒にいるとなぜか疲れる人」や「地雷がありそうな人」になってしまったことの「責任」は、自分自身が子どもだった時の親や大人たちにあるのかもしれない。しかし、実際に「責任」を問うことはできない。そんな自分が「心から大切な友達」と思ってもらえないことは、大人である自分の「責任」において受け止めたり回避したりしなくてはならない。

 生き延びたミアさんのような背景を抱えた人が近くにいるとき、数年または数十年にわたって「友」として心から大切にしつづけることは、決して容易ではない。「ほぼ無理」と言うべきかもしれない。筆者自身にも、何回もの苦い経験がある。もしかすると、虐待経験を背負った大人として寿命まで生き続ける人生は、大人になる前に虐待死する人生よりも苛酷なのかもしれない。それでも「まだ、虐待死のほうが良かったはず」とは言いたくない。もしも、それが身も蓋もない事実であるとしても。

 さらに、人それぞれの個別性が、状況を複雑にする。もしかすると、ミアさんと同時期に同程度の虐待を経験して生き延びた同年齢のアミさん(現在11歳)は、その後、完全に回復し、自他ともに影や地雷を感じられない状態になり、豊かな人間関係を持ち、社会的に成功しているかもしれない。被虐待を経験した子どものその後には、子どもの人数と同じ個別性がある。しかし、回復できた人や成功できた人がいるという事実そのものが、そうではない被虐待経験者を「虐待される宿命の私」というアリ地獄に突き落とすこともある。手詰まりだ。

 この思考実験で前提としてきたのは、子どもを虐待死させる親に対する怒りであり、虐待死させられた子どもに対する同情であり、それらの背景にある大人の「責任」に関する感覚だ。だが、もしかすると、この前提が誤っているのかもしれない。

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