キャリア・仕事

誰も指摘しない「就活ハラスメント」という詭弁 なぜ会社では犯罪行為が許されるのか

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「GettyImages」より

OB訪問、採用面接、合同説明会でもセクハラ被害

 2019年は、有名企業に就職したOBを訪問した女子就活生が、採用をちらつかせられた上で、性犯罪被害にあった事件が複数件発覚した。

 企業側も早急に加害行為の事実を認め、加害行為を行った社員を解雇したが、これらのケースはこれまで発覚しなかった被害が顕在化しただけのものであって、残念ながら実際にはこれより多くの被害が発生していることは想像に難くない。

 私自身、労働組合で企業との間でトラブルを抱えた人の相談を担当していた時期がある。また、ブラック企業に関する著書を上梓した関係で、女子就活生からメールで相談の連絡をもらうことが多々あった。

 就活セクハラについての相談でもっとも多かったのが、OB訪問での被害だ。次いで多かったのは、企業の採用面接時。驚いたことに、複数の企業がブースを借りて就活生を集める合同説明会で被害にあったという女子就活生もいた。

 身体的被害こそないものの、「面接の場で性体験について聞かれる」「メールやLINEにしつこくメッセージを送ってくる」などといった、精神的な被害・日常生活に差し障りが生じるようなハラスメントを含めると、総数はさらに膨れ上がる。

 私個人に寄せられた相談ですらこれだけの数があるのだから、泣き寝入りせざるをえなかった女子就活生は相当数にのぼることは間違いない。

ハラスメント規制の改正法成立後に発覚した盲点

 去る2019年12月2日、東京大学をはじめとした複数の大学の女子学生からなる有志団体「SAY」が会見を開いた。

 会見の主旨は、厚生労働省が意見募集しているハラスメント対策についてである。具体的には、厚生労働省ならびに大学側が窓口となって、会社側に対してセクハラ防止義務を課してほしいという内容だ。

 「SAY」によれば、就職を希望する企業にセクハラ相談窓口があっても、学生は相談することによって採用への道が閉ざされてしまう可能性を懸念。その結果、多くの学生が就活セクハラの被害を告発できない状態が続いているという。

 この会見は波紋を投げかけた。女性の労働者をハラスメントから保護することを企業に義務付けた法案が、今年5月29日の参議院本会議で成立したところだったからである。

 女性活躍・ハラスメント規制法案(「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律案」)では、女性活躍推進法、労働施策総合推進法、男女雇用機会均等法、労働者派遣法、育児介護休業法の5つを併せて改正した。

 これによって、企業は女性の労働者に対して、業務上必要相当な範囲を超えた待遇を与えることが禁止された。

 これらの規制の中には、従来から問題になっていたセクハラやマタハラについても不利益取り扱いの禁止が明文化されている。

 また、企業側に対する罰則についても明言されており、行政指導を行っても改善が見られない場合には、企業名を公表することとなった。

 ところが、5月29日に参議院本会議で成立した改正法は、すでに雇用している女性労働者に対しての規制だけであった。そのため、先に述べた就活セクハラ防止会見によって、厚生労働省の労働政策の抜け穴が露呈する形となったのだ。

 これを受けて厚生労働省は、現在までに公表しているパワハラの6類型を細分化し、どのような言動や行動がハラスメントに当たるかを定義するとともに、就活生やフリーランス等、社外の相手に対するハラスメント行為を防ぐことも企業に求める方針を打ち出した。

厚生労働省 パワハラの6類型 
女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律案の概要

 しかし女性労働者へのセクハラ・パワハラ防止が盛り込まれた改正法が成立した後に、就活生のセクハラの実態が明るみに出た。それだけ多くの学生が泣き寝入りしてきたということである。

「会社」というフィルターを通すと「犯罪」でなくなる?

 従来の女性労働者に対するセクハラ、また就活生に対するセクハラについて、加害者個人の資質と断罪する意見もある。それも一理あるだろう。

 しかしながら私は、会社というフィルターを通すと、犯罪が犯罪と意識されなくなってしまうこと、それを誰も指摘しないことこそが、根本的な問題だと考えている。

 少し説明を加えたい。

 この連載の中で、ブラック企業と闘う方法をいくつか紹介してきた。ブラック企業の中には、残業代どころか賃金すらまともに払わない企業が少なくないが、なぜ大多数の人は、この行為を“犯罪”だと声を荒げないのだろうか。

 コンビニエンスストアで100円のお菓子を万引きすれば、問答無用で警察に逮捕される。そして、世の中の人ほぼ全員がその行為を“犯罪”だと判断するだろう。それなのに、20万円の給与を意図的に払わない企業の経営者を、なぜ犯罪者として糾弾しないのか。

 セクハラも同じだ。他者に一方的な性的接触を行えば、性犯罪者として逮捕される。それなのに、会社の中で行われた加害は、なぜ「ハラスメント」というソフトな言葉にくるまれて、うやむやにされがちなのだろうか。

ブラック企業問題はなぜ悪化したか

 会社というフィルターを通すと犯罪が犯罪として認識されなくなってしまう現象について、私は、憲法28条と労働組合法が機能していた時代の悪影響だと考えている。

 憲法28条では、労働者が労働組合を作る権利、会社と対等の立場で交渉を行う権利を保障している。逆に言えばこれは、会社内においては、労働者が自治権を持っているので、第三者の介入を許さない権利ともいえる。

 連載第一回の記事「退職を引き止める常套句「責任を取れ」は無視して構わない」でも紹介したが、ブラック企業を取り締まる警察官でもある労働基準監督官は全国で3241名(2016年現在)しかいない。

 これは正社員が大多数で、かつ、各会社に労働組合があった時代は、労働基準監督官に頼らなくても、労働者が会社内の自治を行っていたためでもある。

 その結果、会社内で起こることについては、明確に刑法に抵触するような事件以外は、公権力が介入しなくなった経緯がある。

 しかし非正規労働者が多数になった現在では、各会社に労働組合があることは珍しくなった。にもかかわらず、憲法28条と労働組合法では労働者の会社内の自治権が保障されているため、警察権を持っている労働基準監督署は積極的に介入しない方針を維持している。

 そのため、大多数の労働者は、会社内で労働トラブルが発生しても公権力に介入してもらえず、会社側からの理不尽な加害を甘受することを刷り込まれてきたのだ。こういった経緯でブラック企業問題は悪化した。

弱い立場の労働者が加害側に回る実態

 残念なことに、会社が公権力の介入を許さない閉鎖的な空間となる中で、新たな問題が生じている。弱い立場のはずの労働者が、さらに弱い立場の人への加害に走るケースが顕在化してきているのである。

 正社員が非正規労働者に対して行う差別的な対応がそれである。私自身、非正規労働者の方からよく相談を受けるようになった。同じ職場で働く労働者であるはずの正社員から、雇用形態が違うという理由だけで差別的な待遇を受けるというのだ。

 この問題が顕在化してきたことについて、私は、セクハラとは無関係ではないと考えている。正社員が非正規労働者に加害行為を行うことと同じ心理が、セクハラが起こる一因になっているのではないだろうか。

 セクハラの多くは、男性が性欲を満たすための単純な心理ではなく、男女を問わず弱者を隷属させることで愉悦を満たす心理が影響している可能性が高いと私は考えている。“男の性欲が原因”などと単純化することはできないのだ。

 全体としては少ないものの、これまで軽視されてきた女性から男性へのセクハラも顕在化している。管理職についた女性が、若い男性社員に性体験の有無を尋ねたりといったいやがらせや、業務以外の飲食の同行を求めたりするケースなどがすでにある。中には、酒の席で、女性管理職が若い男性社員の身体を触るなどといったあからさまなセクハラ被害が報告されるようになってきた。

 もっともこれは、女性には性欲がないという偏った社会通念によって、長年の間見過ごされてきたものといっていいだろう。少なくとも25年前くらいからは、女性が多い職場では、男性社員へのセクハラが横行していたからだ。

 ジャーナリストになる前、私は航空会社で働いていた。20代半ばのことだから四半世紀前のことになる。当時は女性の管理職はもちろん、女性のほうが多い職場というのは極めてまれだった。

 その職場では、飲み会の席で男性社員が身体を触られたりするのは日常的だった。同期で入社した男性社員の一人は、女性の管理職が夜間に自宅に押しかけてきて、関係を強要されたと証言していたのを覚えている。

 男性へのセクハラが顕在化してきたのは、女性が多い職場が増えたというのは間違いなく原因の一つだろう。つまり、セクハラは“男性の性欲”という、単純なものではない。異性に抱く劣情に、相手を隷属させたいという歪んだ欲望が重なった存在なのだ。したがって、男性も女性も被害者になりうる。

 話が前後したが、就活生に対するセクハラは、公権力が介入しにくい会社という空間にいる労働者が、さらに弱い立場である就活生に対して、社会人としての規範はもちろん法令遵守意識が薄れた中で加害行為に至っている。

 根本的な解決を図るには、法令での保護はもちろんだが、社会全体が「会社は公権力すら介入しにくい閉鎖的な空間になりがち」ということを理解し、いかにして風通しをよくしていくかを考える必要があるのではないだろうか。

(監修/山岸純)
(執筆/松沢直樹)

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