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テレビが「嫌われ者になった」時代に、テレビマンは何を表現すべきか/『さよならテレビ』インタビュー

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映画『さよならテレビ』(C)東海テレビ放送

 2018年9月に東海地方で放送されたドキュメンタリー番組『さよならテレビ』(東海テレビ)は、大きな反響を起こした。

 本物の指定暴力団に密着した『ヤクザと憲法』を生み出すなど、タブーのない取材対象選びで知られる東海テレビが、自分たち自身を取材対象に選んだのだ。

 『さよならテレビ』は東海テレビにおけるニュース番組づくりの現場を追っている。

 そこでは、視聴率の低迷、「働き方改革」で思うような取材ができなくなっている状況、不安定な雇用環境の問題、SNSを中心とした視聴者からの苛烈なバッシングなど、テレビ業界を蝕む様々な問題が炙り出されていた。

 放送終了後に大きな反響があった一方、『さよならテレビ』は東海地方以外の人は見ることができず、海賊版DVDが闇で流通する事態となっていた。

 しかしこの度、テレビ放送されていたものに30分以上の未公開シーンを追加し劇場映画となる(2020年1月2日より、東京・ポレポレ東中野などで公開)。

 自ら裸をさらけ出すようなこのドキュメンタリーはどんな思いでつくられたのか、プロデューサーの阿武野勝彦氏と、監督の圡方宏史氏に話を聞いた。

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阿武野勝彦
1959年生まれ。1981年東海テレビ入社。アナウンサーを経てドキュメンタリー制作に。『死刑弁護人』、『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』、『ホームレス理事長 退学球児再生計画』、『神宮希林 わたしの神様』、『ヤクザと憲法』、『人生フルーツ』、『眠る村』といった作品でプロデューサーを務める。

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圡方宏史
1976年生まれ。1998年東海テレビ入社。制作部で情報番組やバラエティ番組のAD、ディレクターを経験した後、2009年に報道部へ異動。監督作に『ホームレス理事長 退学球児再生計画』、『ヤクザと憲法』がある。

──『さよならテレビ』は自分たちの存在そのものを問い直すようなすごい企画ですが、どういった経緯で生まれたのですか?

圡方宏史(以下、圡方) 実はこの企画は「自己批判するぞ」「総括するぞ」といった崇高な考えでスタートしたものではないんです。はじめは、もっとライトな感じというか。
 きっかけは『ホームレス理事長 退学球児再生計画』(2014年公開)をつくった後に、映画配給会社の方から「今度はテレビ局を撮ってみてくださいよ」と提案されたことです。
 確かに、テレビ局がテレビ局の舞台裏を撮るドキュメンタリーってあまり見たことがないなと思って。本来あってもおかしくないものなのに。
 せっかく東海テレビという組織のなかにいて、テレビ局の内側を撮影しやすい環境にいるのだから、やってみようと思ったんです。

──テレビ局内の会話はいたるところで視聴率の話題が出てきます。報道フロアがとにかく「視聴率」「数字」に支配されているのが印象的でした。

圡方 自分も普段は報道部で、そこに絡めとられながら仕事をやっているから、外から見ることで初めて不思議に感じた部分ではありますね。

──民間企業ですからもちろん利益を出すことは大事なのですが、それと同時にメディアは「公共性」を持ちます。映画を見ながらそのバランスについて考えずにはいられませんでした。

圡方 普段と違って、ドキュメンタリーを撮っている間だけは、数字の呪縛から逃れることができる。「本当に自分たちが表現したいものはなんだろう?」と考え、ゼロからなにかをつくり出すことができる環境になるんですよ。
 その環境でやっていると、「売らんかな」の精神でとにかく視聴率を気にし、ビジネスの枠組みでやっている普段の仕事が異常に見えて。
 それで、さっきまでそっち側にいたのに、「なんだこれは?」って思えてきた。「それで本当に良いものができるのだろうか?」って。それは、報道の現場を俯瞰で見ることができたからこそ、感じられたことなのかもしれません。

──雑誌もwebも、どのメディアも「数字」は求めているわけですが、テレビのそれは特に大変そうです。

圡方 昔は、視聴率を計測する機械もそんなに発達していなかったから、詳細なデータなんてなかったと聞いています。ラジオはいまもそうですよね。「聴取率調査週間」に数字をとるかたちで、そこまで細かく計測しない。
 でも、いまのテレビは1分単位で視聴率を測ることができるから、どんなネタが数字をとっているかよく分かる。そうなるとコメディーみたいですけど、「パスタの湯気が上手に出たから数字が上がったんだ」とか、そういう話にもなってくる。
 端から見たら「なに言ってんだ?」となるでしょうけど、視聴率のことを突き詰めていくと、「どうやったらパスタの湯気が美味しそうに出せるか」とか、ニュースでもそういうことを本気で考えるようになっていく。いまはそんな状況なのかもしれないですね。

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(左)阿武野勝彦氏、(右)圡方宏史氏

テレビはいま「崖っぷち」にある

──傍から見れば滑稽です。視聴者は、もっと他に追求してほしいことがあると思います。

阿武野勝彦(以下、阿武野) テレビ業界を取り巻く状況というのはどんどん変わっています。日本の民放テレビ局すべての総収入を合わせると、年間で300億円ほど減り続けているんです。
これは、名古屋のテレビ局1局の総収入とほぼ同じです。テレビの業界は、単純計算でいくと、1年ごとに名古屋のテレビ局が1局ずつ潰れていくような環境にいま、あるんです。
 そうした厳しい経済状態のなかで、視聴率が重要な指標として前面に出て来て、制作側も放送内容の社会的意義よりも、「どうしたら数字が上がるか」に頭が行くようになってしまう。
 でも、視聴率は多くの人に観られている、或いは支持されていることを意味しますが、それだけにとらわれないことが大事なはず。マーケティングを一生懸命やって、「茫漠たる大衆がなにを求めているか」ということにばかり目が向いていったら「表現する喜び」というのは圧倒的に痩せ細っていくと思うんです。

──そうですよね。

圡方 私が報道に配属された10年ぐらい前は、骨太な企画がもっと多く存在しました。
 たとえば、18時台には社会問題などを扱う硬派な特集枠がありました。そのコーナーでは「最初からゴールを設定せず、5回でも6回でも、撮れるまで取材に行って、現場のなかで答えを導き出していく」というつくり方をしていました。
 私も孤独死や住宅ローン難民の問題なんかをそこでやらせてもらいましたけど、特集枠を担当することはディレクターにとって誇りであり、ここを任されてようやく一人前という感覚があった。
 でもいまは、まったくないとまでは言わないですけど、週に1本か2本、だいぶ減ってしまったかもしれません。

阿武野 キー局も含めたタイムテーブルの戦略のなかで、ニュースや情報番組の時間はどんどん長くなっていて、ローカルの枠も広がっている。
 本来、枠が広がるのは良いことだけれど、「伸びた時間をニュースで埋めていかなければ」という過重なノルマになってしまうこともある。
 そのなかで、「10分ぐらいの長い特集だとみんな見てくれないから、もっとコンパクトな企画をたくさん入れた方がいい」とか、色々な実験をしている。
 実験の結果、手間暇かけてつくったものが空振だったり、内容は微妙でも視聴率だけは良かったり。
 そういったことが続くなかで、「じゃあ、一体、私たちのやるべき仕事はなんなんだ」と揺さぶられている時代かもしれないですね。

──それはテレビだけでなく、メディアすべてに共通することかもしれません。

阿武野 ネットニュースでいえば、扇情的なタイトルがついているだけで中身のない記事がアクセス数を稼ぎ、取材を重ねて丁寧につくった原稿が振るわなかったり、そういうことがあると揺さぶられますよね。
 だから、「私はいま、世間の人々に向けて、これを表現したい」という強い信念がないと、不安で不安で仕方がないと思いますよ。
 そうなると、得意な分野のある作り手は強い。得意なジャンルを確立できている人は、医療、地方自治、司法とか、その人の視野から世の中を見定めていくことができる。
 そういうものをもっていないと、メディアの世界で生きていけない時代に入ったのかもしれませんね。

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映画『さよならテレビ』(C)東海テレビ放送

激変するテレビ業界での働き方

──『さよならテレビ』では、雇用環境をはじめとした、テレビ局における労働問題にも焦点を当てていました。

阿武野 東海テレビの社員は全体で300人ちょっとなんですけど、社屋に日常的に出入りしているスタッフは1000人以上いるはず。請負、制作会社からの派遣、アルバイトなど雇用形態は色々ですが、そのほとんどは東海テレビの社員ではないわけです。
 報道は最後まで社員で固められてきた部署ですが、「働き方改革」のなかで従業員の残業時間が規制されました。しかし報道の仕事というのは、9時出勤17時退社で仕切ることのできるものではない。取材の相手に合わせなくてはならないし、突然起きる事件・事故・災害への対応も必要です。
 こうした状況のなか人手が足りなくなり、派遣社員などのスタッフの力を借りてなんとかやりくりしています。
 東海テレビに限らずテレビ報道は新しい時代に対応せざるを得なくなっているのは、事実だと思います。

──その状況では社員の教育も難しそうです。

阿武野 映画のなかに登場する新人記者の渡邊雅之君は、「1から新入社員を育てた方がいい」といった発言をしていますが、その通りだと思います。
 彼は制作会社から派遣され東海テレビで働いていたスタッフですが、基礎の基礎から記者の仕事を学んで、すぐに現場をこなせるような人材はそうそういるわけではありません。テレビ報道は、とんでもない人材難の状況にあると思います。

──そういうなかで、「セシウムさん」(※)の放送事故も起きてしまったと。

阿武野 番組づくりには人間が一番大事。参加するスタッフひとりひとりが強いスクラムを組まなければ仕事はできない。
 「セシウムさん」事件を起こした当時の制作局ではそれができていなかった。その結果、二度と繰り返してはならない放送事故が起きてしまいました。

※セシウムさん:2011年8月4日に放送された東海テレビのローカル番組『ぴーかんテレビ』にて、岩手県産米の当選者発表の際、当選者情報を「怪しいお米」「セシウムさん」「汚染されたお米」と表示するテロップが放送され、放送倫理をめぐる大問題となった。

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映画『さよならテレビ』(C)東海テレビ放送

良い番組があったら褒めてほしい

──ある意味では、『さよならテレビ』は、テレビからのSOSなのかもしれません。

阿武野 自ら裸の姿をさらけ出すことで、「テレビはいまこういう状態ですよ」「情報を発信する大事な報道機関はいまこういう事態にありますよ」ということを、皆さんに知ってもらうことが大事だと思っています。
 『さよならテレビ』は東海テレビ開局60周年記念で製作された作品ですが、還暦を迎え、ゼロから再出発するには最適なタイミングだと思いました。
 皆さんには、ここで私たちがさらした自画像を見て、「テレビと私」「テレビと社会」といったことについて考えていただけたらいいなと思います。

──テレビ局も、色々な制約のなか、出来る限りのことをやっている。

阿武野 テレビはかつて憧れの存在のひとつであったと思います。でも、いまのテレビは「憧れ」から「叩く」対象に変わってしまった。
 テレビっていま、世の中で一番叩かれている存在ではないですかね? 少しでもミスをしようものなら、炎上とか言って、ものすごい勢いで叩かれる。
 これでは、現場にいるスタッフも安心安全第一主義になって、冒険してなにかを表現しようなんて考えられなくなってしまいます。

圡方 YouTubeで番組の動画が広まったり、SNSで情報が拡散されることが日常化したりとか、そのあたりの時期からテレビ局で働く人たちも、叩かれることを恐れるようになったように感じます。
 それまでは違ったんですよ。抗議の電話がかかってきても現場の人間につなげないとか、良いか悪いかはさておきそういうことが普通にあった。
 たとえば、僕は20代のときフジテレビの『とくダネ!』に研修で行ったんですけど、『とくダネ!』のスタッフたちは電話をかけてきた視聴者と普通にケンカしてました。
 でも、いまは時代が変わったというか、クレームの電話をものすごく恐れている。
 1件でもクレームの電話やメールが来ると、その内容の正しい・正しくないは置いておいて「クレームが来た」ということ自体に怯えてしまう。

──きちんとした番組づくりをしているなら、「クレームが来る」こと自体は別に悪いことではないですよね。それはあくまで「意見のひとつ」です。

阿武野 テレビマンはいま、とても窮屈な状態に置かれています。それは社会にとって良いことなのか、どうなのか。
 東海テレビは、これまで取材対象にタブーを設けずに作品をこしらえて、「見た人の忌憚ない意見を聞きたい。どうぞ、ご批判ください」という姿勢でドキュメンタリーを発表してきました。
 今回の『さよならテレビ』も同じ。この作品はいまの世の中を映しているだろうし、この作品を題材にして、見た人がより豊かな社会の在り方について考えたり話し合ってくれたら、こんな嬉しいことはないと思います。

──批判は怖くないですか?

阿武野 『さよならテレビ』のような作品を世に出すのは怖いですよ。どんな反響があるか予測できないですから。
 もっと言えば、怖いのは『さよならテレビ』だけではありません。これまで11本のドキュメンタリー映画を公開してきましたが、どれも怖かった。
 でも、怖いからと言って、止めていたらテレビマンの仕事は全うできないし、「自分は社会のためになにができるか?」を考えながら、勇気を振り絞ってやっていく必要があるんじゃないですかね。

圡方 あと、テレビマンにはもっと自分たちの仕事の根っこの部分を考えて仕事をする必要があると思います。
 報道の自由・表現の自由とかって、もともと先人たちが血や流し汗を流して努力の末に獲得した権利だけれども、自分たちの世代は当たり前にあるものだと思って、ことさら意識することもない。
 だから、その根幹を一般の人に問われたときに「よく分かりません」と答えるしかない。
 報道の自由・表現の自由がどんどんやせ細っているように見える背景には、そういう面もあるのかなと。

阿武野 本当にその通りだと思う。
 あとひとつ、最後に地域のみなさんにお願いしたいのは、良い番組、良い放送だと思ったら褒めてほしいです。
 最近ではそうした動きも出てきましたけど、これからの時代は、もっと前向きなかたちで、テレビと視聴者の新しいコミュニケーションの在り方がつくれたら良いかもしれない。
 まずは、純粋に、褒めてくれたら、もっと頑張れますから。

──人間、悪口は積極的に言いますけど、褒める言葉はなかなか伝えませんよね。私たちも心がけていきたいと思います。今日はありがとうございました。

(取材、構成、撮影:編集部)

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『さよならテレビ』
2020年1月2日(木)より東京 ポレポレ東中野、愛知 名古屋シネマテークにてお正月ロードショー、ほか全国順次公開
https://sayonara-tv.jp 
監督:圡方宏史 プロデューサー:阿武野勝彦
音楽:和田貴史 音楽プロデューサー:岡田こずえ 
撮影:中根芳樹 音声:枌本昇 CG:東海タイトル・ワン 
音響効果:久保田吉根 TK:河合舞 編集:高見順 
製作・配給:東海テレビ放送 配給協力:東風 
2019年|日本|109分|DCP|ドキュメンタリー

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