「高いところへ 逃げてください」災害時だけじゃない ”やさしい日本語”を共生社会の共通語に

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やさしい日本語だけ推進しても不十分-場面に応じた使い分けと教育機会の保障が必要不可欠

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「学習支援で使う言葉も基本は「やさしい日本語」。先生の説明も理解しやすい(YSC撮影)」

 とはいえ、やさしい日本語での情報発信のみが浸透すればよいのかというと、そうとは言えません。たとえば、外国人旅行客。日本国内旅行中は当然ながら、同じように災害に遭遇する可能性があります。さらに旅行客にとって、日本語はなじみのない言葉。いくらやさしい日本語で情報を発信されても、理解できない方は少なくないでしょう。

 生活者の方にとっても、医療、福祉、教育制度など複雑な内容を理解しなくてはならない場では、やさしい日本語のみでは情報が不足したり、かえって誤解を招くような可能性があります。場面に応じて、専門通訳、専門翻訳、機械翻訳、やさしい日本語とそれぞれを使い分けたり、組み合わせてゆくことが大切です。

 現在公開・発信されている「やさしい日本語」がどの程度「易しい」のか。そのレベルには統一の基準が存在していません。日本語を母語としない方の日本語力を証明する日本語能力試験の基準でおおむねN4~N3レベルのものが多くみられます(N5が最も易しく、N1が最も難しい)。N3レベルの場合は「日常的な場面で使われる日本語をある程度理解することができる」であり、N4レベルの目安は「日常駅な場面でややゆっくりと話せる会話であれば、内容がほぼ理解できる」程度の基本的な日本語理解力とされています。

 メディアで言えばNHKのやさしい日本語ニュースはN3レベルを目安としており、西日本新聞社はN4レベルの日本語で情報発信を行っています。自治体やその他の媒体などが扱うやさしい日本語のレベルにはさらにばらつきがあり、中には、これはやさしい日本語とは言えないのではないかと思えるくらい難易度の高いものもあります。

 筆者はふだん、海外ルーツの子どもや若者の日本語学習を支援しています。日本語を学んだことがないという10代の子どもたちは、平日5日間、毎日5コマの日本語を専門家と学びます。それを2カ月間(40日間、計167時間)集中的に行うことで、N4レベルの入り口から半ばくらいに到達するイメージです。

 ここまで日本語の土台を作り上げていれば、そこから先はやさしい日本語を使って学校の数学や社会などの教科を学んだり、生活上の行為(友達との会話や買い物、電車での移動、テレビや動画を見るなど)を通して日本語力を高めていくことができます。来日直後の2カ月間の集中的な、専門家と学ぶ日本語学習がその後の日本語理解にとって大きな役割を果たしているのです。

 この日本語の土台作りを行わないまま「耳だけで日本語を覚える」ことは、多くの子どもや若者にとって現実的ではありません。それは大人も同様で、文法学習を含む基礎を固めずに、まったく知らない言葉を学ぶことは至難の業にほかなりません。つまり、やさしい日本語を理解するためには、一定程度の専門的な日本語教育を必要とするということであり、その日本語教育機会の保障を行わないまま、やさしい日本語の活用のみを推奨していくのであることは無責任であるとすら言えます。

国任せでは間に合わない―2020年を地域の「やさしい日本語推進年」へ

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「やさしい日本語だけでは不十分。共生時代のコミュニケーション環境整備には、包括的な施策が重要(筆者作成)」

 現在政府は、2019年6月に施行された「日本語教育の推進に関する法律」を足場として、子どもや生活者の日本語教育機会の拡充に本腰を入れて取り組みはじめています。しかし、外国人増加のスピードが増す中で、対策が遅れており、間に合っていないのが現状です。教える人や教材の不足、不十分な仕組みと予算など、課題山積の状況が続くとみられています。

 このように「受け入れ体制の整備」にはまだ多くの時間が必要ですが、それを待っている間にも、年間約20万人前後の新たな外国人生活者が来日し、地域で新たな生活をスタートさせています。外国人や海外にルーツを持つ方々の生活の多くの場面で、日本語の壁が立ちはだかることは、当事者だけでなく日常の生活空間を共有する地域の方々にとっても、混乱や行き違いを招きかねません。日本に中長期に在留する外国人は20代から30代も多く、地域の中での包摂が進めば、地域社会の活性化につながるだけでなく、災害時には共に助け合い、支えあってゆける心強い隣人ともなり得る存在です。

 海外にルーツを持つ若者の力を借り、相互にとって暮らしやすい地域社会を作ってゆくためには、政府や自治体の「対策」を待つことなく、私たちひとりひとりが言葉の壁を取り払っていけるよう、主体的に取組んでゆく必要があります。そのためにはまず、地域住民同士として出会い、交流を深めてゆくことが重要です。そしてその「媒介」となってくれるのが、やさしい日本語の存在です。

 「やさしい日本語」が地域の共通語となれば、日本語を母語としない人はそのレベルまで日本語を学び、日本語ネイティブも他言語を学ぶより容易にコミュニケーションを図ることが可能となります。やさしい日本語をお互いの歩み寄りの合流地点として活用してゆくことで、多様な人々と共に暮らす社会が、すべての住民にとって安心、安全な場となるよう、2020年を「やさしい日本語推進年」と位置付けてみてはいかがでしょうか。

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