
「GettyImages」より
「iDeCo」を知っている方はすでに多くいらっしゃると思いますが、では「選択制確定拠出年金」はご存知でしょうか。よく知らないまま加入すると落とし穴があり、要注意です。
2017年に加入対象者が大きく広がったことで、個人型確定拠出年金(通称:iDeCo)の加入者は拡大の一途をたどり、現在では140万人を超えています(2019年10月末時点)。
ところが、iDeCoよりもずっと加入者が多いのが、同じ確定拠出年金でも「企業型」で、こちらは約720万人となっています。
特に最近は中小企業における導入が増えてきているのですが、そんな企業型確定拠出年金の中に「選択制確定拠出年金」という制度があります。
企業が確定拠出年金の制度を導入するにあたって、必ずしも全員加入というわけではなく、希望者だけが入れる、すなわち加入するかどうかを選択できるというタイプの確定拠出年金です。
2タイプある「選択制」
一見すると、自由に選択できるので良いように思えるのですが、これには注意が必要です。
一口に「選択制」と言ってもタイプは2つあります。
ひとつは企業が月に5000円とか1万円という金額を給料に上乗せしてくれて、その分を確定拠出年金で積み立てるか、あるいは現金で受け取るかを選択するものです。
これなら何も問題はありません。中小企業の場合は、退職金がない会社も多いので、会社が上乗せして払ってくれる分はいわば前払い退職金と位置づけて、確定拠出年金で積み立てていけば将来の老後資金にすることができるからです。
この場合は、むしろ現金でもらって税金を引かれるよりも、無税で積立てのできる確定拠出年金を選択した方が良いと思います。
問題はもうひとつのタイプです。それは企業が何も上乗せをすることなく、現在もらっている給料の内枠で確定拠出年金に加入するかどうかを選択するというタイプです。
もう少し詳しく言うと、給料の内枠の一定額(多くは月額5万5000円)までを「前払い退職金」と称して、現金で受け取るか確定拠出年金に積み立てるかを選択するというものです。
法律上、確定拠出年金の掛け金は給与とはみなされません。したがって、確定拠出年金を選択すると所得税や住民税の負担は減ります。さらに給与の額が少なくなりますから社会保険料も少なくなります。これだけ見ると結構良いことのように思えますが、これについては大きな問題があります。
社会保険料は、払う金額によって受けられるサービスの内容が違ってくるからです。
デメリットの多い選択制の確定拠出年金
たとえば、給料が減ることで社会保険料の負担額が減少すると、傷病手当金や出産手当金が少なくなります。つまり困った時、お金が必要な時にもらえる額が少なくなってしまうのです。
そして老後に受け取る厚生年金の額も同様に減ります。もっと身近な例でいえば、残業手当は給与がベースになっていますから、これも減ることになります。したがって、給与内枠で実施する選択制の確定拠出年金は、むしろ加入者にとってはデメリットになることも多いのです。
ところが、最近はこの「給与内枠選択制の確定拠出年金」を採用する企業が増えてきています。一体どうしてなのでしょうか? 最大の理由は事業主の社会保険料の負担を軽減するというところにあります。
厚生年金保険料というのは労使で50%ずつ折半しています。すなわち、納めるべき額の半分は雇用主が負担しているのです。
ところが選択制確定拠出に加入する人が増え、掛け金を出すことで給与が少なくなると、社員自身が支払う額だけでなく、会社側が支払う額も減ることになります。
そこで一部のコンサルタントやFPの人などは中小企業の経営者に対して、「社会保険料の節減になりますし、社員の資産形成にも役立ちます」というセールストークでこの制度の導入を勧めることになるのです。事業主も「社会保険料の会社負担が減るならありがたい」とばかりに、安易にこの制度を導入します。
経営者が負担を減らすだけで本末転倒
前述のように、この制度が導入され、社員が社会保険の仕組みをよくわからないまま、税金が得になるということだけで安易に加入してしまうと、将来受け取る年金が減ったり、公的な支援制度や残業した場合の手当まで減少したりしてしまう可能性があります。
実際にこうした「給与内枠選択制の確定拠出年金」に加入したという何人かに聞いてみたことがありますが、誰もこうした社会保険給付の減少についてはよく知らず、ただ単に税金が得だとか、運用でお金が増えるということだけで加入したという話をよく聞きました。これでは加入後に禍根を残すことになりかねません。
経営者が負担を減らすことで社員の福祉が減少してしまうのでは、まったく本末転倒な話です。企業が本当に社員の幸福を考えて有利な制度である確定拠出年金の活用機会を社員に提供しようというのであれば、選択制ではなく、企業内で個人型(iDeCo)を利用できるようにすべきです。それなら税のメリットだけがあり、社会保険料が削減されることはないからです。
ご自身が勤務する会社で企業型確定拠出年金が導入されるということであれば、その内容について詳しく聞き、納得した上で加入すべきでしょう。