
「GettyImages」より
世界最大級の店舗スペースを誇るロンドンの「ナイキタウン」が提示した「プラスサイズのマネキン」は、世界に衝撃を与えた。
6月5日、リニューアルオープンした同店のウィメンズフロアに、プラスサイズのマネキンが登場すると、ネットでは、「運動できる体型じゃない」「不健康なライフスタイルを促進している」といった声も多く上がった。
しかしナイキは『Newsweek(ニューズウィーク)』に対し、「すべてのアスリートをサポートするのが当社の使命で、今後も多様な消費者の意見を反映するために製品ディスプレイの方法を進化させ続けていく」と表明。
そもそも2017年2月からナイキではプラスサイズの商品を扱っており、マネキン設置前もプラスサイズのモデルを使った画像や動画なども公開していた(参照:BuzzFeed)。
あれから半年。ナイキのマネキンはイギリスのアパレル業界にどのような影響を与えたのだろうか。
多様なボディのポジティブな捉え方はまだこれから
実はナイキとほぼ同時期となる、6月の下旬、「世界で最も稼ぐ女性アーティスト」であるリアーナが監修する、ハイファッションのアパレルブランド「FENTY(フェンティ)」のポップアップストアにも、プラスサイズのマネキンが設置された。
「FENTY」のマネキンは褐色の肌で肩幅が広め、胸、お腹が盛り上がり、太ももの前側が張っているのがドレスの上からでもよく分かる(参照:VOGUE)。
7月上旬には、イギリス系のファストファッション「PRIMARK(プライマーク)」のロンドンの店舗で、プラスサイズのモデルと細身のモデルが着たパジャマの広告を見かけた(画像参照・筆者撮影)。ひょっとしたらそれ以前からあったのかもしれないが、ファストファッションブランドなだけにいち早くトレンドを取り入れたのかもしれない。

「PRIMARK」の広告
10月はじめには、アメリカの人気ランジェリーブランド「Victoria’s Secret(ヴィクトリアズ・シークレット)」が、ロンドンのランジェリーブランド「Bluebella(ブルーベラ)」とのコラボレーションラインを発表。
「Victoria’s Secret(ヴィクトリアズ・シークレット)」といえば、ジジ・ハディッド、ベラ・ハディッド姉妹など、極めてスレンダーなトップモデルによる広告の印象が強い。だが。このコラボレーションラインで起用したモデル、アリ・テート・カトラーの洋服サイズは、イギリスサイズで14(日本の15号相当)である。彼女のボリューム感と力強さを感じさせるボディはとても健康的で、セクシーなランジェリーを堂々と着こなしている。
アメリカのフェミニズム系メディア『JEZEBEL(イゼベル)』によれば、「Old Navy(オールドネイビー)」「Target(ターゲット)」もプラスサイズマネキンを店頭に置き始めた。しかし、その影響は限定的であり、依然主流は細身のマネキンということだ。
『JEZEBEL』がアメリカ国内の有名デパートにマネキンを供給している小売業者「Mannequin Madness(マネキン・マッドネス)」に取材したところ、数年前からビヨンセやジェニファー・ロペスなどのアーティストの影響で、細身だが以前よりカービーなマネキンが扱われ始めたそうだ。
ナイキのニュースの後は、プラスサイズマネキンに関する問い合わせが軽く増加したが、売り上げの10%未満と見積もっているという。雑誌などで繰り広げられるさまざまな体型をポジティブにとらえようとする流れが、マネキンの需要まで至っていないという見立てである。
プラスサイズマネキン論争
このナイキのプラスサイズマネキン論争は、陰湿な吊し上げにも発展していた。
自身もプラスサイズのジャーナリストであるターニャ・ゴールド氏が、3カ月後にその炎上ぶりをガーディアン紙に綴った。
ゴールド氏は、ナイキのマネキンについて「人間だったら糖尿病だろうし、走ったら膝がやられる」「女性に優しくないシニカルな会社のシニカルな人形」とコメントし、肥満を特別でないものとみなすことの危険について言及していた。
ネット上では、マネキンを巨大と否定したゴールド氏自身の体型をやり玉に挙げ、彼女の写真は晒された。ウィキペディアには、「肥満で肥満恐怖症」と書かれ、ツイッターでは、「心臓病で死んでください」「ターニャ・ゴールドの遺体がどこかのドブに浮かぶことを願うことは恐ろしいことだろうか」とコメントされる。
ゴールド氏がプラスサイズマネキンについて最初に言及した英テレグラフ紙の記事にはバストアップの写真が載っていて、そこから体型がうかがい知れるものではあった。しかしツイッター等で、写真もなく、切り取られた言葉が出回ったとしたら、それを目にしたユーザーには肥満者を馬鹿にしたとしか思えなかったのかもしれない。
プラスサイズの心理
ゴールド氏は、プラスサイズマネキンに関する発言が自己嫌悪から来たものであった、と説明している。
そこで体重増加に悩む筆者も、当時どう感じたかを思い出してみた。
ナイキのマネキンのニュースを見たときは、ユニークな試みとも思ったし、太っていてもスポーツをしていいはずと思った一方で、美しくない、嫌なものを見たような気分だった。そしてやはり、コンプレックスを刺激されるものだった。
ゴールド氏の発言については、痩せている人が発した言葉ならいやだが、プラスサイズの人が発した言葉であれば嫌悪感はない。
自身の体型についての思いは、何歳になってもデリケートなものだ。年を重ねれば少しは鈍感になるのかと思ったが、40代の今もとても気になるものである。現在の自分を認められず、仮の姿ととらえている。
身長や髪の量と違い、体型は自分でコントロールできるものである。だらしない、意志が弱いと思われるのも理解できる。常に悩みとして頭にあるのに、継続してダイエットが実行できないのが、自己への信頼を落とし、ストレスになる。
ダイエットとリバウンドを何度も繰り返してきた筆者だが、学生時代に自分の適正体重を下回った経験がある。身長から112を引いた数が理想体重と当時よくいわれていた。食事を抜くなど過激なことを繰り返したが、どうしてもあと2kgが減らず、理想体重には辿り着かなかった。
それでもその頃、女子の多くはきれいになったとほめてくれたが、一人の男子学生から、「やつれた。これはお前にとって痩せすぎ。前のほうがよかった」と言われ、不服に感じた。がっちりとした骨格で、厚みのある体型の筆者には、理想体重は無理があったようで、その後すぐリバウンドした。
ダイエット後の容姿を否定した男子は、アメリカからの帰国子女だった。バラエティに富んだ体型に見慣れていたのかもしれない。たしかに海外に長めに滞在して日本に帰ってくると、体の厚みがなく痩せる余地がない日本人が「痩せなきゃ」と言っているのを奇異に感じるようになる面はある。
しかしここは、痩せているのがデフォルトの日本であるのも認識している。
人が美しいと思う体型、痩せレベルが短期間で変化していくことはないだろうが、より健康的なものになっていくのを個人的にも希望している。