「ASMR」なぜ気持ちいい? ゾワゾワ、ゾクゾク“気持ちいい”音の正体

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「GettyImages」より

 「ASMR」という言葉をご存じだろうか。耳慣れない方も多いかもしれないが、“女子大生社長”椎木里佳が毎年発表している「JC・JK流行語大賞」(株式会社AMF)の2019上半期「コトバ部門」では、「ASMR」を1位にしている。どうやら若年層の間ではすでに市民権を得てブームになっているようだ。

 「エー・エス・エム・アール」や「アスマー」などの読み方がある「ASMR」は、「Autonomous Sensory Meridian Response」の略語(直訳すれば「自律感覚絶頂反応」)。2010年にヘルスケア従事者のアメリカ人女性が考案したとされている。

 視覚や聴覚を通じて得られる心地良さやリラックス効果、ゾワゾワ、ゾクゾクするような感覚を指している「ASMR」だが、なかでもメインとなっているのは聴覚だ。

 聴く人によってその好みは異なるが、耳かきをする音や、物を咀嚼する音、ささやき声などが代表的な音声で、「聴くだけで快感を得られる」と話題沸騰中なのだ。

 「ASMR」の人気に火をつけたのは、なんといっても動画サイト。動画サイトの普及に伴って、徐々に「ASMR動画」も話題を集めるようになり、再生回数が100万回を超える大人気動画も。「ASMR動画」に特化したYouTuberまで登場している。

 それにしても「ASMR」の音声はなぜ気持ちいいのか。音楽音響学の専門家で金沢工業大学教授の山田真司氏に、人が気持ちいいと感じる音にはどのような特徴があるのか、専門的な観点から解説していただいた。

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山田 真司(やまだ・まさし)
金沢工業大学情報フロンティア学部メディア情報学科教授・博士(芸術工学)。九州芸術工科大学大学院修士課程修了。2004年より同大学の助教授に就任、2008年より現職。専門は音楽音響学、エンタテインメント工学、音楽心理学。共著書に、『音の何でも小事典』(講談社ブルーバックス)、『音楽はなぜ心に響くのか』(コロナ社)などがある。

「ASMR」を聴覚の仕組みから紐解く

 音声を聴くだけで快感を得られるという「ASMR」を理解するために、まずは人間の耳の構造、聴覚の仕組みを知っておきたい。

「人間の聴覚は、魚類などが持つ側線(そくせん)の名残だと考えられています。側線とは、身体のどちら側から水が流れているかを感じ取るための器官で、それが発達して内耳(耳の一番奥の部分。音を感じ取る仕組みがある)になったと言われています。側線とはつまり皮膚感覚。ですから、聴覚と皮膚感覚はとても近いものなのです。

 たとえば目は、物がどこに、どういうふうにあるのか、何がどこで、どういうふうに起こっているかの情報を得るための器官であり、5W1H的な意味を司っているのが視覚です。それと違って聴覚は、感情と結びつきやすい感覚なのです」(山田氏)

 感情と聴覚は、なぜ結びつきやすいのだろうか。

「たとえば……笑福亭鶴瓶さんを例に挙げさせてもらいますが、何を話しているかは分かりにくいものの、感情だけはしっかりと伝わる、という喋り方をされる人は一定数いらっしゃいますよね。
 それは、声の高さや大きさ、強さの変化などで抑揚をつけているからで、逆にそれらを一定にして喋ると、“ロボット喋り”のような印象を受けます。

 このように、話している人の声の高さや大きさ、強さの変化などは『プロソディー』(韻律)と呼ばれます。
 人間の喋りが“ロボット喋り”ではないということは、そこに感情が加わっているということであり、その情報が付帯されているわけです。ですから、聴覚が感情を揺さぶるのは当然の仕組みといえます」(山田氏)

 聴覚と感情のつながりには、脳の構造も関係しているという。

「視覚の情報は、いったん頭の後ろ側に伝わった後、前頭葉で論理的に処理されます。ですが聴覚情報の場合、処理を行う側頭野へ向かう中継地点・視床下部の内側膝状体(ないそくしつじょうたい)を通ります。この内側膝状体からは感情を司る扁桃体へ直接のバイパスが出ているのですね。また扁桃体は、記憶を司る海馬という部位に近いということも、聴覚と感情の関連を語るうえでは重要です」(山田氏)

聴く人の“ライフヒストリー”を呼び起こす

 聴覚と感情の密接な関係性がわかった。それではいよいよ、「ASMR」の代表的な音声を気持ちよく感じる、その理由に近づきたい。

 まずは、“耳かきの音”。なぜ心地よく聴こえるのだろうか。

「耳かきの音を聴くと、過去に耳かきをされた経験や記憶から皮膚感覚が喚起され、あたかも耳の中を触られているような感覚が得られることがあるのです。
 耳かきの体験を理性的に想起する、連想するというレベルを超えて、より直接的に、本当に触られているように感じてゾクゾクするのでしょう。
 こういった感覚には、体験する本人のライフヒストリーが大きく関わってくるはずなので、人によって感じ方にはかなり違いがあるとは思います」(山田氏)

 次に、“ささやき声”。山田氏いわく「なかには想像もあるのかもしれませんが、過去に誰かからささやかれたときの記憶が関わっているのではないかと思います」とのことだ。

 それならば、人によっては不快に感じることもあるはずの“咀嚼音”や、キーボードの“タイピング音”が心地良いのはなぜなのか?

「もちろん、実際に目の前で人がクチャクチャと音を立てて物を食べていれば不快だという方は多いでしょう。ですが、『ASMR』という形で音声を聴くと、自分が美味しいものを食べたときの記憶、とりわけそのときの歯ざわりが想起されるのではないでしょうか。タイピング音ならば、何かをリズミカルに叩いているときの指先の感覚が呼び起こされているのだと思います」(山田氏)

 焚き火の様子を映し、パチパチという“薪の燃える音”を聞く動画も人気コンテンツだ。

「焚き火については、温かみのある音だけではなく、視覚情報も大きな役割を果たしていると思います。ずーっと焚き火を映している動画には5W1Hがないので、視覚から入ってくる情報は分析するものではなくなり、焚き火の画そのものがBGMのようになるのです。それを見ることで、たゆたっているような感覚を得られ、心地良いのではないでしょうか。こういった感覚は、なんらかの明確な意味やストーリーを持つ視覚情報では引き起こされないものでしょう」(山田氏)

 心地よさをもたらす「ASMR」的な音声の上手な使い方、向き合い方は?

「まず、『ASMR』は聴く人のライフヒストリーが大きく関係しているため、同じ音でも感じ方がだいぶ違ってきますので、万人に『これがおすすめ』と言い切れる音声はありません。つまり、自分が気持ち良いと感じる、癒されると感じる『ASMR』は、誰かに教わるのではなく、自分で見つけ出すものだということです。

 人は音楽を聴くだけでも、体温が上がったりホルモンが出たりと、さまざまな効果が得られることがわかっていますが、『ASMR』は音楽よりもさらに大きく感情を揺さぶるものといえます。
 私たちは音楽を聴くときに、『今日は気分が沈んでいるから、陽気な曲を聴いて元気を出そう』といったことを自然にやっていますよね。また、その曲が合わなかったときには、再生ボタンをストップさせるでしょう。
 『ASMR』の音声についても同じで、そのときの自分に合うものを探すということ、そしてそれが合わないなと思ったら無理に聴き続けるのではなく、すぐに止めたほうがいいです」(山田氏)

 皮膚感覚や過去の記憶と結びつき、耳から感情を大きく揺さぶる「ASMR」。使い方次第では、日々に癒しを与えてくれる「ASMR」の心地良さ、未経験の方はこの冬に体感してみてはいかがだろうか。

(文・取材=後藤拓也[A4studio])

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