複数の女性に薬物を使い性的暴行。法廷で繰り広げられた、被告の荒唐無稽な主張

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「Getty Images」より

 2005年(平成17年)から、主に刑事裁判を見つめ続け、傍聴ライターとして稼働してきた。令和二年の幕開け、すでに忘れられかけている平成の事件を振り返りたい。

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【ルーシー・ブラックマンさん殺害事件】2005〜2007年傍聴@東京地裁・高裁

 2000年5月に来日し、六本木のクラブで働いていた元英国交通の客室乗務員、ルーシー・ブラックマンさん(当時21)が姿を消したのは、同年7月のことであった。

 のちに別の準強制わいせつ容疑で逮捕された不動産管理会社役員の男・織原城二(以下、織原)に対して、ルーシーさん事件の捜査が続けられ、翌年2月、神奈川県三浦市の洞窟内で、彼女の遺体が発見される。ルーシーさんは行方不明となる直前の7月1日に織原と会っており、その後の行方が分からなくなっていた。

 織原は最終的に、1992年にオーストラリア人女性、カリタ・リッジウェイさん(当時21)に薬物を飲ませ暴行し、劇症肝炎で死亡させたという準強姦致死罪や、ルーシーさんへの準強姦致死、死体損壊、死体遺棄などの罪、ほか8人に対し薬物を飲ませて暴行したという準強姦罪や準強姦致傷罪などで起訴された。

 ところがこれら起訴事実ついて織原は、カリタさんとほか8人について、薬物を飲ませたりクロロホルムを嗅がせたりして姦淫した事実はないと主張。さらにルーシーさんについては全て否認した。2000年12月に東京地裁で始まった公判は、否認事件として長期化し、筆者が傍聴を始めた2005年はすでに終盤に差し掛かっているところだった。

「SMYKは、睡眠薬のことではないんですか?」

 パチンコ店経営や不動産業などで一代で財を成した父の元に育った織原は、若くして死去した父の財産を相続。自身も東京で不動産管理会社を経営しており、複数のリゾートマンションを所有していた。ルーシーさんの遺体が発見された洞窟は、そのひとつである神奈川県三浦市の物件からほど近い場所にあった。

 さて、女性たちに薬物を飲ませたり、クロロホルムを嗅がせたりはしていないと主張する織原だったが、彼が残していた“ビデオ”と“ノート”がじわじわと自らを追い込む。2006年の被告人質問で織原が女性に対して行なっていた『征服プレイ』の詳細を問われた際、その証拠の存在がクローズアップされた。

 弁護人からの質問によれば、プレイは「2ショットダイアルで出会った女性、もしくは外国人ホステスを逗子市のリゾートマンションに外車で連れて行き、まず謎の酒を飲ませる」ことから始まるらしい。

 この酒は「茶色のつぼに入った薄気味悪い変な臭いのする酒で、2000年にボトル3本8万円で購入していた」という。「儀式だ」などと言ってお互いにそれぞれ数杯飲み、さらに織原だけ大量の興奮剤を服用し、お互い覆面をつけ、そして織原言うところのいわゆる『プレイ』を行なう……というものだった。

 弁護側の質問では『プレイ』の詳細は明かされなかったが、織原が各『プレイ』の際に撮影を行い、それを保管していたということは語られた。

弁護人「プレイを一緒にする相手の条件は?」

織原「醜いことです!」

 こう言い切る織原。彼の公判での発言は、彼の主張に基づくものではあるが、その言い分がやや風変わりで、法廷を毎回困惑させた。ある女性とのプレイの様子を撮影し保存していたビデオのタイトルを問われ、堂々と「豚」と返答したこともある。

 織原は主観的な“容貌の醜さ”にこだわるが、そもそも2ショットダイアルでどのようにそれを判別するのか。弁護人も尋ねる。

弁護人「電話で分かるんですか?」

織原「まあ、分かってくるようになるんですね。潤いのある声……太ってる、逆にドライ……やせてる……まあ、そういうふうなことも、ひとつのプレイです」

弁護人「電話で求める女性は?」

織原「ずん胴タイプです。まあ、簡単に言いますと、上、中、下……ずん胴ってことです」

弁護人「あなたが選んだ女性について、取調官から『不細工な女性を選んだ』と言われたことがありますか?」

織原「そういう表現、されたことあります。……まあ、聞かれました。今おっしゃったような相手を選んだのか、ということをですね。……まあそれが、私のプレイだったということは言いました。……あの……うん……そのね……あの、言葉……ちょっと、選ばなくちゃ、仮にね、醜い、そのような相手と、覆面かぶって……さらに、醜い行為行なう……それが、プレイでした」

弁護人「誰もいないところで、なぜ覆面をつけるんですか?」

織原「それが、プレイです」

 聞いていて訳が分からなくなったのだが、別期日で行われた検察側からの質問で、この実態が鮮明になる。その日、検察側は、織原が1970年からセックスライフについて綴っていたというノートをもとに質問しようとした。だがそれを、織原は慌ててこう釈明する。

「女性との付き合いのこと……5年後に書きました。5年も経つとですね……まあいろんなストーリーが書けるんです。それで、5年経つと、いくらでも……今申し上げたように面白いストーリーが書ける。だから、5年置いて、ポルノチックストーリーを書いていました」

 これは織原の言葉で “ノートには嘘も含まれている”という弁解を意味する。だが検察官は意に介さず質問を続けた。

検察官「ここに記載されている、SMYKとは何ですか?」

織原「…………さっき、申し上げた……5年たって、面白おかしく……これについては、まぁ……答えたくありません」

検察官「戻って4番目の3行目……『睡眠薬飲ませた』。21番の4行目『この日、睡眠薬飲ませ……』……SMYKは、睡眠薬のことではないんですか?」

織原「……これに関しては、私、答えたくありません」

検察官「5行目『CRORO』これも何のことだか言いたくないですか?」

織原「まあ、瓶だけが、あの~……これについては、答えません。どんな意味かと言うと……色々想像できます。イニシャル合ってると、そうだと、そういう趣旨でお聞きになってると思いますが、あくまでも5年後……」

検察官「クロロホルムの意味で使ってるの?」

織原「さあ、それは、分かりません」

検察官「『途中で気付かれ、弁解したがばれた』これはどういう意味ですか?」

織原「これも、プレイなので言いたくありません」

検察官「今のノートの記載だけ見ると、『途中で気付かれ』となっているので、征服プレイは、女性の同意を取ってないように見えるんですが……」

織原「そうではありません。架空のストーリーだと……答えたくありません」

検察官「プレイというのはどういうこと?」

織原「いや、あの……それ、答えません!」

 検察側の質問により、織原が『プレイ』の際に、弁護側の質問時に述べていたような合意の上での行動が取られていなかったことがあぶり出された。

「着飾っている女は醜いと思っていた」

 ルーシーさんの事件についての審理では、さらに混乱が深まる。織原はルーシーさんの遺体を損壊、遺棄していた時期、三浦市のリゾートマンション付近で目撃されているが、織原の主張としてはこうだった。

「以前死んで冷凍保存していた愛犬・アイリーンを埋葬するため、墓標をマンション室内で作っていた」

 謎めいた主張を繰り広げる織原。なぜ自宅に埋葬しないのかと聞かれても、こうだ。

「自宅にはシェパード犬ロッキーの弟、ニコラスの墓があるんです。シェットランドシープドッグっていうのはやさしい犬なんだよね。ニコラスと一緒じゃ安らげないだろうと思って」

 また、この墓標づくりの際「冷凍保存している犬は気味悪がられて墓の業者が仕事を受けてくれないから、50万円で便利屋に頼んだ」とも主張。便利屋を証人として法廷に呼ぼうとしたが、その人物は奇しくも事件の起こった年に亡くなっていた。

 墓標づくりの際、その材料として「田園調布の自宅の外壁タイルをアイリーンが生前にはがしていた。それをためていたものをマンションに持ってゆき、墓標に使うため、コンクリートを剥がす作業をしていた」とも述べた。

 織原は、「5日の夜の(作業)分……旅館近くの広場に捨てました。6日……逗子市のマンションの公園トイレで手を洗い、その前の木の根元に捨てました。他人にはゴミでも、私にはゴミではなかった……トイレの2番目の木の根元です」という証言をヒントに、弁護人がトイレ前の木の根元から集めてきたというコンクリート片を、なんと証拠として提出。

「ゲー!!!何??」

 こう驚く裁判長を尻目に弁護人は真剣な面持ちで、タッパーに入ったバラバラのコンクリート片をおもむろに織原に見せて尋ねた。

弁護人「これは、織原さんが捨てたコンクリ片ということでよろしいですか?」

織原「ハイ」

弁護人「こちらの、タッパーに入ってるものも?」

織原「ハイ」

弁護人「他に特定できる手段は?」

織原「田園調布の自宅……シャモットタイルというタイルです。その溝がくっきりと……あと、破片がコンクリについてる……まあ、タイルのDNAです」

 このような主張を繰り広げる織原の公判では、いつも法廷が困惑に包まれ、裁判所による公判記録すらも、度々修正が求められた。弁護人だけでなく織原も自ら修正を声高に求める。

「『ルーシーをパーキングの車に入れるのは困難』というところは『ルーシーをパーキングの車に入れるのは不可能』と修正してください。困難、ではなくて、不可能、です!!!」

 こんな調子で長らく続いた審理は、いよいよ遺族の陳述が行われる局面を迎えたが、織原は二度、出廷を拒否した。一度目は「自分が犯していない殺人罪を前提とした今回の裁判には行きたくない」と衣服を脱ぎ、洗面台にしがみつき拒否。二度目も同じ理由で下着姿になって壁と設備の狭い隙間に入って出廷を拒んだという。

 最終的に無期懲役が求刑され、最後に行われた織原の意見陳述では、なぜか自らが問いを出し、それに応えるという前代未聞の“ひとり一問一答形式”が採用。いつもと同じように、色のついたメガネをかけ、汗を拭きながら、延々と問いと答えをひとりで語り続けた。

「逗子でやったプレイはもうしないか。もうしない。全てが崩壊するから」

「プレイビデオに日付は書いてないのはなぜか。5年後に日付を書く。しかしあまり思い出せなかった」

「なぜプレイを好んだのか。プレイは醜いもの……醜い相手と醜いプレイすることは、醜く最悪な気分になる。私は前半50年、醜いものを出し切り、残りの50年、きれいな人生送りたい……昔、汚物にまみれる欲求があり、着飾っている女は醜いと思っていた。それは間違いない」

 波乱は最後まで続く。2007年4月にようやくたどり着いた一審判決では、判決自体は無期懲役だったが、ルーシーさん事件については無罪が言い渡されたのである。すぐさま双方が控訴。翌年2月の控訴審判決では、織原がルーシーさん失踪後にチェーンソーを購入していたことなどから、わいせつ目的誘拐や死体損壊、死体遺棄罪を認定した。だがルーシーさんに暴行して死亡させたとまではいえない、として準強姦致死は認めずに、同じく無期懲役を言い渡した。織原はやはり不服として上告したが、これは棄却され、最高裁で2010年に無期懲役が確定した。

 長く続いた公判には、織原の公判供述や事件に関心を抱いた傍聴人や記者らが集まった。筆者もその一人であるが、同じくその一人であった英『ザ・タイムズ』紙、アジア編集長兼東京支局長のリチャード・ロイド・パリー氏はのちに本事件について記した『黒い迷宮』(早川書房)を上梓している。

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