
ジャニー喜多川氏
大晦日恒例の『第70回NHK紅白歌合戦』に、来年メジャーデビューを控えるジャニーズ事務所若手グループのSixTONESとSnowManが出演する。彼らが中心となったジャニーズJr.によって、今年7月に亡くなったジャニー喜多川氏の追悼ステージが披露されるという。
ジャニー氏がつくりあげた「男性アイドルグループ」のかたちは日本の芸能史にすさまじい影響をもたらした 。
ポップスの世界はもとより、映画・ドラマ、バラエティ番組、ミュージカルをはじめとした舞台など、ジャニーズのアイドルは日本のエンターテインメントのありとあらゆるジャンルで絶大な人気を誇っている。
ジャニー氏の存在がなかったら、日本のエンターテインメントはまったく違ったものになっていただろう。
そんなジャニー氏の影響は日本だけにとどまらない。
BoA、少女時代、東方神起、Super Junior、SHINee、f(x)、EXO、Red Velvetなどを輩出した韓国大手事務所・SMエンターテインメントのマネジメント体制はジャニーズ事務所をモデルにつくられたと言われており、いま世界を席巻するK-POP文化もジャニー氏がいなければ異なるものになっていた可能性が高い。
しかし、ジャニー氏が日本の芸能界に残したのは、良いことだけではない。1960年代の(初代)ジャニーズ以降、半世紀以上におよぶキャリアのなかには、「負の側面」もある。
そこから目をそらし、故人の功績だけを称えるのはどうなのだろうか。
ジャニー喜多川氏が芸能界に残した「負の側面」
特に問題視されるのが「ジャニーズタブー」の存在である。
SMAPの爆発的ブレイク以降、ジャニーズ事務所はタレントのもつ圧倒的な力を背景にテレビ、ラジオ、出版社などのメディアを完全に掌握した。
その結果、所属タレントのスキャンダルを潰したり、キャスティングに影響をおよぼす力をもつようになる。これによって、日本のエンターテインメントにさまざまな不公平がもたらされた。
最近でこそLDH勢やK-POPのグループが人気を伸ばしているが、それまでDA PUMPやw-inds.といった一部の例外を除いては、ジャニーズのタレントが男性アイドル・男性ダンス&ボーカルグループ業界を独占していた。この構図のせいで潰されてしまった才能は少なくないはずである。
もちろんこの状況をつくりだしたのは、ジャニー氏ひとりの責任ではない。メリー喜多川氏、藤島ジュリー景子氏(現ジャニーズ事務所代表取締役社長)、飯島三智マネージャー(現CULEN取締役)、また表に名前のほとんど出ない経営陣やスタッフが辣腕をふるってきたからこそだろう。ただ、ジャニー氏がその中でただひとり“争いを好まない牧歌的なおじいちゃん”であったかといえば、それは違うのではないか。
最大の「ジャニーズタブー」、少年への性的虐待
「ジャニーズタブー」の最もたるものは、ジャニー氏による所属タレントへの性的虐待・セクシャルハラスメントに関するスキャンダルである。
大手メディアではほとんど報道されないため「都市伝説」のように扱われることも多いジャニー氏のセクハラスキャンダルだが、これは決して単なる「噂」ではなく、裁判でジャニー氏は敗訴している。
ジャニー氏の性的虐待疑惑については、かねてよりジャニーズ事務所の元所属タレントたちが暴露本を通じて告発してきた。
元フォーリーブスの北公次による『光GENJIへ』(データハウス)、元ジャニーズの中谷良『ジャニーズの逆襲』(データハウス)、平本淳也『ジャニーズのすべて 少年愛の館』(鹿砦社)、豊川誕『ひとりぼっちの旅立ち』(鹿砦社)、そして、2005年には光GENJIの候補メンバーだった木山将吾による『Smapへ――そして、すべてのジャニーズタレントへ』(鹿砦社)と、何冊も暴露本が出版されている。
それでもすべては“公然の秘密”のままだった。しかし「週刊文春」(文藝春秋)の報道は、秘密を暴くことになる。
「週刊文春」は1999年から2000年にかけ、10回以上におよぶ追及記事を掲載。記事によれば、「合宿所」と呼ばれているジャニー氏の自宅や、コンサート先のホテルにジュニアのメンバーが宿泊する際、夜中になるとジャニー氏が夜這いをしかけてきて、そのまま肉体関係を強要するのだという。
ジャニー氏はほとんど同じ手口で何人ものジュニアのメンバーに関係を迫ったとして、「週刊文春」の追及記事では、複数の少年が同様の被害を語っている。
ジャニー氏は翌朝になると必ず数万円単位のお小遣いを渡すというが、少年たちが肉体関係に応じたのは、そんなはした金のためではない。ジャニー氏の要求を断れば、事務所内で不遇な扱いを受け、グループとしてデビューさせてもらえないかもしれないという恐怖があるからだ。記事ではジャニー氏との関係を拒絶したことによって口をきいてもらえなくなった例も記されている。
ジャニーズ事務所のタレントとして成功したければ、どんな理不尽なハラスメントであろうとも、歯を食いしばって耐えるしかない。「週刊文春」はジャニー氏のハラスメント自体はもちろん、こうした権力構造そのものを、記事のなかで何度も繰り返し批判していた。
裁判では「その重要な部分について真実であることの証明があった」
これに対しジャニーズ事務所とジャニー氏は、キャンペーン記事によって名誉を毀損されたとして東京地裁に民事訴訟を起こした。
一審ではジャニーズ側の勝訴となったのだが、二審ではセクハラ行為の部分は事実であると認定して損害賠償額が減額された。
「週刊文春」によれば、控訴審判決のなかで東京高裁は<喜多川が少年らに対しセクハラ行為をしたとの各証言はこれを信用することができ、喜多川が少年達が逆らえばステージの立ち位置が悪くなったり、デビューできなくなるという抗拒不能な状態にあるのに乗じ、セクハラ行為をしているとの本件記事は、その重要な部分について真実であることの証明があった>と結論づけたという。
この後、ジャニーズ側は上告したが棄却された。結果的に、「週刊文春」側の名誉毀損自体は認められたが、それは「合宿所のなかで少年らに飲酒や喫煙をさせている」といった記述に対するものであり、ジャニー氏による少年らへの性的虐待自体は事実と認定されたのである。
しかしこの裁判について、日本国内の主要メディアは黙殺した。マスメディアは総出で少年への性虐待を見ないようにし、ジャニー氏の行為は糾弾されることも罰されることもなかった。
メディアの「圧力に屈する」「権力に忖度する」といった構図がジャニーズタブーをつくりだし、結果的に、少年たちの心に一生残るような傷を残す非道な行為がまかり通る環境を生み出してしまったにもかかわらず、である。
ジャニーズ事務所への忖度が必要ない海外メディアは別だ。2000年1月30日付「ニューヨーク・タイムズ」では、ジャニー氏の性的虐待のみならず、強大な力をもつジャニーズ事務所に屈服してジャニー氏に関するネガティブな報道ができない日本のメディア状況も含めて報道された。
同じ構図は今年も見られた。日本国内のメディアではジャニー氏の訃報を伝える際、このことに触れるメディアは皆無だったが、海外では報道があったのだ。
2019年9月9日付ネットニュース版「ニューヨーク・タイムズ」に掲載されたジャニー氏の訃報を伝える記事には<2002年、東京地方裁判所は、所属する若いタレントたちへのセクシャルハラスメントを報じた週刊誌が名誉棄損であるとの喜多川の主張を支持したが、その後、裁判所は判決の一部を覆した>と記された。
同じ日のネットニュース版「BBCニュース」でも<彼のキャリアは論争と無縁ではなかった。1999年、日本の雑誌「週刊文春」が事務所の少年たちに対して性的虐待を加えている記事を何度も掲載したのだ。喜多川はすべての告発を否定。そして、雑誌を相手どった名誉毀損の裁判を起こし勝利した。しかし、その後、裁判所は判決の一部を覆した。彼はどの告発に関しても罪に問われることはなかった>と伝えていた。
2017年、110年ぶりに刑法の性犯罪に関する規定が改正された、その改正では「強姦罪」の名称が「強制性交等罪」となり、これまで被害者が女性だけに限定されていたのが、男性も含まれることになった。
性暴力・性被害を受けた男性に対する保護や支援の必要性も社会的に共有される必要がある。
そのためにも、ジャニー氏の性加害の実例に蓋をし、「なかったこと」のように扱う日本国内メディアの報道の在り方は問題であろう。