大西:ほかにも海外では普及していたのに、日本に入ってくるのが遅くなったものありますよね。ヒブワクチンや肺炎球菌ワクチンとか。
ナカイ:ワクチンに対する不信感も関係していると思いますよ。反ワクチンの人たちは、根強く運動していますから。
森戸:だったら「生より不活化」という方向に動いてくれればよかったのに、反ワクチンに行っちゃうのが残念です。
宮原:ワクチンに対する不信感は、1967年ころから予防接種に関する裁判で国の敗訴が相次いだことが大きいでしょう。また、1993年に日本で接種中止となったMMR ワクチン(※)も大きくかかわっていると思います。
MMRワクチンは国産のもので、副反応が多く報告されました。一部の製薬会社が免疫の付きをよくするため、当時の厚生省の承認を得た培養法とは違う方法で製造したからだと言われています。
ところが当時は製薬会社がなかなか責任を認めず、決着がつくまで4年くらいかかっていますので、結果的に不信を煽る結果となった。それでマスコミも反ワクチンに走ったという経緯があります。
(※MMRワクチン=おたふく風邪、麻疹、風疹の混合ワクチン)
ワクチンは進化している
森戸:わたしたちの『小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』には、そういったワクチンの歴史も掲載しています。昔のワクチンはタンパク量が多く副反応も多かったけど、いまは精製されていますから、たとえば10種類以上を一度に打ったとしても、かつて定期接種されていた種痘ワクチン1本分にもならない話とかも。
宮原:当時は精製技術がありませんでしたのでね。
森戸:ナカイさんは海外のワクチン運動事情にお詳しいですが、アメリカあたりでは、もともとどういうところから反ワクチン運動が起こったんですか?
ナカイ:70年代の破傷風・ジフテリア・百日咳の三種混合ワクチンでしょう。これはもともと、3種混合の中に含まれる百日咳ワクチンの反応が強いため、それが問題視されたんです。それまでもヨーロッパではずっと、脳症報告が百日咳ワクチンのせいじゃないかと言われていたんです。その頃はまだ因果関係がよくわからないこともあり、てんかんなどもワクチンのせいにされていました。
森戸:いわゆる「紛れ込み事例」(※)ですね。
(※紛れ込み事例=たまたま予防接種と後に発症したことで、副反応事例に紛れ込んでしまう事例(別の疾患等による症状))
宮原:ちなみに、現在はそれらのほとんどがドラベ症候群という先天性の病気であることがわかっています。
ナカイ:そういった事例を、イギリスでせっせと集めた医師がいまして「このワクチンを打つとこうなる」というのを発表し、大騒ぎになったんです。そこから被害者の親の会が生まれ、弁護士がくっつき、訴訟を始めた。ちなみにその団体って、いまだにアメリカでまだありますよ。
一同:伝統の反ワクチン団体……!
ナカイ:いまは「全米ワクチン情報センター」という、いかにも私たちは正しいワクチン情報を流してます、みたいな団体名で活動しています。日本だとワクチン被害を訴える「薬害オンブズパーソン」みたいな感じ。正しい行いをしてますよ、みたいな雰囲気だけど、専門家が入っていない点も同じですね。