ブラック企業を訴える刑事告訴は難しくない

【この記事のキーワード】
ブラック企業を訴える刑事告訴は難しくないの画像1

「GettyImages」より

 連載第一回「ブラック企業から紙一枚で脱出する方法」では、合法的にブラック企業を辞める方法を提示した。

 この方法は、記事公開前から緊急避難的なブラック企業からの脱出方法として多くの人に伝えてきた。だが、この方法でブラック企業を脱出した人の大多数は、後に新たな怒りが湧いてくるという。

 当然といえば当然である。自分にはなんら非がないのに、会社を辞めなければならなくなり、かつ、生活が困窮しかねない事態に追い込まれたのだから。

 そのため、なんとかしてブラック企業側に自らの非を認めさせたいと考える人が少なからず出てくる。だが、そもそも話し合いで相手が非を認めるなら、緊急避難として会社を辞めなければいけない状態になどなっていないはずだ。

 したがって、どうしてもブラック企業の非を追及したい場合は、法的措置に踏み切らざるをえない。

 だが、多くの人は、法的措置というと尻込みをしてしまう。法的知識に乏しく、また弁護士に委任するにも、弁護士費用を用意するのが難しいと考えるからではないだろうか。

 実は、ブラック企業に刑事罰を与えてもらうよう申し出ること(刑事告訴)は、驚くほど簡単である。証拠を揃えて労働基準監督署に「刑事告訴の手続きを受理してほしい」と申し出るだけでよいのだ。

刑事告訴から捜査、送検~処罰までの流れ

 刑事訴訟法第241条1には、「告訴又は告発は、書面又は口頭で検察官又は司法警察員にこれをしなければならない」とある。

 つまり、刑事告訴をする意思を明確にすれば、労働事件の警察官(特別司法警察員)である労働基準監督官は、告訴をもとに調書を作り、捜査を行ったあと、検察庁へ送検する義務が生じる。

 検察官は、労働基準監督署から捜査資料を受け取った後、処罰が必要と判断した場合、ブラック企業の経営者ならびに加害者を起訴する。その後、裁判所が有罪と認めれば、ブラック企業の経営者や加害者は処罰される。

 私自身、神奈川県横浜市にあるブラック企業に潜入取材した際に、労働基準監督署へ刑事告訴を行ったことがある。以前の記事ハローワークの求人にはなぜブラック企業が多いのかなどで触れたように、労働基準監督官の数は少ないため、検察庁へ処理が移るまで1年ほどの時間がかかったが、きちんと処理をしてくれた、

まずは証拠資料を揃えることが重要

 証拠を集める作業は、労働基準監督署に対して 刑事処罰を求める場合に限らず、弁護士に依頼して民事訴訟を起こして賠償金を取る場合においても不可欠な作業である。

 刑事訴訟においても民事訴訟においても、裁判所は、ブラック企業の経営者ないし加害者に非があるかどうかは、証拠があるかどうかでしか判断しない。だから、揃えられる証拠はできるだけ用意してほしい。

 たとえば、長時間労働が続いているのに残業代を全く払ってくれないなら「タイムカード」と「給与明細」、いきなり解雇されたら「雇用契約書」と「メールのコピーや録音データ」など。

 何を証拠にしたらよいのかわからない場合は、まずはどのような被害にあっているかを正確に記録し、労働基準監督署に「刑事告訴を検討しているが、どのような証拠資料が必要か」と相談すると良いだろう。

告訴状の作成・告訴状提出

 改めて証拠資料が揃ったら、告訴状を用意して労働基準監督署に告訴状を提出する。

 刑事訴訟法第241条1では、司法警察員に口頭でも刑事告訴を委ねることができるとある。つまり、労働基準監督署への刑事告訴も口頭で可能なのだが、やはりそこは役所である。告訴状という書類を提出する形で告訴を行うほうが好ましい。

 どうしても難しいと感じるなら、弁護士に依頼して告訴状を作成してもらう方法もある。だが、だいたいの場合、次に示すひな型を参考に埋めていけば告訴状の作成はできるはずだ。

 ひな型として、給料日に賃金を支払ってもらえず、また残業代ももらえないまま、突然解雇された場合について紹介する。

 訴えたい内容が変わる場合は、労働基準監督署ないし弁護士に相談して告訴状を作成してほしい。弁護士に委任する場合、告訴状の作成から労働基準監督署ないし検察庁への告訴について対応してくれるはずだ。弁護士に相談して予算に見合う形でサポートをしてもらうというのも良い方法だろう。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

                  告訴状
特別司法警察員
●●労働基準監督署署長 殿 (会社がある管轄の労働基準監督署)

告訴人氏名                   印

告訴人
住所 〒         (あなたの住所氏名年齢)
      県

氏名

生年月日 昭和・平成   年  月  日
電話番号

被告訴人 
氏名    渋谷サイゾー株式会社代表取締役 才蔵一郎(会社代表者の名前)
事業所住所 〒111-1111
東京都渋谷区1-1
電話番号  090-0000-0000

■告訴の趣旨
被告訴人は、最低賃金法違反、労働基準法第36条違反、労働基準法第20条違反、労働基準法第37条違反に該当すると思料する。捜査の上、厳重に処罰されたく、ここに告訴する。

■告訴事実
告訴人は、被告訴人が代表取締役を務める株式会社の社員である。
被告訴人とは雇用契約を締結して勤務していたが、被告訴人は経営状態の悪化を理由に、労働基準法で禁じられている賃金支払の遅延を行った。(その間、無償で働くこととなり、最低賃金法に抵触する形となっている。)
また、告訴人を心理的に圧迫して、あたかも告訴人に責任があると錯誤させ、時間外労働を強いた上に、割増賃金を含む時間外労働賃金をいまだに支払っていない。
また、労働基準法第20条で定められている解雇予告手当を支払わずに解雇前日に解雇通告を行ったのみならず。自己都合退職と偽り、離職票を不正に発行することを主張している。
なお、告訴の証拠となる資料は保存しているため、本状とは別途提示・口頭での説明を行いたい。

                                       以上

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 告訴事実の項目には、できるだけ事件の経緯を細かく書いたほうがいい。だが、難しい場合は書ける範囲の事実を正確に書くだけで構わないと思う。告訴状が受理されれば、別途、労働基準監督書に呼び出されて詳細を尋ねられながら調書を作成されるからだ。

まずは告訴状が書き上がったら署名捺印し、証拠資料をプリントアウトしたものを一緒にホッチキスで閉じて、割印をして労働基準監督署に提出する。

労働基準監督署での調書作成

 無事に受理されたら、労働基準監督署側から調書作成の日取りについて連絡がくる。調書を取られるといっても、刑事ドラマで見るような薄暗い部屋で詰問されるようなことはない。

 私が神奈川県横浜市にあるブラック企業の刑事告訴に踏み切った際は、調書作成の専用端末が引かれた会議室のような明るい部屋で、極めてフレンドリーな話し方をする労働基準監督官の質問に答える形で進行していった。

 調書作成に要した時間は3時間ほどだっただろうか。終わって労働基準監督署を後にする時は、「ありがとうございました」と送り出され、拍子抜けしたことを覚えている。

 基本的に刑事告訴を行う場合の手続きはこれだけである。他の刑事事件と違って、別途呼び出されることはまずない。労働基準監督署が再度捜査に入り、徹底的な証拠固めを行って有罪の確証が取れれば、検察庁へ書類送検を行うからだ。

 ただ、労働基準監督官は数が少ないため、検察庁に書類送検されるとしても捜査から書類送検に踏み切るまでに1年ほどの時間がかかることが珍しくない。

 私自身は、「最低賃金法(給料日に賃金を支払わず数日無給で働かせたため)」「労働基準法第37条(残業代未払)」で告訴した。やはり、労働基準監督署に刑事告訴してから、検察庁が起訴に踏み切るまで1年ほどの時間がかかった。横浜地方検察庁の判断は起訴。以下は、横浜地方検察庁から送られてきた公文書である。

ブラック企業を訴える刑事告訴は難しくないの画像2

ブラック企業を訴える刑事告訴は難しくないの画像3

 ちなみに、裁判の結果、告訴したブラック企業の経営者は、有罪となった。

(監修/山岸純)
(執筆/松沢直樹)

「ブラック企業を訴える刑事告訴は難しくない」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。