
「Getty Images」より
刑事告訴の方法について、前回の記事で説明した。しかし当然、刑事罰ではなく、賠償金の支払いを求める民事で争うこともできる。その場合も、刑事告訴と同じく証拠集めが大事だ。
揃えられる証拠をできるだけ具体的にたくさん用意すること。たとえば、「タイムカード」と「給与明細」のセット、「雇用契約書」と「メールのコピーや録音データ」などは証拠となり得る。
何を証拠にしたらよいのかわからない場合でも、その職場でどのような被害にあっているかを正確に記録しておく。
それらの証拠をもとにブラック企業側と交渉を行っていくのだが、弁護士のサポートは欠かせないと個人的には考えている。
もちろん、法的には、自分一人でブラック企業と交渉したり、民事訴訟を起こして争うことも可能ではある。
だが、ブラック企業側が弁護士をつけて反訴に踏み切った場合、対応が遅れると、こちらがお金の支払いを命じられる可能性もある。また、民事訴訟も含めた賠償金支払いの交渉は、初動が重要である。
では、弁護士に依頼する前提で、どのようなことを弁護士と相談すべきか。本稿で解説したい。
弁護士と相談すべき内容
・証拠が十分か(勝てる見込みがあるか)
民事 訴訟に踏み切る場合、裁判所はあくまで公平な立場で、証拠をもとに審理を行う。したがって、ブラック企業側が法律に違反し、あなたに損害を与えたという証拠を揃えられなければ、裁判所はブラック企業に対して賠償金の支払い命令を出すことはない。収集した証拠資料が十分であるか、弁護士によく相談したほうがよい。
・どれだけの賠償金が見込めるか
被害を受けた側にしてみれば、少しでも多くの賠償金を支払わせて、相手を懲らしめてやりたいという気持ちはよくわかる。だが、相手が行った違法行為の度合いによって、認められる賠償金の金額はおおむね決まっている。
その点をよく理解した上で、見込める賠償金額はどの程度か弁護士に相談したほうがよいだろう。賠償金よりも弁護士費用と裁判費用がかさむ場合は、刑事告訴でブラック企業側を訴えることが可能かを相談するのもひとつの手である。
・弁護士費用についての確認
ブラック企業側との交渉を弁護士に依頼する場合、費用は弁護士によって違う。また、どのような業務までを行ってもらえるかについても、きちんと説明を受けておいたほうがいい。相手方が弁護士をつけて徹底的に争う姿勢を見せた場合、弁護士費用が予想外に膨らむこともあるため、注意してほしい。
少額訴訟制度を利用する
私自身、前回の記事で説明したブラック企業もだが、それ以外の会社に潜入した際に賃金をまったく支払われなかったことがある。
取材目的で潜入したわけだから、賃金がもらえなくても構わないといえば構わないのだが、実態として私は他の社員と同じように働いているわけである。やはり賃金をもらえないのは納得がいかない。
そこで民事訴訟を検討した。未払い賃金は50万円ほどだったので、訴訟提起が簡単な簡易裁判所での少額訴訟だ。
少額訴訟は、60万円以下の金銭請求のケースで利用できる特別な訴訟制度である。訴訟が簡略でありメリットも多いが、デメリットも存在する。以下では、訴訟制度の特徴を説明したい。
・1日で審理が終わる
少額訴訟は、1回で審理が終わり、判決まで言い渡される。したがって、簡易裁判所への申し立てから判決が出て解決するまでの間が、おおむね1カ月ほど。通常の訴訟は、3カ月から1年程度かかることが珍しくない。
ただし、ブラック企業側が訴訟を通常の手続に移行(一般的な裁判に切り替えること)させることを求めた場合は、通常手続により審理が行われることとなり、月1回程度のペースで何度も審理が行われる。
・異議申立しかできない
一般の裁判であれば、一審の判決内容に納得できない場合には、控訴できる。また二審の判決にも納得できない場合には、さらに上告できる。少額訴訟の場合には、判決が出ても「控訴」はできず「異議申立て」しかできない。
異議申立てをすると、手続は同じ簡易裁判所での通常訴訟に移行する。その訴訟では、控訴が認められていないので、異議申立後の通常訴訟で判決が出ると、その判決が確定する形となる。
少額訴訟の場合、通常の裁判のような判決内容を不服とした控訴はできず。一回切りの異議申立しかできないというところが、通常訴訟と大きく違う点である。このような特賞な裁判であるため、賠償金請求に向いているかはよく吟味する必要がある。
少額訴訟に向いている訴訟
では、少額訴訟に向いている訴訟とは、どのようなものだろうか。
・請求金額が60万円以下
ここでいう60万円は、利息や遅延損害金、違約金などをすべて含めた金額である。
・早く解決したい
先に述べたように、早く事件を解決したい場合には、少額訴訟が向いている。訴訟提起から1カ月程度で判決が出るからだ。通常訴訟なら1年ほどかかることも珍しくない。
・相手が少額訴訟に反対しない
相手が少額訴訟制度での解決に同意しない場合は、通常訴訟に移行してしまう。そのため、相手の意向をよく見極める必要がある。
・証拠が揃っている
前項でも述べたように、裁判所は証拠でしか判断することがない。基本的に、お金を請求する場合は、こちら側が被害額を証明しなければならない。
・和解できる可能性が高い
ブラック企業側とは平行線だが、裁判所が間に入れば、和解できそうなケースは少額訴訟が向いている場合が多い。
少額訴訟は法廷ではなく、裁判官や司法委員がいる中で、会議室のような穏やかな雰囲気の部屋で行われる。また、裁判官や司法委員の勧めにより、和解が進められることも多い。裁判所が間に入って和解に至る可能性がある場合、少額訴訟を検討してみる価値はある。
・お互いに弁護士を雇わない
少額訴訟は、こちら側とブラック企業側が弁護士を雇わずに争うことが前提である。したがって、ブラック企業側が弁護士をつけてくる場合は、通常訴訟に移ってしまう可能性が出てくる。
刑事告訴から和解する方法もあるが…
少額訴訟は、文字通り一定額以下の賠償金の支払いを求める場合に向く。残業代や賃金の未払い、突然の解雇で解雇予告手当をもらえなかった場合などの訴訟には向いている方法といえるだろう。
だが、前述したようにデメリットもある。
ブラック企業側が少額訴訟に同意しない場合や、弁護士をつけて通常訴訟で争う姿勢を見せた際は、少額訴訟は利用できない。また、こちら側が弁護士をつけていないのだから、一気に形勢が不利になる。
私の経験では、こういった状態でブラック企業から賠償金を取ることが難しかったため、刑事告訴を行うことを通告して、和解に持ち込ませたことがある。このときは相手方から反訴されなかったため特に問題はなかったが、もし反訴されていたら面倒なことになっていただろう。
仮に刑事事件で告訴したとして、刑事事件と民事事件はまったく別個に審理される。そのため、仮に刑事事件で有罪になるにしても、ブラック企業側の申し立てが採用されて、こちら側がお金を支払う羽目になることもありうるからだ。
刑事告訴を行って、民事訴訟を取り下げて賠償金を支払えば、刑事告訴を取り下げるという交渉を行うこともできた。だが、こういった方法について、労働基準監督署や検察庁は民事事件のための恫喝に使われたと考える傾向があるようだ。そのため、刑事告訴を行う際に、告訴を簡単に取り下げないことを、何回も念押しされることがある。
もちろん、告訴を取り下げることは可能だが、こういった戦略で動く場合も含めて、一度弁護士に相談してから、あらゆるケースを想定した上で動いたほうがいいのは確かだ。
ちなみに刑事告訴は一度取り下げを行うと、もう一度告訴を行うことはできない。この作戦を行う場合は、そういったこともよく踏まえておきたい。
(監修/山岸純)
(執筆/松沢直樹)