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東京都で最低限の生活を送るために必要な「時給1700円」年収換算で300万。「貧乏は貧乏らしく」という歪んだ認識から脱却を

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「Getty Images」より

 2019年10月、最低賃金が全国平均901円に引き上げられ、東京都(1013円)と神奈川県(1011円)では1000円の大台に乗った。

 5年前の2014年の全国平均(780円)と比べ現在は100円以上も引き上げられ、一見すると国民の生活が豊かになっているように思える。しかし最低賃金1000円程度で、豊かな暮らしを送ることは出来るだろうか。

 東京地評と東京春闘共闘会議は12月18日、「東京都内に住む25歳単身世帯が最低限の生活をするためには時給1642~1772円が必要」という試算結果を発表した。

 全国でもっとも最低賃金の高い東京都であっても、「最低限の生活」を送れると考えられる最低時給に約700円も届かない。にもかかわらず、経団連は来年の春闘で最低賃金引き上げを検討しつつも、議論の中心は従業員のモチベーションアップなどという方針のようだ。

 だが最低賃金の大幅アップは、日本中に立ち込める停滞ムードを取り去るための喫緊の課題だ。東京の調査で監修を務めた静岡県立大学短期大学部准教授の中澤秀一氏に、最低賃金引き上げの必要性と有効策について伺った。

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中澤秀一/静岡県立大学短期大学部准教授
静岡県立大学短期大学部准教授。専門は、社会保障・社会政策。これまでに全国17道府県で最低生計費試算調査の監修を担当する。近著:『最低賃金1500円がつ くる仕事とくらし―「雇用破壊」を乗り越える』(共著、大月書店、2018年)、「ひとり親世帯の自立―最低生計費調査からの考察―」『経済学論纂』第59巻(共著、中央大学経済学研究会、2019年)。他に、座談会「最賃1500円」で暮らせる賃金・雇用をつくる (共著、『経済』2019年3月号)、「ひとり暮らし高齢者の生活実態と最低生計費」『社会政策』(共著、ミネルヴァ書房、2018年)

「健康で文化的な最低限度の生活」とは

 そもそも「最低限の生活」とはどういう生活なのだろうか。中澤氏は『衣食住に困らないけれど贅沢は一切できないカツカツの生活』とイメージする人が多いという。そして、それを「最低限の生活」と呼んではならないと警鐘を鳴らす。

中澤氏「憲法25条では『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない』と定められており、これが『最低限の生活』と言えます。たとえば、今回の試算に盛り込んだのは、1年間で帰省や旅行ができる、月に2回ほど友達や同僚と飲みに行ける、好きなミュージシャンのコンサートに行ける、などです。むしろ、『普通の生活』と言い換えることができると思います。

 今回算出された東京都の単身世帯に必要な最低賃金『時給1642~1772円』は、年収換算すると約300万円です。つまり、『最低限の生活』を送るためには、少なくとも年収300万円が必要ということになります。

 しかし、国税庁の『平成30年分 民間給与実態統計調査』を見ると、年収300万円以下の人の割合は37%。『最低限の生活』に達しない生活を余儀なくされている人は少なくありません」

「地方より東京のほうが生活費がかかる」は幻想

 最低賃金の地方格差も問題だ。中澤氏は「東京と他県の最低生計費の格差は、最低賃金ほど大きくはない」と見ている。東京での暮らしには地方よりも生活費が掛かるというイメージは根強いが、実態は。

中澤氏「東京都と地方では『出費先』に違いがありますが、『出費額』には大きな差がないことがわかりました。

 東京都は家賃が高いですが、その代わりに交通機関が整備されているので車を所持する必要がありません。一方、地方は家賃が低いですが、車がないと生活は難しいため、車の購入費や維持費などにコストを割かなければいけません。東京都在住者の家賃と地方在住者の車関連の費用が相殺され、地域間の出費にそれほど差がないのが現状なのです。

 現在、最低賃金が最も高い都道府県は東京都で1013円。最も低い地域は鹿児島県や島根県、愛媛県などで790円です。

 生活費に差がないにもかかわらず都市部と地方で最低時給にこれだけ差があると、都市部への人材流出が助長され、生活に困窮する地方在住者が生まれやすくなります。『東京都で生活するほうがお金がかかる』という勘違いを改め、最低賃金の地域間格差を解消しなければいけません」

2020年10月には最低3%アップ

 最低賃金は、徐々に上昇してはいる。楽観視はできないものの、さらなる増額に向け、議論は前向きに進んでいると中澤氏は分析する。

中澤氏「2019年夏に行われた参議院選挙で多くの政党が『最低賃金引き上げ』を公約に掲げており、国会で注目されるトピックの1つになりました。また、自民党内でも全国一律で最低賃金引上げを検討する議連が発足され、この1年間で風向きが大きく変わってきています。ここ4年間で最低賃金は毎年3%ずつ上昇していますが、今年の10月には最低でも3%アップは見込めます(本当はもっと大幅に引き上げるべきですが…)」

 中澤氏は最低賃金引き上げのために政府が講じるべき策を提案する。

中澤氏「最低賃金の引き上げに及び腰になっているのは中小企業がほとんどです。つまり、中小企業を対象にした社会保険料の減免が必要なのです。中小企業の経営者と話をしていると『社会保険料の労使折半分に苦しんでいる』と言います。社会保険料の減免措置は、最賃アップの有効策になるでしょう。この減免措置にどれくらいの財源が必要になるのか、そろそろ本格的に議論すべきです」

 同時に私たちも、「最低限の生活」についての理解を深める必要がある。貧困叩きをしている場合ではないということだ。

中澤氏「政府や企業の働きかけだけではなく、私たち国民が最低賃金引き上げに関心を持つことが重要です。来年以降も最低時給が1000円に達する地域がいくつか出てきますが、1000円という大台に達したことで満足してはいけません。

 よく考えてみましょう。時給1000円では、月22日・8時間働いても月収は20万円も貰えず、年収換算しても250万円にさえ届かないのです。

 まずは『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利』が保障されていることを知り、この『最低限の生活』がどういう生活なのか知ってほしいと思います。

 現在の日本では、貧困層に対して非常に厳しい視線が向けられており、生活保護受給者が娯楽にお金を割いていることを知ると辛辣な批判が相次ぎますよね。

 数年前にNHKで貧困に苦しむ女子高生を特集したニュースが放送されましたが、彼女が1000円以上のランチを食べに行っていたことや好きな漫画のグッズを買っていたことが発覚すると、『こいつは貧困じゃない』といったバッシングが多く寄せられました。

 誰でも最低限の生活を営む権利があるのですから、『貧乏人は貧乏人らしく』といった捉え方から脱却しましょう。この認識を改めることができれば、最低賃金引き上げは加速します」

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