社会

「別れさせ屋工作」から始まった不倫が招いた最悪の殺人事件

【この記事のキーワード】
【完成】「別れさせ屋工作」から始まった不倫が招いた最悪の殺人事件の画像1

「Getty Images」より

 筆者は2005年(平成17年)から、主に刑事裁判を見つめ続け、傍聴ライターとして稼働してきた。平成の終わりに、これまで傍聴してきた刑事裁判を紹介したが、令和二年の幕開けにも、すでに忘れられかけている過去の事件を振り返りたい。

【別れさせ屋殺人事件】

<2009年傍聴@東京地裁>

 シンプルな逮捕報道とまったく違う事情が公判で明らかになる……刑事裁判を傍聴しているとそんな体験もたびたびあるが、本事件はその最たるものであろう。

 容疑者逮捕を報じる第一報は、“不倫の末の殺人事件”であった。

 2009年4月、桑原武(逮捕当時30)は、不倫相手の女性・五十畑里恵さん(32=当時)を殺害したとして警視庁中野署に逮捕された。逮捕当時は「妻子の悪口を言われてカッとなった」と供述していたが、公判ではふたりが「別れさせ工作」を介して出会ったことが明かされたのだ。

 「別れさせ工作」とは、恋人と別れたい時、また好きな人に恋人がいる時、自らは手を汚さず探偵業者などに動いてもらい、その仲を引き裂くもの。この事件をきっかけに、「別れさせ工作」には一時期、世間の注目が集まった。

 被害者の五十畑さんは桑原逮捕の前日ごろ、中野区にある五十畑さん宅で桑原によって頸を手やビニール紐で絞められ、殺害された。この日の深夜に桑原が「人を殺した」と中野署に連絡。駆けつけた署員が自室で仰向けに倒れている五十畑さんを発見した。

 2人はどのようにして不倫関係に陥ったのか。冒頭陳述によれば、桑原は探偵会社で“別れさせ屋”として稼働していた。

「被告人は探偵会社の社員となり『別れさせ工作』の工作員として働いていた。別れさせ工作とは、依頼者の妻を誘惑してホテルに連れ込んだりして、浮気の証拠を作り、依頼者に有利な離婚をさせるという工作である。

 平成19年、被害者の元夫から被告人の勤務している会社に別れさせ工作の依頼があった。被告人は道を尋ねるふりをして偽名を用い五十畑さんに接触した。独身でコンピュータ会社の子会社に勤めていると嘘をつき、五十畑さんを騙し、誘惑してホテルへ連れ込むところを別の工作員が撮影した。同年11月、元夫の依頼通り、離婚が成立した」

 五十畑さんは彼女の元夫の依頼による“別れさせ工作”を受けて動いた桑原の策略に嵌り、離婚していたのである。

 これだけで終われば、事件は起こらなかった。しかし桑原は別れさせ工作が終わった後も、偽名のまま経歴も偽り続け、五十畑さんと交際を続けた。幼稚園に通っていた五十畑さんの子供とともに同棲まで始めながら、一方で妻との間に第三子が産まれるなど、本当の家族との関係も維持し続けていたのだ。

 桑原は五十畑さんに対する殺人罪だけでなく、詐欺罪でも起訴されていた。これは桑原の勤めていた会社が“依頼者から個人的に仕事を請け負うことを禁止していた”にも関わらず、個人的に仕事を取り、その成功報酬を自身の口座に振り込ませていたというものだった。

 これが事件直前に会社の知るところとなり、桑原は解雇される。報酬の返還も約束させられた。これにより五十畑さんに、桑原が偽名を使っていたこと、本来の仕事、そして妻子がいたこと、全てがバレてしまったのである。

 一応はけじめをつけようとした形跡もあった。桑原は、妻に離婚を申し出る。だが当然ながら妻からは慰謝料と養育費の支払いを求められた。対する五十畑さんは桑原に対する不信感を増大させ、さらには桑原の会社や、妻に対しての今後の支払い義務のことなどを考え、2人の将来に不安を抱いていた。

「バツイチだと言ってたのに子供もいた。下の子ができた時、私と付き合ってたの。もう、ご飯が食べられなくて、酒ばかり飲んでる。3人も子供がいる人とはやっぱり難しいよね」

 五十畑さんは生前、元同僚の友人に、泣きながらこう電話している。桑原は事件当日、五十畑さんから別れを切り出されたことから口論となり、犯行に至った。

 自らの優柔不断が招いた最悪の結果だと分かっているがゆえか、法廷で桑原は終始泣いていた。嗚咽まじりに述べる。

「人として、決してしてはいけないことをしてしまった。理恵さんの尊い命と笑顔を奪い、大変申し訳ない……」

 被告人質問終了後は突如立ち上がり「待って下さい!……ご遺族の皆さん、本当に申し訳ありませんでした!!!」と遺族に向かって土下座。しかし、関係者による調書読み上げからは、桑原が二重生活を維持するために全方位に都合の良い嘘をつき続けていたことがわかり、法廷での涙や土下座はパフォーマンスに感じられてしまうのであった。

「3年前に2人の付き合いを知って、(桑原に)会ったことがあるが、『給料は月に70万。ボーナスは100万』と言ってきて、そのとき正直、信用できないと感じた。その後偽名を使っていたことを聞かされた。そのときの言い訳も信用できなかった。後に娘から、桑原が横領してクビになったことや、別れさせ屋として関わっていたことを知った。やはり信用できない」(五十畑さんの母親の調書)

「鉄筋工を辞めて探偵会社に入ってから家に帰ってこなくなった。浮気を疑っていたけど、信じたくなかった。そんなとき第三子を身ごもったが、会社から『ご主人が横領して逃げてる』と連絡があり驚いた。連帯保証人になってくれと頼まれ、サインをした。今度はちゃんと家に帰れる仕事に就くだろう、サポートしようという気持ちからだった。しかし、その後も夫は家に帰らず、電話があり『昨日、連帯保証人になってくれたけど、私達は離婚したじゃないですか。女の人に替わるので言って下さい』と言われた。続いて女の声で「五十畑です。離婚したんですよね』と言ってきた。探偵の仕事かと思い『はい』と言うと『再婚したんですよね』と言ってきたので『していません』と言うと、電話の向こうで女が夫に『再婚してないじゃん』と言い、電話が切れた。

 養育費や慰謝料を条件に離婚するつもりだったが、借金も、彼女との生活もあるので、養育費は支払えないと言ってきた。電話すると『いや、払いません。母子手当で生活して下さい』と言われた。

 4月には電話で『3人目、どうして産んだんだ。殺しちゃってよ』など言ってきた。

 その後、五十畑さんとも電話する機会があったが『私も彼の事で離婚しました。私も騙されました。元夫との2人の子供はバラバラになり、1人は今、元夫のところにいます』と言われた。

 さらにその後夫から『就職が決まった。月収は17万なので養育費は払えないが離婚したい』と言ってきた。会社に問い合わせると、17万ではなく、最低でも30万円は出ると言われた。またウソをつかれていた。改めて許せない。そこまで慰謝料や養育費を払うつもりがないのかと思った。

 事件のことは子供には言ってない。今後知ったらどんな気持ちになるのか心配だ」(元妻の調書)

 桑原は法廷で、五十畑さんとの仲を修復しようとしたが心無い言葉をかけられた、と主張した。

「『離婚ができなければ実家に帰れ』『また誰か好きな人ができるんじゃないか』『不細工な嫁とバカな子といっしょにいればいいじゃん、わたしも新しい男つくる』など責め立てられた。平気でこんなことを言うなんて……とショックを受けた被告人、口を塞いで言えなくしてやろう、と感情を爆発させた」(弁護側冒頭陳述)

「『ほかに男を作る』といわれ、感情を抑えきれず……」(被告人質問での証言)

 桑原には懲役17年が求刑され、「殺害行為はとっさに生じたものだが、確定的で強固な殺意による執拗なもの」として懲役15年の判決が下されている。判決で裁判長は別れさせ工作自体についてこう言及、批判した。

「法のそしりや社会的非難を免れないもので、金目当てにそのような工作に及ぶ者や、目的のため手段を選ばずそのような工作を依頼する者が存在すること自体が甚だ遺憾」

 もとはといえば、五十畑さんの元夫が“有利な離婚をしたい”と、別れさせ工作を依頼し、五十畑さんを不倫させたことが、桑原との出会いとなった。のちに遺族に民事訴訟を起こされているが、元夫が刑事罰に問われることはない。

 五十畑さんは桑原の数々の嘘を知った時、自分が元夫から『別れさせ工作』を仕掛けられたことも知ったことだろう。好きになった男性にたびたび裏切られ、どんな思いを抱いていたのか。桑原に対しては、刑事裁判の判決言い渡し後、地裁から賠償請求を受ける損害賠償命令制度に基づき、遺族側に約4000万円の支払いが命じられている。

(高橋ユキ)

「いいね!」「フォロー」をクリックすると、SNSのタイムラインで最新記事が確認できます。