自殺現場にスマホを向ける行為に葬儀屋が怒る理由「萎縮せず怒って」「遺体の扱い、社会の基本的なルール」

【この記事のキーワード】
自殺現場にスマホを向ける行為に葬儀屋が怒る理由「萎縮せず怒って」「遺体の扱い、社会の基本的なルール」の画像1

「Getty Images」より

 今月6日正午過ぎ、東京都・新宿駅の付近で30代の男性が自殺を図った。病院に搬送された男性は、死亡が確認されたという。

 現場は人通りが多い場所であったためか、現場に居合わせた人々が様子を撮影しTwitterなどへの投稿が相次いだ。現場にかけつけた救急隊が幕をかける前の、生々しい写真も散見された。

 スマホの普及により、事件や事故発生時の様子を通行人らが撮影してネットに投稿・拡散するという流れは定着。これをきっかけに問題が公になるなどのケースもないわけではないが、遺体や凄惨な事件現場でもスマホのカメラを向ける行動に対しては批判と肯定、様々な意見が混在している。

新宿駅南口での首吊り自殺もスマホ撮影、人身事故では「撮影ご遠慮ください」

 今月6日の午後12時半頃、新宿駅南口の歩道橋で男性が首を吊って自殺を図る事件が発生した。 Twitterでは現場付近に居合わせた人がスマートフォン…

自殺現場にスマホを向ける行為に葬儀屋が怒る理由「萎縮せず怒って」「遺体の扱い、社会の基本的なルール」の画像1
自殺現場にスマホを向ける行為に葬儀屋が怒る理由「萎縮せず怒って」「遺体の扱い、社会の基本的なルール」の画像2 ウェジー 2020.01.06

 葬祭業を営む有限会社佐藤葬祭・代表佐藤信顕さんは、自殺者の姿を写真におさめ無差別に拡散していくことについて、「止めるべき理由は明瞭だ」と話す。

 佐藤さんは8日、自死現場の撮影や投稿は<何から何まで人間社会でやってはいけない事>であるとツイートし、反響を呼んだ。

 葬儀屋であり、YouTuberとして「葬儀葬式ch」を運営する佐藤さんは、著書『遺体と火葬のほんとうの話』(二見書房)などで葬儀についての正しい情報の解説もしている。人の死を扱う現場に携わってきたものとして、「人の死を消費する社会でいいのか?」と問いかける。

佐藤:僕のところには「写真をとることをどう思いますか?」という質問が多く来ました。僕の答えは明瞭で、「後追い自殺が増えるからやめるべき」です。

世界保健機関(WHO)は以前から、マスコミの自殺報道について、後追い自殺の拡散につながらないよう、ガイドライン「メディア関係者に向けた自殺対策推進のための手引き」を設けています。

SNSをやる人も同様にこのガイドラインを守るべきじゃないかと、僕は考えています。SNSで発信するということは、1人の人間が報道局になるようなものだからです。

  • ___
    ▼やるべきこと
    ・どこに支援を求めるかについて正しい情報を提供すること
  • ・自殺と自殺対策についての正しい情報を、自殺についての迷信を拡散しないようにしながら、人々への啓発を行うこと
  • ・日常生活のストレス要因または自殺念慮への対処法や支援を受ける方法について報道すること
  • ・有名人の自殺を報道する際には、特に注意すること
  • ・自殺により遺された家族や友人にインタビューをする時は、慎重を期すること
  • ・メディア関係者自身が、自殺による影響を受ける可能性があることを認識すること
  • ▼やってはいけないこと
    ・自殺の報道記事を目立つように配置しないこと。また報道を過度に繰り返さないこと
  • ・自殺をセンセーショナルに表現する言葉、よくある普通のこととみなす言葉を使わないこと、自殺を前向きな問題解決策の一つであるかのように紹介しないこと
  • ・自殺に用いた手段について明確に表現しないこと
  • ・自殺が発生した現場や場所の詳細を伝えないこと
  • ・センセーショナルな見出しを使わないこと
  • ・写真、ビデオ映像、デジタルメディアへのリンクなどは用いないこと

(自殺対策を推進するためにメディア関係者に知ってもらいたい基礎知識 2017年版より)
___

「撮られたがっていた」ではなく、「撮ってもいい」のかどうか

佐藤:人間の倫理としても、間違っていると思います。とても単純な話として、「死者に対して敬意を持てない社会にしたいのか?」「人の死を消費する社会でいいのか?」ということです。

「自分がその態度を”取る“世界」は、「自分がその態度を”取られる“世界」でもあります。人の死を軽い気持ちで消費する行為や、その行為を黙って見過ごすことは、自分や家族、友達の死も消費される社会を作ることになります。

自分の大切な人がどこかで自殺をしたとして、その時に無断で写真が撮られても仕方がないような、そんな社会で生きたいですか? 私は、人の死を消費するような人と一緒に美味しくご飯を食べられません。

一連のツイートは、「みなさん、それでいいですか?」という問いかけです。「嫌だよ」というのが僕の意見です。匿名であれ、実名であれ、人の死を消費する行動は許容できません。

――佐藤さんのご意見に賛成する方も多くいましたが、一方で「あんな目立つ場所なら撮られることはわかっていた」「あそこで自殺したのは撮られたかったからだ」と自己正当化する声も少なくないように感じました。

佐藤:そういう声も届きました。ですが、亡くなった方が、「撮られることをわかっていた」「撮られたがっていた」かどうかは、問題ではありません。僕が問いかけたのは、あくまでも、「撮っていいのか」という問題です。

たとえば、遺体の横に「踏んでください」という看板があったら踏みますか? という話です。今回の場合、「撮られることをわかっていた」のは自明というか、ある意味では「撮ってください」と札をかけているのと同じなのかもしれません。

でも、だからといって「撮っていい」のか。良識ある大人なら、遺体があれば弔いますし、たとえ「踏んでください」「撮ってください」という札がかけられていたとしても、踏まないし、撮らないですよね。

「後追い自殺が増えるから」という理由もありますが、それ以前に、死者を自分の興味本位で消費してはいけないし、遺体に敬意のないことをしてはいけないというのは、社会の基本的なルールでしょう。

――佐藤さんは一連のツイートで、<みんな間違った事にはちゃんと怒ろう>と。

佐藤:ツイートでも書きましたが、本来は、葬儀屋のおっちゃんではなく、政治家や先生が率先して言ってほしいことです。

「悪い」「やってはいけない」と怒って止めても、100%なくなるほど簡単な社会ではありませんが、少し減るだけでも「マシ」にはなりますよね。どうせ変わらないからといって、怒ることや注意することを諦めないでほしい。

悪いことや見逃してはいけないことに対して、まずは、「悪い」「よくない」と声を上げるのが、“みんなで生きていく”世の中の在り方ではないでしょうか。

最近はみんな、「この根拠で大丈夫だろうか?」「反論されてしまうのでは?」ということを心配し、怒ることや叱ることに、怯え過ぎているように感じます。

――その言葉は耳が痛いです。

佐藤:根拠や理由を考えてからでは、間に合わないこともあります。今回のように自死の現場の撮影や投稿をする人がいた場合、なぜいけないのかを説明する前に、「撮るな」「ダメなものはダメ」と止めることが先ではないでしょうか。

撮った写真が投稿、拡散されることによって、後追い自殺者を生み出す危険や、亡くなった方の関係者がより傷つき辛い思いをする可能性があります。撮影や投稿をした人自身も、アカウントを消すことはできても、自分のやったことはなくなりません。

根拠や理由は、後から「どうしてダメなのか」を聞かれた時に説明しても遅くないと思います。

怒ることは勇気のいることですし、特に最近は、「間違っている」と怒る行為自体に批判が集まりやすい傾向にあります。しかし、反論が出たら話し合えばいいのであって、自分が「悪い」「危ない」と感じる物事には、まずきちんと怒る、止めることが大切ではないでしょうか。

あなたにオススメ

「自殺現場にスマホを向ける行為に葬儀屋が怒る理由「萎縮せず怒って」「遺体の扱い、社会の基本的なルール」」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。