社会

「母親失格」と責めれば孤立を招く。精神科訪問看護の観点から見る児童虐待

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「Getty Images」より

 悲惨な児童虐待事件が報じられる度に、親を責める大きな声が響く。「なぜ」暴力を振るってしまうのかや、「どうすれば」防ぐことができるのかよりも、残忍な事件を起こした親への憎悪がネットを埋め尽くす。

 しかし一人の加害親を断罪したところで、別の被害者は救われない。暴力や暴言、養育放棄といった行為が許されないことは確かだが、すでに発生している虐待をいかに止めるか、周囲の関わり方が重要になってくる。

 「訪問看護ステーションみのり」総括所長を務める精神科認定看護師・小瀬古伸幸さんが、精神疾患患者を“病院以外の場所”で支援する人々へ向けて書いた『精神疾患をもつ人を、病院でないところで支援するときにまず読む本 “横綱級”困難ケースにしないためのワザと型』(医学書院)には、「子どもを虐待してしまうが、その自覚がない人への対応技」という項目がある。

 そこでは解離性障害を患うシングル親が、我が子を虐待している事例を扱っている。もちろんそれは個別の一例に過ぎず、また「精神疾患患者は虐待をする」などという偏見に繋げることは言語道断だ。しかし看護や支援の専門職でなくとも、ここに紹介された事例から学べることは多い。以下、要約の形でDさんのケースを紹介させていただく。

 解離性障害を患う20代女性(Dさん)は、もともと気分の浮き沈みが激しく、10代後半から20代前半にかけて結婚と離婚を2回経験している。二人目の夫からDVを受け、その頃から解離性障害の症状が現れ精神科を受診。自傷癖がある。

 あるとき我が子を風呂に沈めようとし、子どもは児童相談所に一時保護された。女性は我が子に危険なことをしたという自覚がなかった。

 その後、女性は体調が不安定ながらも子育てを頑張っていた。子どもの夕食は必ず作る、子どもと歌を歌ったり遊んだりする時間を取っている、子どもをほめてぎゅっと抱きしめるなど積極的な愛情表現をする……など、訪問看護では女性が「子育てで工夫していること」を共有し、親としての役割を意識できるようにした。

 しかし彼女は夜間に一人で考え事をする時間が増え、母親としての自分の資質に否定的な考えが強くなり、眠れずに生活リズムが乱れ、体調を崩す。すると夕食が作れないことを同居していた父親(子どもの祖父)に責められて口論になり、女性は恋愛に依存する。彼氏との交際がうまくいかないと、ますます不安定になる。最終的には三度目の結婚をし、子どもを父に託して家を出て行った。が、のちに離婚して家に戻り、改めて訪問看護を受けているという。

 どうだろうか。「身勝手」「母親失格」「女を捨てられなかったのか」と、責めたくなる人もいるかもしれない。しかし治療の必要な状態であり、しかも一朝一夕で治る簡単なものではない以上、「強い意志」や「忍耐」、また「母親の覚悟」「愛情」で乗り越えるべきなどと軽々しく精神論を押し付けることもできないはずだ。

 小瀬古伸幸さんは、虐待の加害親を断罪するのではなく、その人の持つ背景を理解しながら“一緒に解決策を探っていく”ことの重要性を説いている。その手法について詳しく話を伺った。

小瀬古伸幸
2005年、看護師免許取得後、財団法人信貴山病院ハートランドしぎさん入職。2012年、精神科認定看護師取得。2014年、訪問看護ステーションみのり入職。同年、WRAPファシリテーターを取得。2016年、訪問看護ステーションみのり奈良を開設し所長として勤務。2018年、NPO法人日本医療福祉事業団の副理事長を兼任。2019年より訪問看護ステーションみのりにて統括所長へ就任し現在に至る。精神医療分野における在宅医療の実践はもちろん、多数の執筆、研究実績あり。著書として「精神疾患をもつ人を、病院でない所で支援するときにまず読む本(医学書院)」がある。

精神疾患を持つ親の虐待は決して多くはない

――最初にお伺いしたいのですが、「精神科訪問看護」って何ですか?

小瀬古:「精神科訪問看護」では、精神疾患のある人の自宅に看護師が伺い、看護を実施します。対象となるのは、精神科の病院やクリニックに通院していて、そのうえで、主治医から「精神訪問看護指示書」が出ている方です。訪問頻度は患者さんによって異なります。

私たちの考える精神科訪問看護は、「今」を共有し、積み重ねる中で、生活の中での具体的な対処方法(本人の工夫)を明らかにし、次回は意識して使えるように関わります。日々の生活の中で本人を主体とした、自己決定の過程を大切にしており、過程と結果を共有することによる一連の流れにおいて、その人のより良い生活につながるサポートをしています。

――本の中では精神科訪問看護の利用者さんたちの中でも、より対応が困難な「横綱級ケースが」紹介されていますが、「横綱級ケース」の人たちは「エネルギー水準が高い」との説明があり、驚かされました。

小瀬古:そうですね。実際には色々なタイプの利用者さんがいて、指示通りに治療を受けて経過の良い人や、症状をコントロールして社会復帰する人もいます。そういった方の場合、私たちが看護する中でもさほど困難さを感じず、「横綱級ケース」には当てはまらないですね。

今回の本で紹介している「横綱級ケース」は、支援する立場の私たちがかなり手を焼き、「もうどうしていったらいいんだろう」「どう支えていけばいいか、糸口が見えない」と途方に暮れてしまうようなケースです。ご家族から「色々な支援も受けてきたが、どうにもこうにも難しくて……」と伝えられることもあります。

「横綱級ケース」の多くは、本人に「何とかしたい」という思いが強く、エネルギー水準が高いので、本人のこだわりや症状から出てくる行動に対して、支援者が「こうしましょう」と指示しているだけでは、うまくいきません。パターナリズム的に「あなたはこうだからこうしましょう」「このお薬出しておくから飲んでくださいね」と言われるのを「はい、わかりました」と受け入れ、言われた通りに療養し、良くなっていくというイメージではないですね。

「薬を飲んだらしんどくなる」と言って処方された薬を飲まなかったり、医師から休むように言われ休養していても「自分は休んでいてもイライラするんだ」と訴えてきたり、支援者の発言に対して「何でそういうこと言われなきゃいけないの?」「あなたたちもっとちゃんと私を良くしなさいよ」と食って掛かる人もいます。

一見“クレーマー”のようにも見えますよね。しかし、精神疾患を抱える人の場合、実はその人自身の症状が関係していたり、あるいは本人の「今の状況を何とかしたい」「苦しみをわかってほしい」という思いが高じての要求であることが多いです。もちろん、中には理にかなわないことを言う人もいますが、本人が言いたいことの一番のポイントは「生活面で支障が出ている症状や苦しみをどうにかしたい」という点にあります。

そういう人たちは気分の波が激しく、しかも強烈な言葉を使うので、支援者側は目の前の本人の言葉だけに振り回され、一般的なクレーマーの心理と混同して右往左往した結果、支援者が本人の要求に応える形で「代理行為」をしてしまうことが起こります。

たとえば、処方せんを自分で取りに行けるはずの人が「行けない」と言う。そういう時は、なぜ自分で取りに行けないのか、本人の症状などをきちんと精査していく必要がありますが、支援者が「あなたがそんなにしんどいのであれば、私が引き受けましょう」と、代わりに薬局に行き処方せんを渡して薬を受け取ってしまう。ケアや支援をする「訪問看護」ではなく、単なる「代行サービス」なってしまうわけです。

このような代理行為を支援者がサービスのようにやってしまうと、やがて利用者さんの要求がエスカレートしていきます。ついには支援者側も「そこまではできません」となり、本人は「何でダメなんだ」と怒ってしまい、ますます対応が困難になり、支援が立ち行かなくなります。そこで本の中では、より困難な「横綱級ケース」を招いていかないためのさまざまな対応技を紹介しました。

――子どもへの虐待発覚がきっかけで精神科訪問看護を受けるようになったシングルマザーの事例も登場しますよね。彼女のストーリーを表面的に見ると、若くして二度離婚しリストカットや大量服薬などがあり恋愛対象の男性に依存しやすい「母親」です。「悪い母親」と糾弾する人もいるかもしれません。しかし彼女は「横綱級ケース」であり、支援が必要な存在です。

本書では<困難と感じるケースのひとつ>として虐待が発生しているケースを取り上げているわけですが、本来なら支援の対象であるにもかかわらず見落とされている親というのは、虐待問題の背景にどのくらい潜んでいるのでしょうか。

小瀬古:児童虐待をしている親の精神疾患の割合を示す全国調査データは私自身、確認したことはありませんが、精神科訪問看護をしている僕から見て、精神疾患をもっているからといって、子どもへの虐待リスクが高いという印象はありません。

私が勤務する「訪問看護ステーションみのり」は大阪・東京・横浜・奈良にあり、約600人の利用者さんがいますが、「虐待リスクが高い」人はそのうちの1割もいないのです。

ですから、当然「子どもを虐待する親はみんな精神疾患がある」「精神疾患を持つ親は虐待リスクが高い」と結び付けられるものではありません。

恋愛を禁止するのではなく、育児とのバランスを考える

――本書では、<加害をしている本人に「虐待した」という認識はまずありません(中略)本人自身は虐待と思わずに行動していることが多いです。まずはこの視点に立つ必要があります>と書かれていました。

小瀬古:もともと「児童虐待の知識」を持っていないケースが多い印象です。どういう行為が虐待なのかを知る機会が少なく、「殴る」「蹴る」「煙草の火を押し付ける」といった暴行は虐待であるとわかっていても、「1日中オムツを替えない」「汚れた服を何日も着せておく」といった育児放棄や、人格を否定するような暴言が虐待であるという認識が薄いこともあります。

――病気の症状がつらく、育児放棄の状態にならざるを得ない方もいるのでしょうか。

小瀬古:抑うつ症状といった精神症状がひどく、自分の食事もままならない、赤ちゃんのミルクを作る気力もない、という状況に陥るケースもあります。

パートナーや両親などがフォローできる場合は、通院や訪問看護を受けながら育児をしていくこともできますが、シングルマザーでSOSをどこに出せばいいのかわからない人の中には、きちんと育児をやっていきたい思いはありながらも精神症状によって、結果的に育児がままならない状態になっている人も隠れていると思われます。

――そのような利用者さんたちに、精神科訪問看護ではどのようなケアやサポートをされているのでしょうか?

小瀬古:まず、本人が現状をどのように捉えているのかを確認します。その後、本人と客観的に起きたことを共有し、「今後同じことを起こさないためにはどうすればよいのか」を一緒に考えていきます。

虐待の背景に精神症状が絡んでいる場合は、病をいきなり消すことは難しいので「症状と付き合いながら、どんなふうに乗り越えていくか」を考えることが大切です。

たとえば“気分の浮き沈み”が激しいのであれば、これまでのエピソードからどんな時に波が上がったり下がったりするのかを共有し、“上がっていく波”や“下がっていく波”の前兆を捉えられるよう、共有していきます。

症状と付き合いながらも1日1日を乗り越えることが本人の安定につながり、1年経ち2年経ち……そして、子どもの成長もまた、モチベーションや自信に繋がります。

――本書で紹介されたDさんは順調な時期もあったものの、父親との衝突から逃げるような形で新しい恋愛に依存していました。そのような傾向がある患者さんは、どのように治療を進めるのでしょうか。

小瀬古:Dさんのように過去の経験から、男性とのお付き合いが短く、極端な行動が考えられる場合は、「恋愛にすごくハマった経験の有無」を聞くようにしています。そして、そういった傾向がある場合は、子育てと恋愛を両立できる方法を探っていきます。

支援者によっては「あなたには子育てがあるのだから、恋愛はダメです」と言う方もいますが、そのようなことを上から目線で言われると、利用者さんは「どうしてそんなこと言われなきゃいけないの」「私の人生でしょ」と反発したくなりますし、隠れて恋人のところへ行き、子どもを置き去りにしてしまうリスクもあります。

恋愛に制限をかけるのではなく、子育てとのバランスを利用者さんと一緒に考えていく姿勢が大事だと考えています。   

――訪問看護の支援により、重い症状から回復され、症状とうまく付き合いながら子どもを育てることの出来ている利用者さんたちは大勢いらっしゃると思います。なかなか一概に言えることではないと思いますが、うまくいくケースに共通点はありますか。

小瀬古:周りに相談できる人がいるなど周囲と繋がりを持っている人や、医療や行政などに自らサポートを求めていける人は、症状と付き合いながら育児をできる傾向にあると思います。

逆に孤立化し、助けを求める力が弱まっていると、虐待やDV、自殺のリスクが高まります。そういった意味で、色々な“窓口”との繋がりを持っておくことが重要ですので、病院や役所だけでなく、友人やS N Sなども含め、関われるところを複数持っておいてほしいです。

――孤立しない、複数の関わり先を持つ。これは精神疾患にかかわらず、核家族が一般的な現代社会ですべての子育て家庭にとって同様に大事なことですね。最後に、もし近所で虐待の疑いがあると気づいた時、どのような心構えで接すればいいでしょうか。

小瀬古:まず大前提として、虐待は絶対に許されないことですよね。何かあってからでは遅いので、虐待を“疑い”の段階でも発見した場合は、匿名でもいいので「児童相談所全国共通ダイヤル189(いちはやく)」に連絡してください。子どもの安全が第一ですし、虐待を早い段階で阻止できれば、親も子どもを失わずにすみます。

しかし、子どもを虐待したりネグレクト傾向にある親御さんに対して周囲が責めたり、説教したりすることは逆効果です。責められることで反発する親御さんも多く、次第に周囲と疎遠になり、孤立を招きます。

親御さん自身も虐待を「いい」とは思っていません。いっぱいいっぱいの状況で、虐待をせざるを得ない状態という理解が必要です。そのような状況であることを踏まえながら、本当はどんな子育てをして、子どもとどんな関係性でいたのか、といった本人の希望を聞き、「一緒にやれることを考えよう」というスタンスでサポートすることが必要だと考えます。

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