『アナと雪の女王』を生み出したディズニープリンセス映画『魔法にかけられて』

文=北村紗衣
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結局はロマンスを売らないと

 しかしながら、脇役であるため自由をもらえたナサニエルに比べると、主要な登場人物たちは最後、わりとディズニーらしい幸せな結婚というラストに落ち着きます。ジゼルはロバートと一緒になり、ロバートの恋人だったナンシー(イディナ・メンゼル)はエドワード王子と結婚してアニメの世界に旅立つことになります。このあたりにディズニープリンセス映画の限界があると言えるでしょう。

 この映画における実写のニューヨークは汚い街として描かれていますが、一方でそんな場所に住んでいても、ロバートは明らかに王子様です。

 撮影時期を考えると、ロバート役をパトリック・デンプシーが演じているということは重要でした。デンプシーは2005年に始まったテレビシリーズ『グレイズ・アナトミー 恋の解剖学』で、極めてチャーミングで手術疲れしている時もハンサムさを失わないデレク・シェパード医師を演じ、全米の女性から憧れの王子様のように見られていた人物です。

 デンプシーは『ブリジット・ジョーンズの日記 ダメな私の最後のモテ期』(2016)でもブリジットの前に現れたやたらと魅力的な男性ジャックを演じており、王子様キャラは健在でした。女性キャラクターのほうではわりとルッキズムを脱しようという努力がある『魔法にかけられて』ですが、それでもお姫様はすごくハンサムな王子様とくっつくのです。

 さらにこの映画には、バリバリ仕事をしたり、頑張りすぎたりしている女性には恋愛とかお姫様っぽい体験が必要なのだ、という主張もあります。

 これは既に批評などで指摘されていることですが、ロバートの娘であるモーガン(レイチェル・コヴィー)は賢くてしっかりした少女である一方、ロバートがすすめるフェミニズムの本などにはあまり興味を示しません。そして働き者ですがピリピリしているナンシーよりもお姫様のようなジゼルに好意を示します(Pershing and Gablehouse, p. 152)。

 ナンシーも最後はニューヨークでの仕事をやめて、アンダレーシアを治めるべくエドワード王子と結婚します。この映画は、モーガンやナンシーのような頑張り気味の女性には、フェミニズムよりもお姫様気分を味わう体験が必要だよね……ということをほのめかしているのです。

 『魔法にかけられて』はジゼルを通してお姫様像を新しくしています。しかし、プリンセス幻想や恋愛至上主義自体を問い直すようなことはしていません。そこはやはりディズニーで、商売のためにはロマンスやプリンセス幻想を売り続ける必要があったのです。

 こういうある特定ジャンルの古典的な映画を研究して転覆させる手法は、ホラー映画であれば1996年の『スクリーム』、ロマンティックコメディであれば前回とりあげた『ロマンティックじゃない?』などのような例がありますが、ジャンルの根底にある決まりを全てひっくり返すというのはなかなか困難で、『魔法にかけられて』にも実験と妥協の両方が見られます。

 しかしながら、これ以降ディズニーはさらに攻めた作品を作るようになっており、『魔法にかけられて』はディズニーの作風の変化に大きな役割を担った作品です。また実写のプリンセスものが作られるようになった先例となったのもおそらくこの作品でしょう。

 『シンデレラ』(2015)に出てくるやたらゴージャスで意地悪な継母トレメイン夫人(ケイト・ブランシェット)はナリッサの影響下にあるかもしれません。『美女と野獣』(2017) でガストン(ルーク・エヴァンズ)への恋心のあまり悪事を手伝わされているル・フウ(ジョシュ・ギャッド)はキャラクター造形の点でナサニエルの直接の子孫でしょう。

 この後に作られたアニメ映画のプリンセスたちもどんどん行動的になり、民族的にも多様になって、『メリダとおそろしの森』(2012)や『モアナと伝説の海』(2016)ではヒロインが結婚しませんし、『魔法にかけられて』のナンシー的な頑張りすぎる女性のキャラクターをもっと突き詰めたのが、同じイディナ・メンゼルが演じる『アナと雪の女王』(2013)のエルサなのかもしれません。

 ちなみに『アナと雪の女王2』(2019)でいきなりクリストフ(ジョナサン・グロフ)が森で80年代風のクサい調子で「ロスト・イン・ザ・ウッズ」を歌い始めるところは、『魔法にかけられて』でエドワード王子が森の中で「真実の愛のキス」を歌うところの延長線上にあるのかもしれません。自社の過去作をパロディにするというのは『シュガー・ラッシュ:オンライン』(2018)が引き継いでいます。

 『魔法にかけられて』は、限界もありますが、2007年のディズニー映画としては相当に斬新な作品で、さらに後世への影響がとても大きかったと考えてよいでしょう。さまざまな試行錯誤を繰り返して『アナと雪の女王』に至る流れの始まりは『魔法にかけられて』だったと言えます。この作品がなければ、ディズニー映画のトレンドは違ったものになっていたでしょう。

参考文献

ペギー・オレンスタイン『プリンセス願望には危険がいっぱい』日向やよい訳、東洋経済新報社、2012。
河野真太郎『戦う姫、働く少女』堀之内出版、2017。
若桑みどり『お姫様とジェンダー――アニメで学ぶ男と女のジェンダー学入門』、筑摩書房、2003。
Linda Pershing and Lisa Gablehouse, “Disney’s Enchanted: Patriarchal Backlash and Nostalgia in a Fairy Tale Film”, Fairy Tale Films: Visions of Ambiguity, ed. Pauline Greenhill and Sidney Eve Matrix, Utah State University Press, 2010, pp. 137 – 156.

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