「ひきこもり=犯罪者予備軍」じゃない ワイドショーの安易な分析とラベリング

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「GettyImages」より

 昨年12月16日、長男を殺害した罪に問われた元農水事務次官・熊沢英昭被告の裁判員裁判で、東京地裁は懲役6年の実刑判決を言い渡した。「元官僚がひきこもりの息子を殺害した」この事件はセンセーショナルに取り上げられ、発生当初だけでなく裁判の動向まで各メディアで連日報じられた。

 しかし違和感を覚えざるを得ない報じ方をするメディアも少なくなかった。

 12月17日の『グッとラック!』(TBS系)で立川志らくは、「こういうモンスターの子どもがいきなり生まれたわけじゃない」「それを作ってしまったのは親の責任というのはある」と事件が起きた元凶は被告側にあると発言し、ひきこもり状態にあった長男を“モンスター”と表現した。

立川志らく「ひきこもりをモンスターにしたのは親」、当事者を追い詰める「親の育て方が悪い」論

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「ひきこもり=犯罪者予備軍」じゃない ワイドショーの安易な分析とラベリングの画像2 ウェジー 2019.12.20

 また、事件発生の数日前である5月18日に起きた川崎・登戸殺傷事件を報じる際も、岩崎隆一容疑者がひきこもり傾向にあった点に着目し、「ひきこもり=犯罪者予備軍」と報じるメディアは多かった。

 ダウンタウン松本人志に至っては6月2日の『ワイドナショー』(フジテレビ系)内で、「僕は人間が生まれてくるなかでどうしても不良品っていうのは何万個に一個ある」「正直、こういう人たちは絶対数いますから、その人たち同士でやりあってほしいです」と発言。

川崎殺傷事件で松本人志が暴発、「不良品同士でやりあってほしい」の“真意”とは?

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「ひきこもり=犯罪者予備軍」じゃない ワイドショーの安易な分析とラベリングの画像2 ウェジー 2019.06.03

 さらにテレビ朝日『羽鳥慎一モーニングショー』では、2018年5月31日の放送で、親に高額な料金を請求してひきこもり本人を無理やり引き出す、いわゆる「引き出し屋」と呼ばれる暴力支援施設を、ひきこもり支援施設として紹介している。

 専門的知識を持たないタレントの稚拙な発言をテレビで放送すること、ひきこもりの人たちを危険な存在として扱うこと、こういった報じ方はひきこもり本人やその家族を精神的に追い詰み、視聴者の偏見を助長してしまわないだろうか。

 「ひきこもり」に関連する事件は、どう報じることが適切か。特定非営利活動法人KHJ全国ひきこもり家族連合会のソーシャルワーカー・深谷守貞氏に話を伺った。

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深谷守貞/ 特定非営利活動法人「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」本部・ソーシャルワーカー(社会福祉士)
大学卒業後、福祉系団体で福祉事業に従事。30代前半で希少難病に侵されるが、その当時は病因が掴めず精神疾患と誤診される。誤った診断・服薬等が高じて事業に従事できなくなり福祉系団体を退職。向精神薬の過剰投与により幻聴・幻覚が生じて外出ができなくなり、2年以上ひきこもる。KHJ家族会運営の「居場所」参加をきっかけに社会復帰・社会参加に至り、現在ソーシャルワーク業務等に携わる。

ひきこもりは楽をしているわけではない

 ひきこもり状態にある人たちを社会の危険因子であるかのように報じることの影響を、深谷氏は危惧している。

深谷氏「ネットのコメント欄を見ても『ひきこもりは悠々自適にひきこもっている』と認識している人は多いようです。しかし、ひきこもりとは人間関係を自ら遮断せざるを得ない程に追い込まれた“状態像”です。ほとんどのひきこもり本人は、人との関係性に傷つき、恐れを抱き、他者との関りを自ら遮断せざるを得ない程に苦しんでいます。 

 学生時代に受けたいじめ被害、就職活動での挫折、会社員時代に受けたハラスメント、派遣労働を転々と繰り返しての疲弊など様々な背景や傷つき体験がキッカケでひきこもるようになり、今現在もその人との関わりへの傷と恐れを背負っています。

 『ひきこもれるものなら、自分もひきこもりたい』というネット上の声もありますが、ひきこもりは殆どお金を使いません。いや使えないのです。『~したい』という欲求そのものを無くす程に傷ついて、何にも興味を示せなくなっているのです。

 そしてほとんどのひきこもり本人は、そういう傷つき体験に加えて、今ひきこもらざるを得ないという負い目も抱えていて、二重の苦しみの中にあるのです。

 『いい年をして親の年金に頼らざるを得ないなんて情けない』『親が死んだらどうすればいいんだ』という自分で自分を責めてしまう自責感や動きたくても動けない絶望感も抱えています。このような傷や負い目を抱え、自尊心や自己肯定感が著しく損なわれた精神状態にある人たちに、『ひきこもりは何をしでかすかわからない存在』として異質なものとして報じてしまうと、ますます社会的に追い詰められていくことになります。

 そして、そのような偏った報道が誘い水となり、インターネット上に批判的なコメントが相次ぎ、そういうコメントを目にすることで更に自分で自分を追い詰めてしまう、という悪循環が生じるリスクがあります」

 当事者だけでなく、家族も追い詰められる。

深谷氏「日本では様々なところで自己責任論を求める声が根強いですが、家庭内の出来事に対しては特に自己責任を追及する傾向が顕著に思います。この自己責任論の根強さが、ひきこもりの家族の『家族の問題なのだから、親である自分たちの力でなんとかしなくては』『子どもがひきこもりなんて恥ずかしい、育て方を間違ってしまった』という意識に囚われることとなり、家族もまた追い詰められていくことになります。

 自己責任論の中では、家族も育て方や関わり方に負い目を感じてしまい、なかなか外にSOSを発することができません。このような状況に理解を示すこともなく、ひきこもり本人を“モンスター”“不良品”と揶揄する人がテレビ番組に出演し、そういった発言が礼賛されてしまうと、ひきこもり本人も家族もますます外に助けを求められなくなります」

メディアの出演者が安直に事件の背景を分析することへの懸念

 深谷氏は「ひきこもりは “状態像”であるため、その背景も苦しみも様々でケースを一括りにすることは決してできません」と言う。

 しかしそもそもメディアはなぜ、「ひきこもりはよくわからない人たちで、何をしでかすかわからない危険な存在である」とレッテルを貼ろうとするのか。それは「理解しがたいもの」をそのままわかりやすく示そうとした結果かもしれない。

深谷氏「人間は“得体の知れないもの”に対して強い不安感や恐怖心を覚える傾向があります。ひきこもり関連のニュースを報じる際、 “親離れができない人”“親が甘やかした結果の人”“子供部屋おじさん(おばさん)”といったラベリングをし、当事者の人柄や事件の概要を何の根拠もないままに、自分たちとは異なる異質な理解しがたいものとして安直に広報してしまうのではないでしょうか」

 事件が起きるたびに、メディアは速報を打ち、詳細がわからなくともどんどん特集を組む。特にテレビの場合は放送時間をきっちり埋めなければならない。

深谷氏「ひきこもり本人1人1人の状態像や背景を深く掘り下げる時間もないまま、自己責任論を本人や家族に押しつけるパターンでもって“ニュースとしての体裁”を保ってしまうのかもしれません。新聞や雑誌、一部のウェブメディアでは取材を重ねて事件の全体像を掘り下げるケースもありますが、テレビでは表面的な部分だけを取り上げ、一過性のものとして安易なラベリングをして報じるケースが多いように思えます」

 メディアの担う役割が、安易な事件の背景分析になってしまっていることにも、違和感がある。

深谷氏「川崎市や練馬区で起きた事件でもそうでしたが、メディアは必ず犯人が事件に至った背景に着目します。背景はあくまで背景でしかないのに、まるで『その背景が事件の引き金になった』という断定して話を進めることには疑問を感じます。

 『何が動機になったのか?』は裁判で明らかにされることであり、ワイドショーの出演者が自分本意な推察でもって検証することではありません。私はその辺りにワイドショーの“怖さ”と“おこがましさ”を感じます。背景を探りもっともらしいことを検証する意思があるのであれば、メディアはもっと深く掘り下げて、多角的な面から検証を重ねるべきです」

 テレビでは芸能人も持論を展開し、動機の検証に一役買う。すべては事件の被害者も加害者も置き去りにした、視聴者のためのショーと化している。

深谷氏「言論の自由は保証されていますし、自身の考えや意見を発信することを止めることはできません。ただ、公共の電波を使って知識もなく理解も示せない人の安易な推測から出た発言が多大な影響力をもってしまうことで、当事者やその家族がますます追い込まれてしまう現状があるのです。

 なにより、彼らは普段はひきこもりの問題に関心がなかったのに、事件が起きたら安易なラベリングをして印象操作に加担し、ある時期を過ぎたら印象操作などしなかったかのように忘れ去られてしまう。ニュースもまた消費物であり、それがワイドショーの役割と言われてしまえばそれまでですが、安直なラベリングの結果に責任を持たないという意味では、とても残念な広報媒体であるとも思います」

 これからも、何か事件が起きればテレビはすぐさま特集を組み、裁判を待たずに事件を分析しようとするだろう。どのような報じ方が望ましいのだろうか。

深谷氏「中高年のひきこもりが社会課題として認識されるようになり、各自治体ではひきこもりへの対応について様々な取り組みが検討されて、、相談窓口の設置や支援団体との連携の充実の必要性が認識されてきています。

 ひきこもりのことを報じるのであれば、『どういったところでどのような対応をしてくれるのか?』『家族や周囲の人はひきこもり本人とどのように関わっていけば良いのか?』ということも併せて伝えていければいいのですが。

 ひきこもり本人や家族からは『人は怖いけれど情報は欲しい』という声も多くあります。メディアの適切な情報提供から、社会との接点になる可能性も大いにあり得ます」

 視聴者にもまた、情報を鵜呑みにしないリテラシーが求められる。

深谷氏「『ひきこもりは本人の甘え』『親の育て方が悪かったから』と捉えている人はまだ多いようですが、『ひきこもりは何歳であっても誰にでも起こりうる“状態像”』です。

 いつ何時、自分や自分の家族がひきこもり状態に追い込まれてしまうかもわかりません。ひきこもりを自己責任論で片付けるのではなく、つまずいても立ち上がれる、何度でもやり直せる社会を創設していくことが、私たち一人一人が生きやすい社会になっていきます。

 『ひきこもりは自分とは違う存在』と線を引くのではなく、“いつでも誰にでも起こりうること”として、やり直せる社会とは何かを皆で考えていくことが大切だと思うのです。そういう社会を考えていくためにも、ひきこもりへの理解や支援について広く広報をしていくメディアの果たす役割は大きいと思っています」

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