政治・社会

ネットに溢れるヘイトスピーチや誹謗中傷、差別する側の「表現の自由」が、差別される側の自由を奪っている

【この記事のキーワード】
ネットに溢れるヘイトスピーチや誹謗中傷、差別する側の「表現の自由」が、差別される側の自由を奪っているの画像1

「ネットと人権法研究会」セミナー

 インターネットはもはや生活必需品。スマホやパソコンは生活を便利にするツールだが、ネットの掲示板やSNSには悪意ある言葉が溢れ返っており、個人への誹謗中傷が目につくことは私たちにとって日常だ。

 ネット掲示板やSNS上で見ず知らずの他者から暴力的な言葉をぶつけられた経験がある人も少なくないだろう。

 2016年には、外国人へ向けられる差別煽動表現をなくすことを目指したヘイトスピーチ解消法(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消)が施行されたものの、ヘイトスピーチ自体を禁止する法律ではなく、現状には課題が残っている。

 こうした状況を踏まえて、昨年12月4日に「ネットと人権法研究会」はネット上の人権に関するセミナーを開いた。

 このセミナーでは、ネット上で多発している人権侵害やヘイトスピーチの現状と問題点、さらに不適切な情報の削除や発信者情報開示にかかる被害者の負担が説明され、ネット上の人権を守るためのモデル法案の提示がされた。

ネットの誹謗中傷削除は、被害者に大きな負担

 インターネット上の人権侵害について、当日配布された資料には実際にインターネット上で書かれている例が記載されていた。

 非常に酷い内容であり、具体的な例をここに記すこともはばかられるが、特定個人に対する誹謗中傷や、特定個人だけではない、不特定の集団に対するヘイトスピーチは確かに存在している。

 司会を務めた社会学者の明戸隆浩さんは、「紹介した例は頑張って探さないと出てこない例ではなく、ネットで検索すれば30秒ほどで見つかるようなものです。ネット上には、こういった書き込みが大量にあります」と話す。

 まず、セミナーの前提知識として現行の法律の問題点について説明があった。

明戸さん「ネット上の人権侵害に対して法的な対応を行うには、高いハードルばかりです。1つ目に、発信者情報開示や削除には非常に時間がかかってしまうこと。2つ目は、裁判の困難性という問題があります。
 情報開示を行う際には、多くのプロバイダ(※)がその場で対応せず、裁判所を経由して仮処分を行う必要があります。そうすると、被害者は弁護士に依頼する必要があり、費用の負担が大きいんです。
 さらに、仮処分決定を得るにも時間がかかります。発信者情報開示の場合にはIT業者の本社のある場所が管轄となるため、地方に住む被害者にとっては費用や時間の負担もより大きくなってしまいます。
 また、2ちゃんねるは、削除や情報開示のためのプロセスが独特で、被害者は情報開示請求をしたことを明かさなければなりません。そのため、被害者がネット上で二次被害を受ける場合もあります」

(※)プロバイダにはアクセスプロバイダ(インターネット通信事業者のようなイメージ)とコンテンツプロバイダ(インターネット上のサービスや掲示板を提供)がある。

ヘイトスピーチをめぐる日本への勧告

ネットに溢れるヘイトスピーチや誹謗中傷、差別する側の「表現の自由」が、差別される側の自由を奪っているの画像2

師岡康子弁護士

 師岡康子弁護士からは、ネット上のヘイトスピーチの現状に関する説明があった。

師岡さん「法務省が2016年に行った「外国人住民調査報告書」によると、外国籍住民のうち8割がインターネットを普段から利用していて、外国人を排除するような差別的な書き込みを見たことがある人が4割います。
 そのような書き込みを見るのが嫌でネットの利用を控えたと回答している人が2割。韓国・朝鮮・中国籍の方に絞って見ると割合が高くなり、特に差別的な書き込みが嫌でネットを利用しなくなったと回答している韓国籍の人は4割にも及びます。
 自らの出自を理由にして人格自体を否定されること、そしてそれを見ることが、どんなに苦痛で恐怖をもたらすかということです。
 韓国・朝鮮籍の子どもの9割が日本の学校に行っていますけれども、その中の多くの子どもが通名で通っており、SNS等でも自分の本名を出せない状況なんです。

 ヘイトスピーチにまつわる議論では『表現の自由』がたびたび持ち出されますが、差別をする側の表現の自由にばかり焦点が当てられています。しかし、この数字を見ていただければ、外国籍の人、とりわけ差別のターゲットになっている旧植民地出身の人たちの方が、表現の自由や知る権利を日常的に制限されてしまっているということがわかります。
 現代においてネットは日々使わざるを得ないものですので、外国籍の人たちは日常的に恐怖や苦痛を味わわされているという現状があります」

 日本は1995年に国連の「人種差別撤廃条約」に加入し、2018年には4回目の人種差別撤廃委員会からの勧告を受けている。

師岡さん「日本は、人種差別撤廃条約にある‟全ての人種差別を禁止し終了させなければならない”という義務を怠ってきました。日本にはいまだ人種差別を禁止する法律はないですし、2016年にできたヘイトスピーチ解消法でも、『許されない』と宣言していますが、はっきりとヘイトスピーチを禁止する条項がありません。
 勧告では、ヘイトスピーチ解消法で対象とされていないヘイトクライム等を含む人種差別禁止に関する包括的な法律を採択することや、インターネット上のヘイトスピーチに関して、自主的な機構の設置などの実効性のある措置をとるべきことが指摘されています。
 
 街頭でのヘイトデモは毎日は行われませんが、ネット上のヘイトスピーチは毎日大量に起きています。ネットを全く利用しないことは不可能であり、日々避けられない大きな問題です。にも関わらず、現状では被害者に対して全くといっていいほど救済の手続きがありません」

 ネット上のヘイトスピーチが社会問題化する中、各市町村からも国への要望が出ているという。

師岡さん「大阪市には『ヘイトスピーチ対処条例』があり、専門家による審査会が調査し認定した場合、ヘイトスピーチを行った人の名前とヘイトの内容を公表するという仕組みがあります。ところがネット上でなされるほとんどの場合は匿名であり、名前がわからず、やむなくハンドルネームなどが公表されています。書き込んだ人を特定するための発信者情報開示の根拠となっている『プロバイダ責任法』では、被害者本人がIT業者に請求するという規定になっています。そのため、大阪市のように公的機関がネット上の書き込みをヘイトスピーチと認定をしても、市町村は発信者情報をIT業者に請求できないという状況です。

 また、ヘイトスピーチ解消法後、市町村ごとにヘイトスピーチ対策が進展しつつあるものの、それでは対象が地域に関わるものに限られてしまうという問題もあり、国が全体的な対策をとる必要があります」

ネット上の人権侵害被害者は救済できる

ネットに溢れるヘイトスピーチや誹謗中傷、差別する側の「表現の自由」が、差別される側の自由を奪っているの画像3

金尚均(キムサンギュン)教授

 龍谷大学の金尚均(キムサンギュン)教授からは、海外におけるネット上の人権侵害への救済事情について説明があった。

 金教授いわく、ヨーロッパは日本よりだいぶ進んでいるという。

金さん「EUでは『ヘイトスピーチ行動規範』に従って、ITサービス業者は削除やブロッキングを行ったり、きちんと対応がされているかテストを行ったりしています。
 このテストとは、あるIT業者に寄せられた削除要請に関して、一定の期間内で実際に削除が行われたかどうかを第三者機関が評価をするというもの。
 2016年に行われた第1回のテストの結果は良くなかったのですが、2018年に行われた第8回テストでは、大手SNSにおいて削除申請があった後、その89%が24時間以内に対応されたという結果が出ています。ヘイトスピーチについては、72%を削除するという結果が得られました」

 フランスでは『フェイクニュース対策法』によって、選挙中のフェイクニュース専門の裁判部が設けられており、裁判官が48時間以内にフェイクニュースか否かを判断し、フェイクニュースと判断された情報は強制的に削除したり、政党の活動を停止させたりしている。

 ドイツには、200万人以上の国内利用者がいるSNSの運営者に対して、苦情処理システムを作らせる法律がある。具体的には、苦情を受け入れた場合は24時間以内にチェックをし、明らかに違法な情報という場合は、削除を命じるという内容になっている。日本とは異なり、第三者でも削除の申し入れができる点でも非常に優れている、と金さんは評価する。また、半年ごとに状況報告をすることも定められているという。

金さん「発信者情報の開示については、権利の侵害を理由として民法上の貫徹のために必要な限り、プロバイダは保持しているデータに関する情報を提供してもよいという、ドイツ通信媒体法14条3項もあります。実際に手続きをとると、およそ1週間から10日で、全ての発信者情報が開示されます。またドイツ国内でSNSサービスを提供する場合には、サービスの提供者が代理人を置かなくてはいけなくてはいけません。代理人を置かない場合にはドイツで活動できません。
 また、発信者情報の開示においては、ドイツの法務省は必ずしも弁護士をつける必要はないと説明していて、被害者はかなり簡便に手続きができます。

 日本でも、名誉毀損や侮辱、児童ポルノなど刑法上違法な表現というものがありますから、ドイツのような手続きはやろうと思えばできるものと考えます。ヘイトスピーチや部落差別情報の開示といった刑事規制されていないものでも、法務省人権擁護局の依命通達では違法と解釈されています。どのように形にしていくかは、私たちの知恵の絞り方によるのではないかと思います」

被害者目線に立ったモデル法案の提案

ネットに溢れるヘイトスピーチや誹謗中傷、差別する側の「表現の自由」が、差別される側の自由を奪っているの画像4

宮下萌弁護士

 宮下萌弁護士からは、ネット上の人権侵害の現状と、その問題点をふまえたモデル法案の説明がなされた。

宮下さん「裁判による被害者の負担が大きいため、なるべく裁判をせずに済むよう簡易迅速に、かつコストもかからずにできるかという点で考えられているモデル法案です」

 モデル法案では、「インターネット人権侵害情報委員会(以下、委員会)」といった第三者機関を設けることが考えられている。

宮下さん「独立性・専門性・実効性のある第三者機関であることが重要です。委員会は内閣府に置き、ネット上の人権侵害のこともネットの技術的なことも理解している人が委員になるような案を作っています。
 また、実際に手続き等を行うのは事務局になるので、職員も一定数はネット上の人権侵害やネット技術に専門知識を有する者としています。専門家を通して、できるだけ裁判をせず負担が少ないまま、削除や発信者情報の開示を行えるようにするという趣旨の法案です」

 禁止事項についての定義も明確にするという。

宮下さん「モデル法案では、‟何人も、インターネット上に下記の情報を流通させてはならない”としています。ヘイトスピーチだけでなく、名誉毀損やプライバシー侵害も含まれます。

 ヘイトスピーチ解消法には禁止条項はありませんが、モデル法案では‟流通させてはならない”、つまりヘイトスピーチを行うことを違法であると捉えています。また‟差別の意識をあおり又は誘発することを目的とする情報”、具体的にいうと芸能人や著名人を在日韓国人としてリスト化した情報も、差別的言動としています。
 部落差別については被差別部落の地名がリスト化されているもの、いわゆる『部落地名総監』もあるのですが、こういったものも違法な人権侵害情報と定義しています」

 プロバイダの責務についても規定され、今までより迅速な対応が考えられている。

宮下さん「プロバイダには、ネット上に人権侵害情報を流通させないことや、アクセスログ(※)の取得を努力義務としています。
 アクセスログは、アクセスプロバイダ及び大手コンテンツプロバイダには3年間の保存義務があり、それ以外のプロバイダは2年間の保存の努力義務があります。削除要請後の対応についても、人権侵害情報であるかの判断や情報の削除をすべきか否かいうことの審査を遅滞なくしなくてはならないとしています。

 委員会からの要請があっても必ずしも削除する義務はありませんが、大手コンテンツプロバイダが人権侵害情報に該当すると判断した場合には、委員会の要請から48時間以内の削除を義務づけています。委員会から要請があっても削除しなかった場合には、削除しない理由を具体的に明らかにする義務もあります。
 発信者情報開示についても同じく、委員会からの要請があっても必ずしも削除する義務はありませんが、人権侵害情報関連情報(※)である場合、要請から2週間以内に情報開示を行わなければならないとしています」

(※)アクセスログ
発信者の氏名又は名称、住所、IPアドレス等のこと。

(※)人権侵害情報関連情報
人権侵害情報の発信者の特定に資する情報のこと。

 昨年12月12日には、神奈川県川崎市でヘイトスピーチの禁止を含んだ「差別のない人権尊重のまちづくり条例」が可決された。ヘイトスピーチに刑事罰を科した条例は全国初であり、ネット上の人権侵害は対象外であるものの、他者を傷つける言葉が溢れる世への大きな問題提起となった。

ヘイトスピーチに刑罰を課す条例が川崎市議会で可決。その歴史的な意義とは

 川崎市議会でヘイトスピーチの禁止を含んだ、「差別のない人権尊重のまちづくり条例」が可決された。この条例が画期的なのは、ヘイトスピーチへの刑事罰を盛り込…

ウェジー 2019.12.13

 ネットの悪質な書き込みは被害者を追い詰める。そのうえ被害者が削除や情報開示のために大きな負担を背負わされる日本の現状は、ネット社会の発達に法や制度が追いついていない状態だ。問題意識の共有と早急な対策が求められていることは確かだ。

「いいね!」「フォロー」をクリックすると、SNSのタイムラインで最新記事が確認できます。