窪塚洋介も好演!Netflix『Giri / Haji』が破壊するステレオタイプの日本人像と家父長制

文=近藤真弥
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Netflixより

 『Giri / Haji』は、英BBCとNetflixの共同制作ドラマ。イギリスでは2019年10月17日に初回が放送され、同年12月5日に最終回を迎えた。それから約1カ月後の今年1月10日、Netflixでの配信が始まり、イギリス以外の国々でも観れるようになった。

 日本とイギリスを舞台とする本作には、日本人のキャストも多い。平岳大、窪塚洋介、本木雅弘といった日本の映画/ドラマでよく見かける者から、デビューして間もない奥山葵まで、多彩な面々が揃っている。

 イギリスからは、映画『トレインスポッティング』(1996)で有名なケリー・マクドナルド、ドラマ『フラワーズ』(2016~18)で監督/脚本/出演を務めたウィル・シャープなどが参加。いずれも映画/ドラマファンにはおなじみの顔ぶれだ。

 物語はロンドンから始まる。東京を拠点に活動する暴力団・遠藤組の組長、遠藤信(小林勝也)の甥・三郎(三村昌也)がロンドンで刺殺されたのだ。凶器に使われたのは、遠藤組と対立する福原組の組長・福原(本木雅弘)が所蔵していた脇差。この事実は遠藤組と福原組の対立激化を招き、東京の刑事・森健三(平岳大)にも火の粉が降りかかる。

 ある日の夜、健三が住むマンションに福原が訪ねてくる。挨拶をすませると、福原はロンドンで三郎が殺された件について語りだす。脇差はかつて福原組に所属していた勇人(窪塚洋介)が盗みだしたもので、勇人が犯人か調べてほしいという。そんな強引に思える依頼を、健三は引き受けてしまう。勇人は死んだはずの弟だからだ。かくして健三は、急ぎ足でロンドンに飛ぶのだった。

色とりどりの映像表現

 ジョー・バートンによる脚本は、シンプルな物語を紡ぐ。東京の刑事が弟を探し求め、ロンドンを駆けまわる。要約すれば、句読点も含め24文字で表せる話だ。

 しかし、物語を描く映像は実に多彩で、そのすべてが非常に興味深い。ジョン・オルトンが撮影監督のフィルム・ノワール群を想起させる極端な明暗のコントラスト。登場人物の心情を同時に見せるスプリットスクリーン(複数に分割した映像を画面に映す技法)。他にも、アニメーションや最終回におけるモノクロのダンス・シーンなど、視聴者の目を彩る仕掛けが次々と飛びだす。

 なかでも筆者が惹かれたのは、アスペクト比(画面のサイズ)の使い方。現在のシーンとは違い、回想のシーンは狭いアスペクト比で示される場合が多い。ゆえに黒い部分が目立ち、視聴者によっては見づらいと感じるかもしれない。だが、筆者はおもしろいと思った。黒い部分を強調することで、記憶の不確かさが浮かびあがる効果を生んでいるからだ。

 どんな記憶にもバイアスは混じり、時が経てば忘れてしまうものもある。記憶には、当時の匂いや雰囲気がそのまま刻まれているわけじゃない。そのような忘却の暗喩を、黒い部分には見いだせる。

 多彩な映像表現が物語と深く関わっているのも素晴らしい。たとえば、モノクロのダンス・シーンは登場人物たちの感情が爆発する様として描かれるなど、物語の文脈にちゃんと沿っている。奇を衒うためだけに、野心的な映像表現が使われることはない。ドラマ内の有機的なパーツとして機能し、物語を盛りあげるエンジンとなっている。作品全体のバランスを保ちつつ、先鋭性も随所で見せつける精巧な作りには、全エピソードを繰りかえし観たくなるだけの高い中毒性がある。

ステレオタイプを打破する日本人像

 日本人の描き方も本作の重要なポイントだ。海外の映画/ドラマにおいて、日本人を含む東アジア系は、長年ステレオタイプを伴い描かれてきた。

 冷酷かつ攻撃的な“ドラゴン・レディー”、男性に従順で寡黙な“ゲイシャ・ガール(あるいは“チャイナ・ドール”)”、人々の脅威となる“イエロー・ペリル”などだ。

 そうした傾向は現在も根強く、イギリスでは東アジア系俳優たちが差別や偏見に声をあげる動きもある。また、映画『Crazy Rich Asians(邦題 : クレイジー・リッチ!)』(2018)のコリン役でも知られる俳優クリス・パンも、アジア系男性に対する偏見に苦しんだ過去を明かしている

 こうした視点から観ても、本作は及第点だ。健三とセーラ(ケリー・マクドナルド)が唇を重ねあわせるシーンもあれば、ドナ(ソフィア・ブラウン)の言動は勇人への恋心をうかがわせる。健三の妻・麗(中村優子)、健三の母・ナツコ(丘みつ子)、福原の娘にして勇人と恋仲にある栄子(アンナ・サワイ)といった日本人女性も、男性に従順で寡黙な存在ではない。むしろこの3人は、強権的な男性に立ち向かう者たちとも言える。勇人が麗にお願いしたあることをきっかけに、団結して福原組からの逃避行に出るのだから。

 本作は、心が通じあうなら、人種や国は関係ないという理想を上手く人間ドラマに落としこんでいる。日本語のセリフが少々翻訳調(この点は本木雅弘もインタヴューで述べている)だったりと、日本の視聴者からしたら引っかかるところもなくはない。とはいえ、さまざまな日本人を偏見に満ちた日本人像に嵌めることなく描いたのは、ステレオタイプを壊すという意味でも、やはり画期的だ。

家父長制の破壊する物語としても楽しめる?

 壊すといえば、本作は家父長制を破壊する物語とも読める。

 暴力団は、家父長制を模した組織だ。盃事(さかずきごと)なる儀式を通じて、親子分や兄弟分という擬似の血縁関係を結ぶ。その関係は絶対的なもので、立場が上の幹部や組長に逆らうことは許されない。その一端は、本作の中でも示される。かつて味わった想いを理由に、福原が勇人と栄子の仲を強引に引き裂くのがそれだ。この福原の決断がきっかけで、勇人は福原組から追われる身となり、栄子と会えなくなってしまう。

 興味深いのは、勇人がロンドンで生きていると判明した後の展開だ。勇人を見つけた健三は、そのことを日本の仲間に知らせない。もし日本に送ってしまえば、勇人が福原組に殺されるのは間違いないからだ。多くのすれ違いや衝突があっても、健三は勇人を見捨てられなかった。だがその結果、福原組の構成員がロンドンに来る事態に陥り、想定外の危険に晒されてしまう。健三は福原組との対立を深めていく。

 そんな健三は、自分を助けてくれる人たちとの結びつきを強くしていく。その人たちはセーラや勇人だけではない。ロンドンでの捜査を手伝ってくれたゲイの男娼ロドニー(ウィル・シャープ)や、家出してロンドンにまで来てしまった娘の多紀(奥山葵)も含まれる。

 この結びつきの強さを描いているのが第6話だ。亡くなった健三の父(伊川東吾)を弔うため、健三、セーラ、勇人、ロドニー、多紀は車に乗りこみ、海を目指す。セーラは運転席、健三は助手席に座り、他の3人は後部座席で少し窮屈そうにしている。はしゃぐロドニーと多紀を横で見つめる勇人という構図はとても微笑ましい。フォールズの“In Degrees”をBGMに繰りひろげられる楽しげな様子は、まるで擬似家族みたいだ。

 そうした描写がある第6話を境に、本作は2つの擬似関係を対比させる色合いが増していく。その2つとはもちろん、5人と暴力団である。

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