窪塚洋介も好演!Netflix『Giri / Haji』が破壊するステレオタイプの日本人像と家父長制

文=近藤真弥
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家父長制に馴染めない男たち

 重要なのは、家父長制を模した組織の暴力団に対し、5人には家父長制の仕組みにそぐわない者もいることだ。たとえば、勇人の過去が描かれる第4話では、こんなやりとりがある。福原組の構成員として、勇人が栄子を送迎しているときのことだ。

栄子「なんでうちに入ったの?」
勇人「良い親父(筆者注 : 福原のこと)だから」
栄子「悪党よ」
勇人「俺も悪党かも」
栄子「いいえ、あなたは良い人。他の連中とは違う」

 このやりとりは、勇人が家父長制的な暴力団に馴染みきれない男であると示唆している。他のシーンでも、栄子は勇人に「あなたがどう思おうと勝手だけど、あなたは他の連中とは違うからね」(第4話)と告げるなど、勇人と暴力団の違いを明確にしようとする描写がある。

 家父長制が求める男らしさに馴染めないのは健三も同じだ。

 日本での健三は、性役割が明確な家庭を持っている。刑事としてバリバリ働く健三は稼ぎ手であり養う者。家で健三の両親や多紀の世話をする麗は、養われる者として家庭を守る。この構図は、戦後の高度経済成長期以降に広まった“夫は仕事、妻は家庭”という性役割分担をそのままなぞっている。さらに、なにかあれば麗は健三に相談し、それを受けた健三が決断する流れの多さは、男性たる家父長に力を集める家父長制色が鮮明だ。

 だが、そう生きてきた健三にも変化が見えはじめる。第5話でセーラに「強がらないで(You don’t have to be strong.)」と言われて以降は、弱音を吐くようになるのだ。そして、良い夫でいることに疲れたと言わんばかりに、麗に対する愛がだいぶ前から冷めていたことも匂わせる。その様子は、健三も家父長制の価値観に心身を消耗させられた1人なのだと、私たちに示す。

 そうした側面に気づけば、第5話に麗から「しっかりして」と電話で言われ、健三が泣き崩れてしまうシーンもさまざまな意味合いを帯びてるのがわかるはずだ。もうすぐ亡くなりそうな父の死に際に立ちあえない悲しみだけでなく、しまり雪の如く積もった良い夫でいることのプレッシャーに押しつぶされる姿でもあるのだと。

キャスティングの妙が生みだす緩やかなシスターフッド

 もうひとつ見逃せないのは、福原組と遠藤組の争いを終わらせる組長役に、長与千種が選ばれていることだ。長与といえば、長年プロレスラーとして活躍した女性だ。男たちによる暴力団の抗争(遠藤信から言わせれば「戦争」)を終わらせる役が女性なのは、家父長制の破壊が描かれた物語とも読める側面をより強固にする。

 もっと言えば、麗、ナツコ、栄子の逃避行を手助けした警官も女性だ。逃避行の様子が描かれる第7話で3人は、バイカーの男(芹澤興人)に女性差別の言葉を投げつけられ、仕返しをする。それに怒った男が警察に通報したため、警官たちが捜索に駆りだされる。そのうちの1人である警官の女性(さいださだこ)は、車に乗る3人を見つけ、職務質問をする。だが、警官の女性は3人が犯人だと気づいている素振りを見せながらも、簡潔な話だけをして見逃すのだった。その光景に筆者は、緩やかな女性たちの連帯を見いだした。こういったキャスティングの妙も見られる本作は、細部にまで手が行きとどいた作品だ。

 多彩な映像表現やテンポのいい会話劇など、娯楽的なおもしろさが盛りだくさんの『Giri / Haji』。そうした娯楽性の背後にある秀逸な批評眼は、耐久年数が過ぎた社会構造のカビ臭さを浄化する。

参考文献

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