脅迫行為を「パワハラ」「退職勧奨」と呼び容認してきた日本人

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「GettyImages」より

厚労省がようやく「パワハラの定義」を示したが……

 2019年10月21日、厚生労働省は、労働政策審議会の雇用環境・均等分科会で、パワハラ防止の素案を示した。これまで労働基準法などをはじめとした労働関係法令で積極的に取締を行ってこなかったパワハラについて具体的な規制の指針を示した形となる。

厚生労働省 パワハラの6類型 

 パワハラ(パワーハラスメント)とは、職務上の権限を利用して、部下や取引先に強要やいやがらせを行う行為をいう。厚生労働省は、個人によって見解が分かれるケースが出ることから、パワハラの定義について明確にしてこなかった。そのため、今回のパワハラ抑止素案は画期的なものとなった。

 しかしながらこの素案については、批判が集中している。特にパワハラに「該当しない」例に対しては、会社側が責任を逃れるための根拠になりかねないと、日本労働弁護団をはじめとした労働者支援団体は、嚴しく糾弾しているのだ。

(執筆:松沢直樹)
(監修:宮本督弁護士/中島・宮本・溝口法律事務所)

「会社」という犯罪を容認する特殊な環境

 しかしそもそも、厚労省に見解を問うまでもなく、「いやがらせ」どころか、刑法上の脅迫・強要にあたるのではないかと思われる行為が、パワハラと呼ばれて看過されているのは何故なのだろうか

 たとえば、体調が悪い社員に無理に残業を強いるような行為などは、労働基準法第5条の強制労働の禁止はもちろん、強制の仕方によっては刑法上の強要罪に該当する可能性が出てくる。

 こういった例は、枚挙にいとまがない。先に述べた厚労省のパワハラのガイドライン素案もそうだが、社外であればなんらかの犯罪として扱われたり、民事訴訟を提起されるような話が、「ハラスメント」という一言で片付けられてしまっている現状がある。

 「誰も指摘しない就活ハラスメントという詭弁 なぜ会社では犯罪行為が許されるのか」 では、2019年5月に女性活躍・ハラスメント規制法案が成立したにもかかわらず、就職活動中の女子学生や、外注先の女性などがセクハラ被害などから保護されない抜け穴があったことを示した。

 もちろん、厚生労働省の労働行政に抜け穴があったことが問題であることは言うまでもない。だが、もっとも問題なのは、会社外であれば犯罪として糾弾される行為を容認する会社という環境と、それを問題視してこなかった私たちの社会ではないだろうか。

かつて理不尽な「リストラ」は当たり前だった

 もっとも好例なのが、20年ほど前に大規模に行われた「リストラ」である。会社側の放漫経営のツケを背負わせる形で、多くの労働者が理不尽に解雇された。ところが、社会はそのことを糾弾するどころか、会社がまったく悪びれず、一種のブームのように不当解雇を行う様を看過してきた過去がある。

 その結果どうなっただろうか。安易にリストラを行った企業は、中堅層がいなくなり、人手不足にあえいでいる。それでいて、安価な労働力を求め、はては労働者に法律に基づいた対価を支払わず、心身に危害を加える状態を放置している会社もある。

 このような会社側の身勝手に振り回されながら、自分や家族が心身を壊すような事態を放置しておく理由はどこにもない。

 パワハラと呼ばれる行為を一掃して、社会全体で働きやすい環境を作っていくためには、次のようなことを働く個人や社会が意識し、会社の中で行われる理不尽な行為を追及しやすい仕組みを構築する必要があるように思う。

・会社は労働力を提供し「生活の糧」と交換する場所であることを共有する

 会社は、働いて生活を支えるためのお金をもらうための場所である。文章にしてみれば当たり前すぎる話だが、なぜか、私たちはそれ以上の義務を背負いがちだ。日本人ならではの義理人情を大事にする風土も大事ではある。しかしながら、自分の心身を壊したり、生活や家族関係を破壊してまで、労働力や時間を割く必要はない。

 かつての高度経済成長期は、終身雇用制が当たり前であった。しかしながら今は、そのような時代ではない。すでに、大多数の人は一生涯に、複数の会社を渡り歩く時代になっている。

 そのことをふまえて、会社と対等の立場で労働力を提供する契約を結んで働いていることを社会全体で再度共有すれば、会社側のパワハラや理不尽な要求に屈しない風土が生まれるのではないだろうか。

・社外に相談できる個人や場所を持つ習慣を周知

 パワハラや法を逸脱した理不尽な要求は、会社という密室で容認されやすい。逆にいえば、個人が容易に社外に相談できる場所を作れば、被害は拡大しにくくなる可能性がある。
 
 実際、私が労働相談を請け負っていた頃は、相談者からのヒアリングの最中、相談者が会社への怒りを爆発させることがよくあった。自分が今までされていたことが、いかに理不尽なことだったかに気づいて、怒りがわいてくるわけである。

 他の環境にいる人の意見を聞くことで、自分が受けている行為が、客観的に見ておかしいことであると理解できれば、問題解決につながりやすい。

 まずは、利害関係がない社外の知人に相談できる環境を作ることを、周知していくのが効果的だろう。ただ、労働問題は法的な問題がからむだけでなく、その後、会社に対してどのようにアクションを起こしていくのか、戦略を立てることが重要になってくる。

 そのため、段階を踏んでインフラが整った大手労働組合の労働相談などを利用する方法を伝えたり、民間で相談機関を作っていくことが好ましいと思われる。

・社会全体で「明日は我が身」と問題意識を共有する姿勢

 会社での立場を利用して、私たち自身や、家族に被害を加えようとする会社には、相応の社会的制裁を受けてもらう必要がある。

 前述したように、今は、大多数の人が、一生涯のうち、複数の会社で働く時代だ。したがって、「パワハラ」というソフトなイメージの言葉で、暴行や加害を行っている企業を容認していれば、転職や企業間取引を通じて、自分が被害者になることは十分ありうる。

 そのことを考えると、企業内の不正を公的機関に通報した人を保護する公益通報者保護法のように、パワハラの被害を社外へ通報し、社会全体で共有した上で処罰する法整備が極めて重要となるだろう。

 そもそも、労働事件の刑事罰は非常にゆるい。そのため、会社側が制裁を受けても再発防止に本腰を入れて取り組まない傾向がある。2015年末に、大手広告代理店・電通に勤務していた高橋まつりさんが過労から自殺を図り、大規模な捜索が行われ、会社は有罪が確定したが、判決は罰金50万円であった。人一人が、亡くなったにもかかわらずである。

 それだけではない。三田労働基準監督署(東京都港区)は、労働基準法と労働安全衛生法に違反したとして、再度電通に対して、是正勧告を行っている。

 実は、このような例は同社だけではない。日本の多くの会社組織は遵法意識が薄い。前述したパワハラに関する公益通報者保護制度の法整備などが実現し、メディアや社会全体からの制裁が嚴しくなる風潮になれば、態度を改めざるを得ないだろう。

 かつては、法やモラルに反する行為を行うと、消費者団体が不買運動を行ったり、会社前で抗議活動を行うようなケースが多々見られた。私自身は、そこまでのことは必ずしも必要ではないとは考えているが、私たちや家族が被害者になりかねない問題として、一人ひとりが意識し、社会全体に発言していくことは極めて重要なパワハラ抑止になると考えている。

(監修:宮本督)
(執筆:松沢直樹)

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