
「Getty Images」より
「パワハラ」には労働基準監督署が対応してくれない?
ここまで、会社内で行われる強要などの犯罪すれすれの行為が「パワハラ」というソフトな言葉で看過されているおかしさと、厚生労働省がパワハラの定義に着手したことを説明した。
しかしながら、厚生労働省が見解をしめしたパワハラ行為は、実態にそぐわない。そのため、日本労働弁護団をはじめとした労働者支援を行ってきた団体は追及を続けている。このことを考えれば、ブラック企業に対する刑事告訴と違って、労働基準監督署が紙一枚で対応してくれるケースはないと言っても過言ではない。
そのため、パワハラ被害については、会社側と1対1で交渉を行っていく必要があり、筆者の労働相談と労働組合での会社側との交渉経験などから、その方法について述べたい。
脅迫行為を「パワハラ」「退職勧奨」と呼び容認してきた日本人
厚労省がようやく「パワハラの定義」を示したが…… 2019年10月21日、厚生労働省は、労働政策審議会の雇用環境・均等分科会で、パワハラ防止の素案を…
(執筆:松沢直樹)
(監修:宮本督弁護士/中島・宮本・溝口法律事務所)
まずは証拠を集める、会社側にどう対応してもらいたかを明確に
まず重要なのは、あなたがどのような被害を受けているか、可能な限り証拠集めをすることである。一般的にパワハラ被害は、暴言や口頭での恫喝がもっとも多い。上司や同僚から暴言などを受けている場合は、ICレコーダーなどで可能な限り録音するようにしてほしい。
専用のICレコーダーは、3000円くらいで購入できるが、最近はスマホで動く無料アプリもあるので、そういったアプリを利用するのもよいだろう。
また、口頭での発言以外に、証拠となるもの、たとえばメールや文書などがあれば、必ずプリントして保存するようにしてほしい。そういった作業の中で、あなた個人がどのような被害を受けたかを明確にしていくとよい。
経験上の話だが、パワハラやセクハラ被害を訴えた時、相手方がきまって主張するのは、「反論しなかったので、ハラスメントになるとは思わなかった」というものである。つまり、認識の差で悪意はなかったという主張なのだが、そもそも立場上、不利益な対応をされかねないから、逆らえないわけである。
その点をごまかされないために、決して同意したわけではなく、逆らえなかったということを、可能な限り被害を受けた当時のことを思い出して記録してほしい。
被害の証拠保全ができたら、相手方に対してどのような対応を求めるかを明確にする。私自身、労働組合時代に経験した話だが、多くの方は被害を受けた時の感情が高ぶって、相手方に「謝罪して欲しい」と要求することが珍しくない。
だが、いくら謝罪されても気持ちはおさまるものではないし、そもそも謝ってもらってすむ話ではないはずだ。被害を受けた賠償と、職場での地位確保について約束させるほうが好ましい。
弁護士、労働組合に相談するメリット・デメリット
被害の証拠を揃えて、どのような賠償を求めるかを自分で整理できたら、協力してくれる第三者の要請を仰いだほうがいい。
もちろん、自分一人で交渉することも法的には何ら問題はない。だが、相当の気力が必要になるし、第三者の目があるとなれば、会社側も対応を変えざるを得ないからだ。
具体的には、弁護士ないし、労働組合に協力を求めることになるが、それぞれメリット・デメリットがある。以下に示したい。
弁護士に相談するメリット
- ・法律のエキスパートであるため、労働事件以外の問題が介在する場合、その点を突いて交渉に持ち込める(たとえば、暴力を振るわれている場合などは警察や検察に刑事告訴できる)
- ・訴訟を含めた対応をしてもらえる
弁護士に相談するデメリット
- ・費用がまかなえない場合は依頼が難しい
- ・和解後、継続して会社で働き続ける場合は、団体交渉権を持つ労働組合のほうが有利になる場合がある
労働組合に相談するメリット
- ・総じて費用が安価である(年会費と、問題が解決した場合の寄付金程度)
- ・会社側を強制的に話し合いの席に着かせる「団体交渉権」を付与されているため、訴訟を起こさなくても、問題解決を図りやすい
労働組合に相談するデメリット
- ・必ずしも法律に熟知した労働組合ばかりではない上に、交渉経験が少ない組合も多いので、問題解決に至りにくいケースがある
解決に向けて動くための実際の手順
私個人の経験からの意見だが、まずは、労働事件に詳しい弁護士に相談し、賠償請求と職場での地位確保が可能かを相談したほうがよいだろう。その理由だが、パワハラと思われる発言や行動が、労働者の意思に反して労働を強制する行為(労働基準法違反)や、労働者の安全を脅かす行為(労働安全衛生法違反)となっているケースがあるからだ。
このような場合は、労働基準監督署に対して是正申告が行えるし、刑事告訴も可能になる。また、脅迫・強要などといった刑法に抵触する発言や行為があれば、警察や検察に対してアクションを起こす前提で、交渉してもらうことも可能になる。
先に述べた方法で、相談すべき相手のパワハラ行為を洗い出しておけば、法律相談の料金だけで弁護士にリーガルチェックをしてもらえる。その上で、会社との交渉や民事・刑事訴訟の手続きを行う場合の費用を相談して、条件に納得できるようなら委任するのもひとつの方法といえる。
和解後の予防策として労働組合に加入する方法
ただし、先に述べたように、弁護士は労働組合と違って、会社側を強制的に話し合いの席に着かせる「団体交渉権」のような権限を持っていない。そのため、会社で今後とも働き続ける予定なら、弁護士に一連の対処を依頼し、落ち着いた後は、労働組合に入って自衛するというのもひとつの方法だ。
労働組合に入っておけば、今後パワハラを行われたとしても、会社側を話し合いの席に着かせることができるし、組合の対処によっては、労働組合法で認められている職場放棄、いわゆる「ストライキ」などの実力行使も可能になるからだ。
労働組合法では、労働組合に入った社員を、不当に扱うことが禁止されている。しかしながら、実際のところ、不当ないやがらせを行う企業は珍しくない。もし、そのような被害に遭うようなら、職場の同僚など仲間を募って労働組合に加入するという手もある。
労働組合に加盟することを誘うと、だいたいの同僚は嫌がる。しかしながら、不利益な使いを被ったとしても解雇はされないし、万が一労働組合に加盟したという理由だけで解雇を通告された場合、各都道府県に置かれている労働委員会に申し立てを行えば、職場復帰は可能になる。
こういった労働者に与えられた権利を肌で感じることができれば、今まで怯えていた同僚もあっという間に、組合加入へなびくことが珍しくない。そうすれば職場の同僚全体で、会社側の不正に目を光らせることができ、社員にとって働きやすい職場になることは間違いない。
働き続けられる職場に変えるか、転職を選ぶか
とはいえ、会社側と対峙するのはエネルギーが必要であり、簡単なことではない。実際のところ、いくら力を加えても変わらない会社があるのも事実だし、それ以前に今後の競争の中で消滅してしまう会社も少なからずあるだろう。
このような現状もふまえて、最終的にはあなたがどうしたいかをよく見極めよう。今の職場に未練がなく、より良い労働環境に移りたいと考えるなら、賠償をとって転職するのが最適解であるし、会社側と交渉して働き方を変えられるなら、長く働き続けられる最良の職場にすることも可能だ。