
「GettyImages」より
ここ数年、首都圏ではマンション価格の高騰が続いており、都心部においては、すでに一般庶民では手が出ない水準まで上昇している。2019年からマンション市場には逆風が吹いており、東京オリンピックの終了をきっかけに価格が暴落することを期待する声もある。
だが、首都圏のマンション価格は、仮に五輪不況があったとしても、大きくは下がらない可能性が高い。それどころか一部の関係者は国際的に見て日本の不動産価格が割安であることを理由に、さらに値上がりすると見ている。日本の不動産価格は高いだのろうか、それとも安いのだろうか。
すでにマンション市場は失速しているが…
不動産経済研究所の調査によると、2019年(1〜11月)における首都圏マンションの平均価格は6006万円と前年を2.3%上回った。首都圏のマンション価格はリーマンショック以降、ほぼ一貫して上昇が続いており、過去7年間で価格は約1500万円も高くなっている。
マンション市場は2019年になって急激に失速したが、それまでは、価格が上がっているにもかかわらず順調な伸びを示してきた。ファミリー向けマンションを購入するのは投資家ではなく、自己居住目的の人たちなので、将来の値上がりを見込んで投資しているわけではない。
価格が上がっているにもかかわらず、販売が好調だった理由のひとつは量的緩和策による異常な低金利である。低金利の慢性化によってローン利用者の支払総額は大きく減っており、これがマンションの価格上昇分を吸収。購入者が負担する総額がそれほど増えなかったことから、マンションの購入を後押ししていた。
だが平均価格が6000万円を突破するという事態になると話は変わってくる。多くの購入者が、親から資金援助してもらい、夫婦共働きで長期の住宅ローンを組んでいると考えられるが、それでも6000万円(利子を含めると8000万円近くになる)という水準になると、さすがに手が出なくなる。
こうした事情から、一部のメディアではオリンピック終了をきっかけに、マンション価格が暴落すると予想しているが、よほどのことがない限り、価格の暴落は起きない可能性が高い。その理由は、全世界的に資材価格が高騰していることに加え、相対的に日本の不動産価格が安く推移してきたからである。
マンション建設に必要なコストが上昇している
マンション建設に必要となるコストは、コンクリートや鉄筋、内装といった各種資材コスト、土地の取得コスト、そして建設コストの3つである。ここ数年、すべてのコストが上昇しており、マンションのデベロッパーは追加負担の増加に悩まされている。
いくら需要が減っても、赤字で販売することはできないので、コストが高い状況では販売価格は下げようがない。つまり、デベロッパー各社は安く売りたくても売れないというのがホンネなのだ。
では、各種コストはなぜ上昇しているのだろうか。もっとも大きいのは経済のグローバル化である。
近年、各国経済の連動性が高まり、国よって価格差が生じにくい構造となりつつある。特にグローバルに取引される商材はその傾向が強く、建設に必要な資材価格はまさにその典型ということになる。ここ数年の世界経済拡大によって資材価格は全世界的に高騰しており、日本の建設会社だけが、資材を安く調達するのは不可能となっている。
もう一つは国際的な不動産価格の推移である。
不動産というのは、非常に汎用性の高い資産であり、全世界の投資家にとって投資しやすい対象のひとつである。相対的に不動産価格が安い国があった場合、海外資本が流入し、国際的な価格水準に近づくことになる。日本はそうした影響をあまり受けなかった部類に入り、日本の不動産価格はむしろ低く推移してきた。
OECDの調査によると、2000年を100とした日本の不動産価格は78.5となっており、諸外国では唯一、価格が下がっている。ここ数年は徐々に上がってきたが、長期的に見ると日本の不動産価格はまだ安いというのが現実だ。
諸外国では億ションは億ションではなくなっている
一方で、諸外国の不動産価格は驚くべき水準まで上昇している。
同じ期間で、米国は1.8倍、英国は2.5倍、オーストラリアは何と3.5倍にまで上がっている。主要国では低い部類に入るドイツでも約1.5倍である。特にリーマンショック以降の価格上昇が顕著となっており、相対的に見ると日本の不動産価格はかなり安い。
元グーグルのエンジニアが立ち上げた国際価格比較サイトNUMBEOによると、東京(中心部)におけるマンションの平均価格(70平方メートル)は約8200万円だが、同じ基準で比較するとロンドンは1億5000万円、シンガポールも1億5000万円、ニューヨークは1億2000万円、上海が約1億円と軒並み億単位になっている。
シドニーでようやく日本と同水準となり、明らかに日本より安いのはバンコクくらいである。当然のことながら賃貸価格は不動産価格に比例するので、東京におけるマンションの家賃も諸外国と比較するとかなり安い。
日本では「億ション」という言葉があり、1億円を超えるマンションというのは富裕層が購入するものというイメージが強い。かつては諸外国も同じで、百万ドルのマンションは高嶺の花という時代があったが、全世界的に驚異的な経済成長が続き、日本だけがその流れに取り残されたことで、億ション=富裕層というのは日本だけの常識となってしまった。
先進諸外国における1億円のマンションというのは、一定以上の仕事に就いている中産階級が普通に購入する物件であり、明らかに日本における常識と世界の常識は乖離している。
量的緩和策による影響も大きい
諸外国ほどではないにせよ、日本の不動産価格もこうした海外市場の影響を受けるので、デベロッパーによる土地の取得コストは年々、上昇している。資材価格も上がっているため、デベロッパーがマンション1棟から得られる利益率は低下する一方だ。
近年では極端な人手不足となっており、建設作業員の確保が難しいという問題も浮上している。ある程度の賃金を出さないと人が集まらないため、工事にかかる人件費も増加しており、まさにデベロッパーにとってはトリプルパンチである。
しかも困ったことに、日銀が量的緩和策を継続中であり、市中は行き場のないマネーで溢れかえっている。銀行はリスクの大きい企業の設備投資向け融資には及び腰となっており、資産価値が確実に担保される不動産への融資を強化している。
デベロッパーはほぼゼロ金利でお金を借りることができるので、仮に利益率がギリギリであってもマンションを作ったほうが合理的だ。しかも売れ残った場合でも、銀行は継続して融資をしてくれるし、金利負担も少ないので、安値で叩き売ることはせず、売れるまで物件を寝かし続ける可能性が高い。
その結果、マンション市況が悪化しているにもかかわらず、価格が下がらないという奇妙な事態となっている。
グローバルな経済環境がすぐに変わる可能性は低く、当分の間、このような状況が続くと考えられる。少なくとも五輪不況で価格が暴落するという期待はあまり持たないほうがよさそうだ。