名曲「メモリー」
「キャッツ」で同じくよく知られているものといえば、名曲「メモリー」です。実際に観たことのないひとでも、テレビCMでいちどは耳にしたことがあるのではないでしょうか(劇団四季が「キャッツ」で興行的に大きな成功をおさめたのは、日本版演出を手掛けた劇団四季の創設者、浅利慶太氏のたぐいまれな政治力により実現したテレビCMの影響力が大きな理由のひとつにあります)。
その「メモリー」を歌うのは、娼婦猫のグリザベラ。かつては人気のあったグリザベラも今は年老いてみすぼらしく、姿はぼろぼろ。他の猫たちからさげすまれ仲間外れにされていますが、弱ったからだをひきずり、舞踏会に現れます。
初めに登場したグリザベラが歌う「メモリー」は、美しい過去の思い出を振り返り、懐かしむだけ。そんな彼女は誰からも相手にされませんが、長老猫からかけられた言葉によって変わっていき、夜明けとともに新しい自分へと生まれ変わることを心から望みます。その夜、最も純粋な猫に選ばれたのはグリザベラ。彼女は皆に見守られながら、天に昇っていきます。
原作の詩が子ども向けであるため、劇中ではグリザベラが娼婦としてどのように生きてきたかの明確な描写はありませんが、エリオットはキリスト教信者であり、グリザベラにはマグダラのマリアがオーバーラップされているという解釈がなされています。ウェバーの作曲した旋律の美しさもあいまって、「メモリー」を歌い上げるグリザベラは、外見や過去に犯した罪でひとを判断することの愚かしさや、寛容さや許容の大切さを理屈抜きに訴えかけてきます。
グリザベラと同じ老猫で、過ぎ去った栄光の過去にしばられているのが、元役者猫の通称「ガス」ことアスパラガス。今は落ちぶれてしまったガスは、役者だったころのはまり役だった海賊猫の劇中劇が展開されます。しかし彼はグリザベラに「負け」てしまい昇天はできず、どれだけつらくとも今後も生きなければいけません。「キャッツ」は猫のファンタジーですが、ガスの生きる切なさには、共感してしまうひとは多いのではないでしょうか。