福岡県警の「性犯罪防止」キャンペーンに、SNSで「性犯罪被害者に“自衛”を求めないで」という批判が相次いだ。
福岡県警は「三大重点目標」のひとつとして「性犯罪の根絶」を掲げており、その一環として「性犯罪防止」キャンペーンを実施。1月21日にはJR博多駅前で街頭啓発キャンペーンが行われ、イケメン警察官キャラクターの創作イラストを用いたり、福岡市出身で西日本鉄道陸上部の福田穣選手が“イケメンランナー”として一日広報大使を務めたりしてアピールが行われた。
キャンペーン当日、福岡県警は街を歩く女性や子どもたちに対して<防犯ブザーを持ち歩くなど性犯罪の被害に遭わない対策に力を入れてほしい><玄関や窓の鍵を必ず閉めて就寝していただければ>と呼びかけ、注意喚起のチラシを配布。防犯ブザー2,000個の贈呈や、防犯アプリ「みまもっち」のPRも行われた。
街頭啓発キャンペーンを報じた九州朝日放送の地元ニュース番組によれば、福岡県は人口10万あたりの性犯罪認知件数が全国ワースト5位(2019年度)。福岡県警は、若い女性に防犯意識の向上を訴える目的で、イケメンキャラや広報大使を起用したキャンペーンを企画したという。
しかし、このキャンペーンに対して、Twitterでは批判の意見が相次いだ。
<若い女性を対象にして性犯罪防止を訴えるなんて間違ってる>
<イケメンを使えば興味を持つだろうなんて女性に失礼>
<なぜ加害者ではなく、被害者側に働きかけるの?>
一方で、「被害者になり得る人に自衛をお願いすることの何が問題なのかわからない」「防犯意識を持ってもらうのはいいことじゃないの?」と疑問を持つ声もある。
性犯罪において、被害者側に自衛を求めることはなぜ問題なのだろうか。性暴力被害当事者と支援者の団体である一般社団法人Spring(以下、Spring)にその理由を聞いた。
2020年、性暴力に関する刑法を改正したい。被害実態を国会に届け「世界を変える」
今年3月に相次いだ性暴力事件の無罪判決を、あなたは覚えているだろうか。 福岡地裁、静岡地裁、名古屋地裁で、計4件もの性暴力の無罪判決があった。…
性犯罪は“被害者の自己責任”か?
ーーSpringは、福岡県警の「性犯罪防止」キャンペーンについて公式Twitterアカウントでも抗議のツイートをしていましたが、スタッフ間ではどのような意見が交わされましたか。
「全体的に、このキャンペーンについてはズレているという印象を受けました。たとえば、今回のキャンペーンでは、玄関や窓の鍵をきちんとかけましょうといった呼びかけが行われていましたが、すでに多くの人が実行していることですよね。こうした安易な啓発は、性犯罪=見知らぬ人が突然家に侵入してきて被害に遭うもの、という誤ったイメージを与えかねません」
平成29年度に内閣府が発表した「男女間における暴力に関する調査」では、無理やり性交等された被害経験がある人のうち、加害者との関係を「まったく知らない人」と回答しているのは男女ともに約1割にとどまるという。
「押し入られての被害もあるのでそれを防止する対策は重要ですが、多くの人は、配偶者や交際相手、親族を含む顔見知りの人から性暴力被害を受けていることは各種調査からも明らかです。福岡県警のキャンペーンは、性暴力被害の実態とはかけ離れているものではないでしょうか。
また、女性と子どもに呼びかけているという点も、性暴力には男性の被害者もいるという視点が抜け落ちていると思います。
女性に訴求するためにイケメンキャラやイケメン広報大使を起用して啓発が行われたことについても、イケメンを使えば女性が関心を持つだろうという意図が透けて見え、女性を安易に見ているなと感じます」
ーー他の犯罪においても被害者に向けて注意を促すことはありますよね。性犯罪では、なぜ被害に遭う可能性のある人に“自衛”を促すことが問題視されるのでしょうか。
「もちろん、防犯意識を持つこと自体は悪いことではありません。ただし、性犯罪の場合は他の犯罪とは違って、被害に遭ったことを被害者の“落ち度”と見なされやすいという特徴があるのです。
たとえば、福岡県警のTwitterを見ると、飲酒運転においてはドライバーに対して『飲んだら乗るな』という注意喚起をしています。でも、被害に遭う歩行者へ『飲酒運転の車が突っ込んでくるかもしれないので、夜道を歩くのは控えましょう』という呼びかけはしていません。
ではなぜ、性犯罪においては、被害者に“自衛”を求めることが当たり前のものとされるのでしょうか。性犯罪防止キャンペーンで、被害者層である女性に“自衛”を求める今回のキャンペーンは、性犯罪=被害者の自己責任という偏見(※)を強めかねません。さらにいうと、『隙のある被害者が悪い』というのはほとんどの性犯罪加害者に見られる他責思考でもあるので、それを肯定し強化するようなアプローチは結果的に“加害者支援”になります」
(※)性暴力に対する誤解や偏見は「強姦神話」とも呼ばれる。
「強姦神話」とは、レイプ被害に遭ったのは被害者が短いスカートを履いていたから、夜道を歩いていたから、などというステレオタイプな認識のこと。
――性犯罪被害者は、どのような状況に置かれているのでしょうか。
「Springの活動を通しては、被害者が勇気をもって警察に相談しても『あなたに隙があったのではないか』『抵抗すれば逃げられたのではないか』『男性と二人きりになったなら仕方がない』などと責められたことがあるという声を何度も聞いたことがあります。もちろん親身に対応してもらえたという方もいますが、性犯罪被害者への偏見は警察の側にもあると思われます。先ほどの飲酒運転の例だと、被害者が『あなたがその時間に歩いていなければ事故に遭わなかったのでは』と警察からいわれることは、まずないでしょう。
内閣府の調査によれば、性被害を受けた人のうち女性の約6割、男性の約4割は誰にも相談しておらず、暗数(統計に表れなかった数字のこと)が多いこともわかっています。性犯罪は、被害者が被害を打ち明けにくいという特徴もあります。
こうした状況があるなかで、被害者層とされている女性や子どもに警察が自衛を促すことは、被害者が気をつければ性犯罪は減少する=被害者の自衛が足りないから性犯罪が発生する、というメッセージを広める恐れがあります。
そして、勇気をもって警察に相談したいと思っている被害者に対しても、自衛をしなかったあなたが悪いと言われるのではないかという不安を与えて、よりいっそう被害者の声を封じてしまう可能性も考えられます」
――今後、警察にはどのような性犯罪防止の取り組みを求めますか。
「被害者に“自衛”を促すことで、性犯罪を被害者側の問題にしないでほしいと思います。性犯罪を抑止するためのキャンペーンであれば、加害者、そして社会に向けて性暴力が重大な人権侵害であることや、性犯罪が被害者の人生に長期にわたって影響を及ぼすことを伝えて、性犯罪防止につなげてほしいです。
Springは昨年、警察庁から依頼を受け、警察大学校で被害者の実態、心理を伝える講義を行っています。警察官の方々は捜査のプロではありますが、被害当事者として、被害者が被害後すぐに通報できない心理や、被害者が自責をしないために使ってほしい言葉をお伝えしました。当事者の声が現場で活かされるよう、こういった取り組みも広がってほしいと思います」
◆
今回の福岡県警の性犯罪キャンペーンに対して筆者が抱いた印象は、性暴力被害経験のある人からすれば傷つくかもしれず、もし被害に遭ったとしても自衛が足りないからだと責められるのではないか……というものだった。少なくとも、被害者が安心して相談に行こうと思えるものではなかったのではないだろうか。
一方で、昨年2月の「西日本新聞」記事によれば、福岡県警は2017年から県内の鉄道警察隊が痴漢や盗撮の取り締まりを強化しており、<女性警察官が心のケアを十分しながら捜査するので、安心して相談してほしい>というコメントも。また、福岡県出身芸人を起用した啓発動画もYouTube上に公開、福岡県警察公式チャンネルにて視聴できる。この動画でも被害者と想定される女性に自衛を求めている点では共感はできないが、<悪いのは犯人。でも少しだけ防犯意識を持ち歩こう>というメッセージを含んでいるように、福岡県警も被害者が悪いと思っているわけではないのだろう。
被害の実態や被害者心理が反映され、その意図が正確に伝わる性犯罪防止キャンペーンが実施されることを願う。
2020年、性暴力に関する刑法を改正したい。被害実態を国会に届け「世界を変える」
今年3月に相次いだ性暴力事件の無罪判決を、あなたは覚えているだろうか。 福岡地裁、静岡地裁、名古屋地裁で、計4件もの性暴力の無罪判決があった。…
(取材・構成 雪代すみれ)