
『フライデー・ブラック』(駒草出版)著:ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー 訳:押野素子 2月3日発売 https://www.komakusa-pub.jp/
ニューヨーク在住の作家、ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤーのデビュー短編集『フライデー・ブラック』の邦訳が、駒草出版より2月3日に発売となる。
アメリカの人種問題をユニークな手法で鮮烈に描いた本作は、本国アメリカでは2018年に出版されている。若手作家のデビュー作としては異例の高評価を得て、ニューヨーク・タイムス紙のベストセラーとなる。
アジェイ=ブレニヤーは一躍、文壇の新星となり、本作は世界各国で翻訳出版された。当人はテレビの高視聴率トーク番組も含む多数のメディアの取材を受け、収録作品の一つは映画化が決定している。
このアジェイ=ブレニヤーにインタビューする機会を得た。
日本にもある黒人差別
ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー(以下、ナナ)の書く物語は「人種問題」「ディストピア」「家族」を核とする。作風はダーク、シュールと形容されるが、行間からは体温のある生身の人間と、彼らが紡ぎ出す家族愛が滲み出ている。とはいえ、土台がアメリカの強固な人種差別と暴力であることは間違いない。
日本にも厳然たる黒人差別が存在する。折しも今、ガーナ人と日本人とのミックスである、なみちえ(ラッパー、着ぐるみクリエイター)が現代ビジネスに寄稿した記事が話題となっている。
「ガイジン」と言われ、見た目で差別され続けた私の22年、忍耐の記憶「ハーフ」の私が見てきたこと」
日本という国で黒い肌を持つことにより、常に精神を削られ続け、そこから目には見えない血を流し続けたなみちえの、その鮮血が見えるかのような凄まじい告白文だ。
Netflix『ボクらを見る目』とのリンク

ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー
撮影:Brad Pace
奇しくもナナもガーナ系だ。ガーナからアメリカに移住した両親のもと、1991年にニューヨークで生まれている。
ナナの作品では実際に血が流される。しかも大量の。過去に起こった人種暴動をなぞる古典的な物語などではない。現代アメリカが抱える深刻な黒人問題をミレニアル世代(1980年代〜2000年代初頭までに生まれた世代)ならではの、コミック/アニメのセンスも見え隠れするシュールなディストピア描写としているのだ。そこには得(え)も言われぬ、ゾッとするユーモアも漂う。
本書の冒頭に収められている「フィンケルスティーン5<ファイヴ>」は非常にショッキングな内容であると同時に、日本人読者にとっては米国社会における黒人の立ち位置を知るためのテキストブックにもなり得る。
主人公の黒人青年は、その日の自分の服装、話し方、立ち居振る舞いによって自身の「黒人度数」を計る。白人と接する際には全てを控えめにして黒人度数を少なくとも4.0くらいまで下げておかねばならない。黒人特有の話し方や服装で8.0まで上げるなど、もってのほかだ。物語の登場人物や書き手のナナも含め、大卒・院卒の高学歴者であっても同じだ。
物語には、2012年に当時17歳の黒人少年トレイヴォン・マーティンが自警団を名乗る男に射殺された事件を含め、実際に起きた命にまで関わる黒人差別事件がいくつも織り込まれている。
そもそも「フィンケルスティーン5」というタイトルは、1989年にセントラルパークで起こった白人女性レイプ殴打事件に由来する。ハーレムに暮らす5人の黒人とラティーノの少年が誤認逮捕され、厳しい実刑判決を受けたものの、後に真犯人が判明した事件だ。当時のニューヨークを震撼させた大事件であり、5人の少年は「セントラルパーク5」と呼ばれた。この事件は昨年、ネットフリックスでドラマ化され、これも大きな話題となった。
ちなみに事件当時、すでに著名な不動産王であったドナルド・トランプは、中高生だったセントラルパーク5の少年たちに死刑を求めている。つまり黒人たちは今、権力を手にした人種差別主義者を大統領として抱えてしまっているのである。
トレイヴォンやセントラルパーク5の少年たちは、ティーンエイジャーとしてごく当たり前に振舞っていた−−黒人度数を上げていた−−ために殺されたり、逮捕された。だからこそ「フィンケルスティーン5」の主人公は黒人度数を下げる努力を続けているのだ。
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作中には「企業は人種マイノリティも雇用しなければ社会的に批判されるために少人数を雇うが、一定数以上は雇用しない」「黒人の子供は実年齢より年上に見える(と白人は主張する)ため、大人と勘違いされて殺害される」といった、黒人なら誰もが知る、だが白人は知る由もない現実も出てくる。社会的、経済的な不利を被るだけでなく、命をも落とす可能性を日々抱えて生きる黒人たち。彼らの精神が忍耐の限界に達した時に起こした行動とは……
この物語は黒人、白人、アメリカにおける黒人差別の実態を目の当たりにする機会のない日本人の三者それぞれに、異なる種類の衝撃を与えるはずだ。
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