
「GettyImages」より
消費税が10%に増税され、すでにさまざまな経済指標で景気悪化が現れ始めているが、息つく暇もない。6月にはキャッシュレス消費者還元事業が終了する。つまり7月からキャッシュレスによる消費も増税されるということだ。
そして、フリーランスや個人事業主にとって特に影響が大きいのが、2023年10月1日から始まる消費税のインボイス制度(適格請求書等保存方式)だ。現在年間売上が1000万円以下で免税事業者となっているフリーランスや個人事業主は、仕事を減らしてでも免税事業者を続けるか、課税事業者になって納税するかの選択を迫られる。
このインパクトは大きい。生活そのものが立ち行かなくなる人も多く出てくるだろう。フリーランスの人やこれからフリーランスで働こうとしている人は、インボイス制度の仕組みについて知っておかなければならない。
フリーランスと個人事業主は違う?
まず、フリーランスと個人事業主の違いについて簡単に触れておきたい。
フリーランスには、ライターや翻訳家、プログラマー、デザイナー、カメラマン、小説家など、さまざまな仕事をしている人がいる。クリエイティブ系だけでなく、コンサルタントやファイナンシャルプランナーなどにもフリーランスはいる。つまり、特定の会社に雇用されずに、案件ごとに仕事を請け負う個人の職業人だ。
このフリーランスのうち、法人を設立している人以外は個人事業主となる。例えばライターの私の場合は、税務署に個人事業主として開業届けを提出している。
今回のインボイス制度の影響を受けるのは、年間の売上(課税売上高)が1000万円以下で、これまでは免税事業者として消費税を免除されてきた個人事業主を含めたフリーランスとなる。
インボイス制度とはどのような仕組みか
インボイス制度とはどのような制度だろうか。
昨年の消費税増税時に軽減税率が導入されたが、これに伴い、これまでの「請求書等保存方式」から複数税率に対応した「適格請求書保存方式」に変わる。これがインボイス制度だ。
従来の請求書保存方式では、仕入れ先や外注先から発行されたさまざまな様式の請求書を保存しておけば、発注者はたとえ免税事業者からの請求書でも、仕入税控除の対象にすることができた。
仕入税控除とは次のような計算を示す。
例えばある会社で1000万円の売上があった場合、単純に計算すれば1000万円の10%である100万円が消費税の納税額になる。しかし仕入れ時に800万円を支払っているとすれば、その内の10%である80万円は既に納税していることになる。そこでこの80万円を100万円から引いた残りの20万円を納税すれば良いという仕組みが仕入税控除だ。この控除額には、免税事業者からの請求分も含まれていたのだ。
ところがインボイス制度が始まると、軽減税率の区別が行われている適格請求書(インボイス)に記載されている消費税額しか控除されなくなってしまう。
これまでの請求書では、請求者の氏名・名称、取引年月日、取引内容、対価の金額、そして請求書の受領者の名称が記載されていれば良かった。
しかし適格請求書になると、以下の項目が記載されていなければならない。以下は国税庁の『適格請求書等保存方式の導入について|国税庁』より引用した(★マークは筆者)。
- ・適格請求書発行事業者の氏名又は名称及び登録番号★
- ・取引年月日
- ・取引内容(軽減税率の対象品目である場合はその旨★)
- ・税率ごとに合計した税抜又は税込対価の額及び税率★
- ・消費税額等
- ・書類の交付を受ける事業者の氏名又は名称
特に★マークを付けた項目が特徴的だ。そして、その中でも「登録番号」が重要になってくる。
適格請求書は書き方が変わるだけではない
「登録番号」以外は、すぐにでも誰もが対応できるだろう。問題は、「登録番号」を持たない免税事業者には、適格請求書を発行できないということだ。登録番号は、税務署に適格請求書発行事業者として登録した事業者のみが保有できる。この登録番号がなければ、その請求書は適格請求書として認められない。
つまり、クライアントにとっては、適格請求書発行事業者ではないフリーランスからの請求書では、仕入税控除を受けることができなくなるのである。
そして適格請求書発行事業者として登録できるのは、消費税の課税事業者だけだ。
現在年間売上が1000万円以下で免税事業者であるフリーランスの請求書では、クライアントは仕入控除を受けられなくなってしまう。そのため、クライアントとすれば、免税事業者にはこれまで支払ってきた消費税を支払えない(あるいは払いたくない)ことになる。
一方の免税事業者からすれば、これまで収入になっていた消費税分の10%が請求できなくなってしまうということだ。これはかなり痛い。
例えば、現在の年間売上が500万円のフリーランスは、そこに含まれていた消費税分も収入としていた。すなわち、以下の式の通り、約45万円は益税だったのだ。
500万円-(500万円÷1.1)=約45万円
しかしインボイス制度導入後は、この消費税分を納税しなければならない。500万円を単純に12カ月で割れば約42万円だから、1カ月分の売上げより大きな額を失うことになるのだ。
それなら課税事業者になれば良いのかというと、課税事業者は消費税を納税しなければならないので、同じことである。
なぜ、インボイス制度が導入されるのか
なぜ、インボイス制度が導入されるのか。これはすでに触れたように、軽減税率により税率が複数になったためだ。いや、それだけなら請求書で書き分ければ良いだけだろう。
本当の目的は、軽減税率の導入を機会に、これまで免税事業者に許されていた益税を排除することだといわれている。
確かに、免税事業者は、本来であれば支払うべき消費税を免除されていたのだから、この弱者に対する保護策を止めるだけの話ともいえる。
政府は「働き方改革」で働き方の多様化を進めるとしている。その結果増えていくフリーランスからもしっかり消費税を取れるようにしたというところだろうか。
しかし、すでに試算したように、1カ月分の売上げを超える金額を失うことは、多くのフリーランスにとって、甚大なダメージとなるだろう。これは節約すれば浮かせるという小さな金額ではなく、売上を伸ばしてカバーするにも大きすぎる金額なのだ。
インボイス制度で免税事業者は仕事がなくなる?
フリーランスにとってのダメージは、単純に納税分を失うだけではない。まだあるのか、とげんなりするかもしれないが、この可能性は直視しておかなければならない。
まず、インボイス制度導入後も免税事業者のままでいると、仕事が減ってしまう可能性がある。特にクライアント1社当たりの支払いが大きいほど、そのクライアントは仕入税控除を適用できる課税事業者を仕入れ先や外注先に選びたくなるということだ。どうしてもそのフリーランスでなければならない、という事情があれば別だが。
次に、免税事業者のままだと、報酬を下げられてしまう可能性がある。つまり、発注者としては仕入税控除を受けられない分、報酬額から消費税分を差し引いた額でなければ発注しにくくなるためだ。ただ、発注者側からは値下げを要求しにくい。消費税転嫁対策特別措置法や下請法に違反する恐れがあるからである。
しかし、発注者は単に課税事業者に発注先を変えれば済む話なので、力関係が弱いフリーランス側から値下げを申し出てしまうことはあり得る。
免税事業者はどうすれば良いのか
それでは、免税事業者となっているフリーランスは、インボイス制度に対してどのような対策を取れば良いのか。結論を述べてしまえば、減収から逃れる対策はなさそうだ。というのも、フリーランスには選択肢は3つしかないと考えられるためだ。
1つめは、何もせずに免税事業者のままでいること。この場合は、クライアントが課税事業者を選ぶようになれば仕事が減る。あるいは、仕事を失わないために、自主的に値下げを行う圧力が加わるかもしれない。もしフリーランス側に強みがあれば、これまで同様消費税を乗せた報酬額で仕事を発注してもらえるが、そのときはクライアント側が仕入税控除を受けられないことで、消費税分を負担してくれていることになる。したがって、交渉は難しいかもしれない。
2つめは、売上げが1000万円以下のままでも適格請求書発行事業者になることだ。そうすれば、クライアントには適格請求書を発行でき、クライアントは仕入税控除を受けられるため、これまで通りに仕事を発注するだろう。ただし、適格請求書発行事業者になるので、これまで行っていなかった消費税を納税しなければならないので所得は減る。
そして3つめは、年間売上1000万円を超える課税事業者になることだ。売上げが1000万円を超えても、2年間は消費税を免除されるので、その間に、課税事業者としてやっていけるビジネスモデルを構築する。
これらの選択肢の中では、3つめが最も前向きで、結果的な収入は増えるが、これまで以上の努力や工夫、あるいはビジネスモデルの転換を図らなければ難しいだろう。フリーランスで年間売上1000万円を超え続けることは、たやすいことではない。
少しでも節税するには
しかし、納税額を少しでも小さくする方法はある。それは簡易課税制度を利用する方法だ。簡易課税制度とは、自分が支払った消費税を、ざっくり決めてしまえる制度である。
つまり、「みなし仕入率」に「売上に対する消費税(つまりクライアントから預かった消費税)」を掛けるだけで納税額を決められるのだ。見なし仕入率は以下の様に業種で決められている。(『No.6505 簡易課税制度|国税庁』より)
- ・第一種事業(卸売業)は90%
- ・第二種事業(小売業)は80%
- ・第三種事業(製造業等)は70%
- ・第四種事業(その他の事業)は60%
- ・第五種事業(サービス業等)は50%
- ・第六種事業(不動産業)は40%
ライターであれば、第五種事業で50%となる。簡易課税制度を利用すれば必ず節税できるとは限らないが、以下のような場合は節税になる。
年間売上が500万円で、経費が50万円だった場合の本来の納税額は以下の通りだ。
売上に対する消費税(つまりクライアントから預かった消費税)は、500万円−(500万円÷1.1)=約45万円
経費で支払った(つまり納税済みの)消費税は、50万円-(50万円÷1.1)=約4.5万円。したがって納税すべき消費税は、約45万円-約4.5万円=約40.5万円となる。
これに対して簡易課税制度を利用すると、以下の通りになる。
売上に対する消費税(つまりクライアントから預かった消費税)は同じで、500万円−(500万円÷1.1)=約45万円。経費で支払った(つまり納税済みの)消費税は、約45万円×50%=約23万円。
したがって納税すべき消費税は、約45万円-約23万円=約22万円。この例の場合は、約40.5万円-約22万円で約18.5万円の節税ができたことになる。これは利用しない手はなさそうだ。
インボイス制度のフリーランスにとってのメリットとは?
結論を言うと、メリットはなさそうだ。すでに述べてきたように、免税事業者のままでいれば必ずとは言えないが、仕事が減るか報酬が引き下げられる可能性がある。
かといって適格請求書発行事業者になり課税事業者になれば、これまで払わずに済んでいた消費税を支払わなければならない。
年間売上が1000万円を超えるためには、これまで以上に働くか、より効率の良い案件を見つけるか、あるいはより高い報酬を得られる事業者にレベルアップするか、ビジネスモデルの転換を図らなければならない。
最も切ない選択肢として、廃業を選ぶ人も多く出てくるだろう。このとき、生活できるだけの給与を得られる仕事に再就職できれば良いのだが、できなかったときはどうなるのか。
たったひとつメリットがあるとすれば、“より稼げるフリーランス”に“ならざるを得ない”機会になるかもしれないということだ。いずれにしても、フリーランスには茨の道が待っている。