最賃引き上げ問題、中小零細企業への補助が招く一喜一憂

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「GettyImages」より

 安倍晋三首相は1月20日、同日召集された通常国会で施政方針演説を行い、今年の政府方針を述べた。

 その中で、安倍政権のこれまでの実績のひとつとして挙げたのが、企業が従業員に支払わなければならない最低賃金の引き上げだ。安倍首相は「史上初めて全国平均900円を超えました」と胸を張った。

 政府は昨年6月に閣議決定した経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)で「より早期に全国加重平均で1000円を目指す」との目標を掲げている。

 これに対し野党はいずれも、1000円以上への引き上げを求め、一部ではさらに大幅な引き上げを主張する。昨年4月、山本太郎前参院議員が設立した新党、れいわ新選組は、公約のひとつとして最低賃金1500円の実現を掲げた。共産党も全国一律で速やかに1500円を目指すとしている。

賃金引き上げを歓迎する日本の世論

 大手メディアはおおむね、最低賃金の引き上げに賛同する。さらに踏み込んで、最低賃金の都市と地方の格差を縮めるため、「地方の最低賃金を一層引き上げるべきだ」(毎日新聞社説、2019年8月1日)とする主張もある。要するに、日本の世論は最低賃金引き上げの大合唱である。

 この事実には愕然とせざるをえない。日本人の多くは、中学・高校で経済学の初歩くらいは学んだはずだ。そこで必ず教わる法則がある。「需要・供給の法則」である。

 競争が自由な市場経済では、供給量(売ろうとする商品・サービスの量)よりも需要量(買おうとする商品・サービスの量)が少ないと、商品が売れ残るので市場価格は下がる。 需要量よりも供給量が少ないと、商品・サービスが足りなくなるので市場価格は上がる。このように市場価格が上下に動くことによって、供給量と需要量が釣り合い、売れ残りも品不足もない状態に近づいていく。

 ところが、何かの理由で価格の動きが妨げられると、供給量と需要量の調整ができなくなる。供給量と需要量が釣り合う水準まで価格が下がらないと、商品が売れ残る。釣り合う水準まで価格が上がらないと、品不足が解消されない。

 需要・供給の法則は、労働者が提供するサービス、つまり労働にも当てはまる。労働の価格、つまり賃金が自由に上下に動けば、労働者が提供する労働の供給量と、企業などが求める労働の需要量がうまく釣り合う。

最低賃金の引き上げは失業を増やす

 しかし、政府によって最低賃金が定められ、それより安い賃金が禁止されたら、どうなるだろうか。労働の供給量と需要量が釣り合う水準まで賃金が下がらないから、労働に「売れ残り」が生じる。つまり、失業である。

 最低賃金の引き上げは失業を増やす。別の角度から説明しよう。ある会社で1時間に払える賃金が合計50万円で、最低賃金が時給800円のとき、雇える人数は最大625人(50万÷800)である。最低賃金が1000円に引き上げられると、雇える人数は最大500人(50万÷1000)に減る。減った分、失業が増える。

 衣服でも住宅でも、価格が十分に下がらなければ売れ残る。それは労働サービスも変わらない。政府が最低賃金を定め、それより安い賃金を禁止すれば、失業が生じる。国や時代を問わず、この経済の法則から逃れることはできない。

 最低賃金を上げても、失業が増えたように見えないことはある。けれどもそれは、他の条件が変わったためにそう見えないだけだ。たとえば労働時間を短くすれば、最低賃金が上がっても払う賃金の総額は増えないので、雇用を維持することができ、失業は増えない。

最低賃金の引き上げが失業者数を増やした韓国

 隣の韓国の経済状況は、最低賃金の引き上げがもたらす影響を顕著に物語っている。文在寅(ムン・ジェイン)政権は最低賃金を2018年は16.4%、2019年は10.9%とそれぞれ大幅に引き上げた。その結果は、若者を中心とする失業だ。

 韓国・聯合ニュースが同国統計庁の発表に基づき報じたところによると、2019年の失業率は3.8%で、2001年(4.0%)以来の高さとなった前年と変わらなかった。失業者数は106万3000人で、4年連続で100万人を超えた。若年層(15~29歳)の失業率は8.9%で前年比0.6ポイント改善し、2013年(8.0%)以来の低水準。しかし、実感に近い失業率とされる若年層の雇用補助指標は22.9%で、統計の作成が始まった2015年以降で最も高かった。

 韓国では若者の失業率がもともと高く、社会不安の一因になっているといわれる。最低賃金の引き上げは、その傾向に拍車をかけた格好だ。

 文政権が最低賃金を引き上げた狙いは、低所得層労働者の所得増をテコに消費を増やし、景気回復につなげるというものだった。だが、実際には逆効果となっている。

 韓国・中央日報によれば、低所得層の時間当たり賃金は昨年、大きく上昇したものの、月間給与は減少した。最低賃金引き上げを受け、自営業者などの雇い主が雇用時間を減らしたためだ。

 韓国だけではない。米ワシントン州シアトル市では2015~2017年に最低賃金を15ドル(約1640円)まで段階的に引き上げた。ワシントン大学の経済学者グループがまとめた報告書によれば、この間、最低賃金が1%上がるにつれて、労働時間が3%短縮されたという。

 韓国では中小企業が賃金高騰の負担に耐え切れず、廃業に追い込まれるところも相次いでいる。日本でも中小企業の危機感は強い。日本商工会議所など中小企業3団体は昨年5月、政府が進める最低賃金引き上げの議論に反対する緊急提言を発表した。

最低賃金の引き上げで招く賃金収入の減少や失業

 中小企業の反発を和らげるためか、厚生労働省は中小企業が最低賃金を引き上げやすくするため、助成制度の対象を拡大する。日本経済新聞によると、最低賃金を上げ、かつ生産性向上につながる設備投資をした場合に出す「業務改善助成金」の対象について、従業員数30人以下から100人以下に拡大する。一度に大きく賃上げする企業への助成額も増やすという。

 れいわ新選組も公約で、最低賃金の引き上げについて、中小零細企業に影響がないように、不足分は国が補填するとしている。

 政府が補助すれば、中小企業も最低賃金の引き上げが可能になるかもしれない。けれどもそれは結局、税金で賃金の一部を払うのと同じだ。その分の税金を誰かが負担しなければならない。

 もしそれが大企業であれば、税負担が増える分、設備投資や製品開発などに回せるお金が減り、結果的にその関係の仕事を請ける中小企業の業績にも響くだろう。コストダウンのため人件費の削減に迫られ、賃上げで一時喜んだ従業員は一転して賃下げや解雇に直面する可能性がある。

 最低賃金の引き上げで、労働者はむしろ賃金収入の減少や失業という不幸を味わう。経済の法則に反する政策は、それがどんなにバラ色に見えたとしても、人を幸せにすることはできないのだ。 

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