観光地でも住民を最優先に 観光立国オランダはオーバーツーリズムのタブーを破壊するか

文=ユイキヨミ
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(写真:ユイキヨミ)

 有名なガイドブック「ロンリープラネット」で「2020年に訪れるべき国トップ10」の7位にランクインしたオランダは、九州ほどのサイズの観光立国だ。人口は約1740万人。昨年は、2016万人の外国人観光客がこの国を訪れた(オランダ中央統計局より)。

 このオランダでは今、「オーバーツーリズム」が大きな問題になっている。受け入れられるキャパシティを超えた数の観光客が訪れることによって、地域の環境や住民の生活に悪影響が及び、観光体験の質も下がるという観光公害だ。

 国連世界観光機関(UNWTO)の予測によれば、2010年に9億4000万人だった世界の外国旅行者は、2020年に14億人、2030年には18億人に達する。オランダを訪れる外国人宿泊客も、10年後には2880万人という予測だが、増加率に拍車がかかれば現在の約2倍の4000万人を超える可能性もある。まさに「オーバーツーリズムの世紀」の到来。

 東京オリンピック・パラリンピックを控えてインバウンド誘致にまい進する日本にとっても、対岸の火事ではない。

「飾り窓とソフトドラッグ」からの変貌を目指すアムステルダムは、観光誘致もストップ

 オランダ国内に数ある観光地の中でも、最も知名度と人気が高いのは首都アムステルダムだ。運河が張り巡らされた中世の街並みは風光明媚で、どこを切りとってもインスタ映えする。中央駅やダム広場、アンネ・フランクの家や美術館など、主な観光名所がおおむね5~6キロ平方メートルほどの中心部に集まるコンパクト感も、この街ならではの魅力だ。

 2018年、人口約86万人のアムステルダムを訪れた外国人宿泊客は約695万人(ちなみに京都市は人口147万人に対し外国人宿泊客約123万人【京都市産業観光局調べ】)。この数は15年以内に倍増するといわれている。国内からの日帰りビジターも含めれば、年間で推定約1800〜2000万人がこの街を訪れているといわれるが、もちろんこの数も増加する。小国オランダにとって、アムステルダムはオーバーツーリズムの震源地だ。

 そもそも、この街がこれほど人気の観光地になったのは、2004年から市のマーケティングが展開してきた観光誘致政策の成功による。飾り窓やソフトドラッグという“アングラ&サブカル”のイメージが先行していたこの街が、芸術やデザインに出会える知的で文化的な街へとイメージチェンジできたのも、画期的なシティブランディングとプロモーションのおかげだ。

 だが、世界の観光産業の急成長という追い風を受けた客数の激増は想定外で、2014年、市は誘致をストップ。そして2018年に、規制に重きを置いた観光マネージメント政策へと方向転換した。

アムステルダム市とオランダ政府観光局の戦略

 アムステルダムは、観光客の「数」に加えて「質」でも大きな問題を抱えている。売春、ドラッグ、アルコールが勢揃いする、旧市街飾り窓地区の住人たちもその被害者だ。同地区は「スタッグ・パーティー」(新郎が独身最後に友人たちと羽目を外すパーティー)のメッカとして、国内やイギリス人男性グループに人気がある。酒に酔い大麻でハイになった彼らが群れをなして路地を練り歩く様子は、迷惑行為の調査をしていた街のオンブズマンも「ケダモノのよう」と表現するほど。2018年以降、市当局は規制や取り締まりを強化している。とはいうものの、警官不足の上、これまでの「何でもアリの自由な街」というイメージは簡単には払拭できず、大きな改善は見られていない。

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アムステルダム旧市街の中でも最も被害が大きい地域の住民たちによるキャンペーン。「私たちはここに住んでいます。あなたが地元にいる時と同じように、楽しんでください」と記した住人のポートレートをドアに貼り、観光客の迷惑行為にブレーキをかけようとしている。(写真:ユイキヨミ)

 一方で、市当局は市内の新規ホテルの建設を規制する「ホテルストップ」や、大型クルーズ船の乗客に対する観光税、新しい観光税の導入を行うほか、観光客を他のエリアに誘導する拡散戦略にも力を入れている。そのひとつが、「アムステルダムメトロポリタン」だ。アムステルダムと周囲32の市町村をまとめてプロモートすることで、旧市街に集まる観光客を周囲の街に拡散する戦略で、各市町村と州が連携して主導している。

 「ゴッホ」「花」「オランダの黄金時代」などテーマを提案することで、全国に点在するそれぞれのゆかりの地へと観光客を誘導する「ホーランドシティ」は、オランダ政府観光局が主導。アムステルダムの混雑を軽減すると同時に、観光客の増加を望む地域をプロモートする目的もある。

 「アムステルダムへのビジットを減らし、市内の客数増加にブレーキをかけるもの」と、各当局はその長期的な効果をポジティブに捉えている。

 だが、観光専門家のステファン・ホデス氏は懐疑的だ。「アムステルダムメトロポリタンは、拡散戦略としては逆効果になっている。周囲の市町村ではホテルの建設は続いているので、結果的にアムステルダムへの観光客を増加させてしまっている。一方、アムステルダムの代わりに他の街へ行けと宣伝するホーランドシティには現実味がない。オランダという小国にとって、この街の魅力はあまりにも大きく、デスティネーションとしての “ブランド力”も強い。拡散を試みたところで、みなアムステルダムにやってくる。まずはその絶対数を減らすための直接的な対策を考えるべきだ」と警鐘を鳴らす。

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アムステルダム観光の象徴である自転車ツアー。(写真:ユイキヨミ)

テーマパーク化を止められない観光地ヒートホールン

 アムステルダムと同時期にオーバーツーリズムが表面化した観光地のひとつ、人口約2800人のヒートホールンは、ピート(泥炭・草炭)の採掘でできた湖と水路に囲まれた水郷地区だ。“北のベニス”の異名を持つ小さな村には、茅葺き屋根の家屋が並ぶ。そんなピトレスクな眺めを楽しみながら、水路をボートで行き交うのが観光の目玉だ。

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ピート(泥炭・草炭)の採掘でできた湖と水路に囲まれた観光名所のヒートホールン。数珠つなぎのレンタルボートが衝突することもしばしば。(写真:ユイキヨミ)

 アムステルダムからのアクセスは、電車とバスを乗り継ぎ約2時間。決して便利とはいえない立地のこの村が、人気のデスティネーションとして活性化した陰には、ひとりの女性実業家がいる。

 この村でホテルを経営する彼女が中国市場の開拓に乗り出したのは2005年。それまでは、国内、ベルギー、ドイツからの年配客が中心で、晩秋を過ぎると客足が止まるため、秋と冬に長期休暇を取る中国人の誘致を考えたのだ。その努力は2012年頃から実りはじめ、今では、毎年推定20万人の中国人観光客が訪れている。村の魅力はインスタグラムで世界に拡散され、またたく間にイスラム諸国にも届いた。

 この村に住む初老の男性は、国営放送のラジオ番組の取材にこう答えていた。

「毎日、郵便受けを開けるのが憂鬱だ。“これは郵便受け”というシールを貼っているのだが、みんなごみ箱と勘違いして、空き缶や残飯、時には汚いおむつを入れていく。大勢の人が庭に入り込んでピクニックをするので、塀をつくり、鎖をかけたが、入ってくる人は後を絶たない。注意すると怒り出す人もいる。彼らはここがテーマパークかオープンエアミュージアム(野外美術館)だと思い込んでいるので、注意されることを理不尽だと感じるらしい。混雑も尋常ではない。一度この状態になってしまったら、もう元に戻せるはずがない。住民は慣れるしかない。それができないなら、出て行くしかない」

 レンタルボートで水路を進んでいくと、水辺の庭先には「売り家」の看板が並ぶ。英語のFor Saleを筆頭に、中国語やアラブ語の表記が続くが、「Te Koop」というオランダ語は見当たらなかった。

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個人宅の前にかかる橋には、塀と看板が。以前は塀はなかった。(写真:ユイキヨミ)

観光産業の原点から目をそらさないフリーラント島の観光政策

 オランダ北部には、5つの島が鎖のようつながったワッデン諸島がある。本土との間のワッデン海は、激しい潮差によって形成された干潟が広がる自然保護区。年間数千万羽を超える渡り鳥の中継地にもなっていて、野鳥ファンにとっては聖地のような場所だ。

 ワッデン諸島の中でも本土から一番遠いフリーラント島は、面積約4000ヘクタール、人口約1100人で、本土からはフェリーで約1時間半だ。島の大半が砂浜や砂丘で、大きな空の下に広がる砂色の地平線と、鳥の羽音が響く静けさがこの島のウリ。自然派志向の国内観光客に人気がある。この島は、観光客のマイカー持ち込みを禁止し、宿泊施設やフェリーの便数を制限するバランスのよい観光政策で定評がある。

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島の目玉、サファリツアー。北のサハラと呼ばれる広大な砂浜へは、このツアーに参加しなければアクセスできない。約60人乗りのバスは満員。だが、目的地での混雑感はゼロだ。(写真:ユイキヨミ)

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バランスのよい観光政策で定評があるフリーラント島の唯一の村。(撮影・ユイキヨミ)

 島内の宿泊ベッド数はキャンプ場を含めて約7500。年間の観光客数は約22万人で、その75%が4月1日から10月31日に来島している。島の課題は、オフシーズンの観光誘致だ。

 昨年の7月に島を訪れてみたのだが、要予約のフェリーは観光客でいっぱいだった。だが、下船した人々がバスやレンタル自転車で島内に点在する宿泊先に向かうと、あたりにはあっという間に静けさが戻った。島全体に整備された自転車道を走っていても、人とすれ違う回数は多くない。誰に邪魔されることもなく「エンプティネス」を漫喫できる、贅沢な観光地だと感じた。

 「オーバーツーリズムとは、ゴムのような伸縮性を持った概念だ」と言うのは、フリーラント市当局の観光担当者ヨープ・リヒテンベルグ氏だ。

 「伸ばし方次第で、どのような状態を指すのか、境界線がどこにあるのかという定義は変わる。観光が主産業ではない都市と、住民の7割が観光に依存するフリーラント島ではその解釈は異なる。この島にとって観光は、住民の仕事と収入を生み、市に観光税をもたらす重要な産業であり、これからも発展させていきたい」としながらも、最重要課題は常に豊かな自然や静けさという島の魅力を維持することだと強調する。なぜなら、それこそが観光産業を支える資源だからだ。

 アクセスを制限しやすい「島」という地理条件は、観光制限も容易にする。とはいえ、「静けさ」はあまりにも壊れやすい観光資源だ。行政の強い意思決定なしでは守れないことを、市は強く意識している。

 今年、ワッデン諸島全域でオーバーツーリズムに対する島民の意識調査が行われる予定だ。その結果は、島ごとに検討される。リヒテンベルグ氏は、「私としては、この島にオーバーツーリズムの問題が生じているとは思わない。だが、それを決めるのは島民。それを把握するために調査を行う。そして、結果次第で対策も考える」と言う。

 オーバーツーリズムの概念は曖昧ではあるとはいえ、その定義づけの中で重要なのは住民の意見だ。

新しいオランダの観光政策は「住民最優先」

 最近ある観光業界の有名サイトで、「アムステルダムのオーバーツーリズムは深刻だ。だが、よく探せば未開拓の魅力ある場所がまだ残っている。受け入れを縮小する代わりに、賢い戦略でこれをプロモートするべき」という主旨の記事を読み、複雑な気持ちになった。

 オーバーツーリズムに対する対策はいつも、観光体験の向上と、それを受け入れるアトラクションや空間の許容量との調整だ。だが、そこに住民の存在はあるのか。観光客にとっての「穴場」は、住民にとって「残された」静穏な日常の生活空間。それすらも差し出せと言うのか…。すでに観光被害にうんざりしている市民なら、こう考えるに違いない。

 観光は経済効果が大きいといわれるが、観光が主産業ではないアムステルダムでは、多くの市民がその恩恵を受けてはいない。それどころか、被害だけを被っているのだ。

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ポイ捨て、公共の場での飲酒、その他立ちションなどが罰金の対象になっている。(写真:ユイキヨミ)

 観光産業に対する住民の不満が高まる中で、オランダ政府観光局は先頃「住民最優先」をスローガンにした観光政策を発表した。2030年を見据えた長期プランで、これまでの利権重視の体制を反省し、より公共性のある対策を目指している。収益を得るものと被害を被る住民の不平等を調整し、住民を観光政策のコ・オーナー(共同経営者)とするとしている。

 現時点ではコンセプトのアウトラインのみで具体性はないが、市、州、国が一丸となり、産業や市民との強い連携体制で観光に取り組む必要性を訴える方針には、これまでにはない行政側の覚悟がうかがわれる。

 オランダといえば、これまでも、同性婚や安楽死の合法化など、世界に先駆けてタブーを新常識へとシフトさせてきた革新の国。その先見性は、オーバーツーリズム対策でも力を発揮することができるだろうか。

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