「8050問題」ひきこもり親への支援 子どもに「配慮」はしても「遠慮」はしないで

文=宮西瀬名
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「GettyImages」より

 昨年6月に長男を殺害したとして殺人罪に問われている農林水産省の元事務次官・熊沢英昭被告の事件に、“同情”の世論は大きかった。実家にひきこもり家庭内暴力をふるった40代の長男を殺害することは、家庭内の問題を家庭内で解決したとして、称賛する向きまであった。

 しかし家庭内で問題を抱えることは得策ではない。ましてや殺害という悲劇的な解決方法をとることが適切であるなどとは到底言えない。この事件が発端となり「8050問題」に対する関心も高まったが、ではどうすればよいのかと途方に暮れる人も少なくないだろう。

 「8050問題」とは、高齢の親(80代など)と自立できない中高年の子どもが社会から孤立し、生活が困窮するなどの問題をいう。子どもの生活の面倒を見ていた親も病気や介護、死に直面する年齢に差しかかるのだ。

 ひきこもり支援の仕組みとして各自治体が就労やこころの健康相談などの窓口を設けている。だが従来の仕組みだけで十分なのか。また、家族の不安に十分こたえているのか。愛知教育大学准教授の川北稔氏に、「8050問題」における親の支援の重要性を伺った。

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川北稔 愛知教育大学教育学部准教授
1974年、神奈川生まれ。社会学の立場から児童生徒の不登校、若者・中高年のひきこもりなど、社会的孤立の課題について調査・研究を行う。 著書に『8050問題の深層――「限界家族」をどう救うか』NHK出版新書、2019年。

漠然とした将来の不安を抱えている親たち

 昨年の事件後に、ひきこもりの相談が急増した自治体もある。しかし相談する親たちは報道されるような事件が起こると考えているわけではなく、この機会に相談しておこうというきっかけとしてとらえている。むしろ、ひきこもりに関しては明確な「困り感」がないことが課題となることも多い。

 本人から家族への家庭内暴力が伴うケースも一定の割合である。また、経済的に困窮している家族も少なくない。そうした場合でも、問題を家の中に抱え込んでしまい相談しない家族は多い。ある父親は、息子のひきこもり以外にも重い病気の妻を抱えていたが、医療費の減免制度などは「もっと大変な家庭が利用するものだろう」と考えて、「まさか自分の家族が該当するとは思わなかった」という。 

 ただ、むしろ、家庭内暴力や経済的困窮が問題になっている家庭は助けを求める声を上げることができ、支援機関によるアプローチも取りやすいそうだ。では多くのひきこもり家庭の実際的な問題とはどこにあるのか。

川北氏「多くの家庭では、『今日明日は問題なく生活できるけど、5年後10年後も今の生活が続いていたらしんどい』という苦悩を抱えています。今現在、喫緊の困難に陥っているわけではないことが、かえってSOSを上げにくくさせ、支援機関がアプローチすることもしづらい状況になってしまっているのです」

 家族の心理状況も様々だというが、多くの親は「子育てを間違ってしまった」という“恥意識”を強く持っているという。

川北氏「子どもがひきこもるようになったとき『厳しく接すれば解消されるだろう』と思って叱咤激励を続けた結果、親子関係が悪化していることは珍しくありません。支援者が親子と面談しても、親ばかりがしゃべりつづけ、子どもは委縮してしまっている。家庭内での接し方を改善して、子どもが自分の思いや望みを話せるようになることが大事です。

 一方で、『子どもの問題は親の問題』という風潮にも煽られ、『あの時の対応が悪かったのではないか…』と自身を責め続けている親もいます。専門機関も子育ての責任であるかのように対応する結果、『他人に話しても傷つけられるだけで、気持ちを分かってもらえない』と、親自身も相談を避けるようになりがちです。

このように同じ“ひきこもり状態の子どもがいる親”であっても、考え方は様々です。支援者は画一的なアプローチをしていては状況を改善することは難しいです」

 そうした家族へのアプローチとして各自治体は、ひきこもりに関する理解や対応方法を学び、ひきこもり状態の子を持つ家族同士で意見交換ができる家族教室という取り組みを実施している。

川北氏「大半の親は『子どもを自立させるのは親の務め』『親が厳しく言えば自立してくれるのではないか』と考えます。その価値観に即して我が子を叱咤し、関係が悪化してしまうケースがあることは先に述べました。

 けれども家族教室に通って親自身が抱える不安を吐露し合うことは、子どもとの平穏なコミュニケーションの第一歩です。家族教室では親の考えを押し付けないことを学びます。親子が穏やかなコミュニケーションを取れるようになると、子どものほうも『本当は働きたいと思っているんだけど……』といった本音を打ち明けることができるようになります。そのようにして就労支援に繋がったケースもあるのです」

まず家庭内の問題を外に出す

 親自身が不安や孤立感を和らげ、子どもの気持ちを受け止められることが基本だ。しかし、それだけの余裕を失っている親たちが多いのも事実である。世帯当たりの所得は減り、ひとり親世帯も増えている。「まず親がコミュニケーションの仕方を学ぶことで、子どもが変化するのを待つ」といっても、それだけの余裕がない親も多い。

 さらにひきこもりの長期化が進めば、親の側も大抵は疲弊しており、高齢化している。70代や80代に達した親に「子どもの気持ちをしっかり受け止めてください」というのも酷な場合がある。子ども自身が動き出すのを待つため、親の老後の心配をしたり、お金の話を子どもにしたりするのもタブーだと考える親もいる。

 しかし、子どもへの「配慮」は必要だが「遠慮」して生活する必要はない。子どもを焦らせようとか脅かそうという意図で会話してはいけないが、誠実に親の経済状況や健康状態を伝えると、子どもが理解してくれる場合も多い。

 親亡き後のためにお金を残そうとする考えもあるが、むしろ現在暮らしやすくなるための家計相談も積極的に実施してほしい。第三者の意見で収入や支出を見直すことで、家族関係が改善することもある。介護サービスの利用など、ひきこもり以外の問題で家庭に他人が関わるようになると、家族全体の孤立を防ぐことができる。まず、家庭内の問題を外に出すことが大事だ。

 これまで、親が相談機関に足を運んでも「本人が来ないと対応できない」と門前払いを食らったり、職員から子育てを責められたりなど、適切な対応をされないケースは珍しいものではなかった。2015年に生活困窮者自立支援制度が施行されて以降は、相談窓口が全国に設置され、徐々にではあるが支援体制は整ってきていると川北氏は言う。

川北氏「とはいえ、ひきこもり支援の課題はまだ山積しています。まず現在の若者の支援体制は39歳までを対象としたものが多く、中高年を受け入れる就労支援事業などの充実が求められます。

 また、ひきこもり状態にある人の就労支援を担っている事業者は、短期間で結果を出すことが求められていることが多く、深刻な人ほど十分な支援を受けられていません。

 そして8050問題は親自身が高齢であるため、相談窓口に足を運ぶことが難しいというケースもあります」

 現状、ひきこもり支援といえばこころの健康相談や就労支援に焦点が当てられている。ただ、どちらも本人にとってハードルが高いのも事実だ。本人たちからは「精神科などの看板が出ているところは行きたくない」「訓練して評価を受けるような場は苦手だ」などの声がある。「趣味のサークル」「人から感謝されるボランティア」などを、入りやすい場面から参加したほうが、結局は健康や就労など大事な相談につながることもある。支援はひとりひとり“オーダーメイド”でなければならない。

川北氏「『ひきこもり状態にある人を支援する』と一口に言っても、置かれている状況は十人十色。一人ひとりに対応したオーダーメイドなサポートが求められます。ですから理想を言えば、行政と民間が情報や支援方針を共有し、各々の得意分野を活かしながら、補い合って支援をしていくスタイルが望ましいのです。

 東京大学先端科学技術研究センターの熊谷晋一郎さんは『依存先の分散としての自立』という概念を提唱されていますが、これは個人が家族以外の依存先を増やすことが自立に繋がるという考え方です。複数のコミュニティに所属していれば、自身の抱えている問題を相談しやすくなり深刻化を防げますし、深刻化してもその状態から抜け出すキッカケになります。

行政でも民間でも様々なコミュニティを設け、そして連携することが重要ですね」

 

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