はあちゅう虐待通報で警察沙汰を引き起こした「正しい育児」の押し付け

文=ブログウォッチャー京子
【この記事のキーワード】

 親が有名無名にかかわらず、子供の写真を公開するという行為は確かにリスクであり、他者に“弱みを見せる”ことと同義である。平和に暮らしているつもりでも、夫の浮気相手に恨まれているかもしれないし、小児性愛者が我が子の写真をコレクションしているかもしれないし、誰かが敵意を持ってあなたを見つめているかもしれない。インスタで連続して投稿を眺めれば、居住エリアも、友人知人も、うっすらとした経歴も、わかってしまう。どうか気をつけてほしい。

「新しい正しい育児」を押し付ける

 はあちゅうさんに対する批判に立ち戻ると、朝のワイドショー番組『グッとラック!』(TBS系)で興味深いコメントがあった。

 同番組ではこの「虐待通報騒動」を取り上げ、はあちゅうさんのアンチという人物らに取材をしている。“はあちゅうアンチ”たちは、「間違った育児を正したい」という思いを語っていた。

 しかし「間違った育児を正したい」という思いは傲慢ではないだろうか。赤の他人の育児方法を「正したい」というのは、それが間違っているとジャッジした上でのことだろう。

 そもそも「正しい育児」とは何か? その定義も曖昧なまま「正したい」などと行動するのはあまりにも乱暴だ。間違っていると指摘した上、それを矯正させることなど可能だと本気で思っているのだろうか。

 母親という役割についた女性たちは、上の世代の母親や世間から「正しさ」を押し付けられがちだ。ベビーカー論争などはまさにそれに該当する問題であろう。「こうするべき」という視線や声に押しつぶされないよう、「正しい育児」という一面的なモノサシから解放されたいというのは、現在進行形で子育てする多くの母親の願いではないか。

 そう考えれば、「(私の考える)正しい育児」を他者に押し付けようとすることが、どれほど暴力的なことかわかるはずだ。筆者ははあちゅうさんを擁護するわけでも、彼女の育児を肯定するつもりもないが、アンチによる「正しい育児」の押し付けには反対したい。

 また「間違った育児を正したい」のであれば、世界中にアップされている「虐待とも疑われる動画」「子供の写真をアップする行為」は、はあちゅうさんに限らず「正しくない」行為となるのであるから、そんな振る舞いをしているネットユーザーたちを片っ端から「正して」いけばいい。そうしないのは、単にはあちゅうさんという叩いて面白い存在をターゲットにしたいだけだからだろう。これはただの粘着であり、いじめと変わらない。いじめを楽しみながら「正しい育児」を説こうとする姿は滑稽だ。

1 2

あなたにオススメ

「はあちゅう虐待通報で警察沙汰を引き起こした「正しい育児」の押し付け」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。