トランスジェンダーではない人が「三人称バッジ」をつける意義

文=遠藤まめた
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トランス男子のフェミな日常/遠藤まめた

 大学生だった20歳の頃、オリビアという友人がいた。LGBTを取り扱ったマニアックな映画が好きで、休みの日にはときどきオリビアの家で昼間から映画をみて、たわいのないことを話しまくった。日が落ちて部屋が真っ暗になっているのに、電気をつけずに映画に夢中について喋っているオリビアはとても面白くて、私の英語力が伸びた理由のひとつはオタクな英語話者の友人がいたおかげだと思う。

 大学では英語の授業を取らなかった。その理由は、勝手に三人称を決めつけられるのがウザかったからだ。学籍簿を見て女子学生と判断されてSheとかHerとか呼ばれるのは勘弁してほしかった。TOEICを受験してある程度のスコアが取れたら授業には出なくて良いという仕組みだったので、とっとと自分で勉強することにした。

 トランスジェンダーであるという共通点だけで外国からの留学生や旅行者とお茶をする機会もあった。私のマイノリティ性は結果として英語との接点を増やしたらしい。もっとも、トランスジェンダーの健康問題や学校での課題については話せるようになったのに、視察でニューヨークを訪れたときにはサンドイッチのトッピングのオーダーに手こずるというボキャブラリの凸凹ぶりだったけれど。

 日本語であれば彼、彼女という代名詞はあえて使わなくても会話が成立する。しかし、英語の場合には三人称は頻出であり、まったく使わずに会話を続けるのは大変だ。ここ数年、英語圏では性別中立的な代名詞である単数形の「They」が辞書でも取り上げられるなど注目されているが、相手を尊重した呼び方をするためには運用面での工夫がいる。英語圏のLGBT系イベントでは自己紹介のときに「まめたです。Heと呼んでください」といったように名前と代名詞をひとりずつ話すシーンがある。日本では「外見で彼とか彼女とか決めつけるのはやめよう」というルールで場づくりをすることが可能だが、英語圏では限界があり、決めつけないためには自己申告させる仕組みらしかった。わざわざ言わないといけない英語という言語はやっかいだが、みんなが自分から呼ばれたい代名詞について申告するのが当たり前の光景になれば、トランスジェンダーだけが代名詞について「自分はこれがいいんですけど……」と口火を切らされる構図にはならないので、これはこれでアリなのかなと思った。

 代名詞についてバッジでつけるやり方もあるらしい。今働いている外資系の職場は、昨年サンフランシスコで全社員ミーティングをした際に名札と一緒に各自が好きな代名詞バッジを選べる方式を採用していた。LGBTコミュニティのイベントでもないのに、受付で代名詞バッジが配られるというインクルージブな環境に私は端的に感動したし、このバッジがあるおかげでトランスジェンダー の自分のHeも、他の人がつけているSheやTheyも同じ重みだということが視覚的に感じられた。みんながわかりやすくバッジをつけているのに三人称を間違える人がいたら、それは間違えた人の不注意のせいだ。これまで三人称を間違えられるたび、間違えられるような外見をしている自分、パスしていない自分がいけないからだと咄嗟に感じてしまったり、会話の流れをぶったぎって「彼女じゃねーよ」と介入するかどうかを迷わなくてはいけないという経験をしてきたけれど、当事者にそのように思わせないで済む仕掛けも可能なのだ。バッジをちゃんと見よ、以上。

 今の職場では、社内チャットのプロフィールでも、名前と代名詞を一緒に書く同僚がちらほらいる。事情を知らない人から見れば、よくわからないプチ流行で「あれは何?」という質問もときどきチャット内で見る。代名詞をやたらアピールしているシスジェンダーの同僚がいる光景は、トランスだけが性自認についてゼロから説明させられる構図を少しだけゆるめている。トランスジェンダーだけに目印をつけないために、みんながそれぞれ自分に目印をつけている光景と言えばよいだろうか。でも、わざわざ名前の横にジェンダーについて説明するなんて、やっぱり珍風景という感じもする。日本語話者の自分から見ると、英語という言語の不便さと、それを乗り越えようとする泥くさい人間のパワーの両方を感じるチャットルームをわりと気に入っている。

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