韓国映画『パラサイト』アカデミー賞受賞でわかった、「格差社会」の世界的な広がり

文=原美和子
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Albert L. Ortega / 「GettyImages」より

 2月9日、アメリカ・ロサンゼルスのドルビー・シアターで「第92回アカデミー賞」が開催された。話題作が多くノミネートされる中、圧倒的な存在感を放った『パラサイト 半地下の家族』(以下『パラサイト』)が4部門で賞を獲得。韓国映画史上、ひいてはアジア映画史に新たな歴史を刻んだ。

 『パラサイト』は、半地下の住宅で暮らす貧困の家族がある裕福な家族と接点を持ったことから起こる悲喜劇だ。今回は、映画を観ていない方のためにもネタバレは最小限におさえ、韓国社会や映画界の背景などを交えながら作品について語っていけたらと思う。

日本のネットでも祝福や好意的な声

 アカデミー賞4部門での受賞が決まった瞬間、韓国では速報が流れ、喜びに湧いた。最近は新型コロナウイルスの脅威によりイベントや消費も自粛気味で、落ち込んでいた雰囲気の中での明るいニュースとなった。

 一方、日本でも、受賞の決定と同時に、Twitterをはじめ、ネット上も一斉に反応した。「韓国」に関連した話題といえば、昨今の日韓関係の悪化なども相まって常にネガティブなコメントが集中するのがお約束のようになっているが、『パラサイト』の受賞に関しては「祝福」であふれた。

 韓国映画の素晴らしさを称賛する好意的な声や、日本映画と韓国映画を対比して日本映画の置かれている現状を嘆く声なども多く見られたのが正直意外でもあり、やはり韓国のサイトでも日本の反応は驚きをもって伝えられている。

 「日韓関係」というフィルターを外して評価されたことでも、今回の受賞は日本映画にとっても大きな意味があったのではないかと思う。

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韓国各紙の一面を飾る『パラサイト 半地下の家族』の快挙(筆者撮影)

ポン・ジュノは「政権に不都合な文化人」だった

 監督のポン・ジュノ氏と、一家の長である父親・ギテクを演じたソン・ガンホ。この2人はこれまでにも『殺人の追憶』(2003年)、『グエムル‐漢江の怪物‐』(2006年)、『スノーピアサー』(2013年)でタッグを組み、そして今回の『パラサイト・半地下の家族』が4度目。いずれもヒットさせ、韓国映画界が誇るゴールデンコンビと評されている。

  ソン・ガンホは今回、個人的なノミネートこそなかったものの、彼の存在感が映画を大きく盛り上げたといえる。演技派として韓国内外で高く評価され、セレブや権力者よりも、ダメ親父やどこか影や闇を抱える男、または人間臭い男が断然似合い、演じさせたら彼の右に出る俳優はいない。

 ちなみに、韓流ブームが日本で始まるより前から韓国映画に興味があった筆者は、ポン監督が助監督を務めた『モーテルカクタス』(1997年)、また、ソン・ガンホが北朝鮮の動向を探る主人公の諜報部員の相棒を演じた『シュリ』(2000年)もそれぞれ日本で映画館まで足を運んで観た。20年以上の時を経て2人が手を組み、共に勝ち得た今回の快挙には感慨深いものがある。

 そんなポン監督であるが、実はここまでの道のりは平坦ではなかった。保守・右派であった朴槿恵前政権時代に「政権に不都合な文化人」として「文化芸術界ブラックリスト」に載せられていた。社会への矛盾や問題に皮肉やユーモアを交えながら深く切り込み、メッセージ性の強い作品を作る監督に当時の政権が「要注意人物」とレッテルを貼ったのである。

 結局、朴槿恵氏が長年の友人である女性を国政運営に関わらせていたというスキャンダルが発覚し、弾劾・罷免となったことでポン監督の汚名はそそがれたが、昨年、韓国のメディアで「傷は消えることはない。このようなことが二度とあってはならない」と強い言葉でコメントしている。

 こうした苦境を経験したからこそに、韓国のネガティブな面もさらけ出し、挑戦を重ねていくことがポン監督の原動力となっているのかも知れない。

思い出されたある事件

 筆者は『パラサイト』を鑑賞してさまざまな感想を持ったが、ひとつ頭に浮かんだことがある。それは、13年前にアメリカで起こったある事件であった。

 2007年4月、アメリカのバージニア州にあるバージニア工科大学で起こった、在米韓国人の男子学生による銃乱射事件。この事件では大学の教員・学生の32名が犠牲となった。容疑者の男子学生が韓国生まれで、アメリカの永住権を所持していたことも韓国に大きな衝撃を与えた。

 当時、容疑者について取材した記事には、彼がアメリカに移住する前の韓国での生活について触れられていた。ソウルで生まれた彼の家は生活が苦しく、家族は半地下の家で暮らしていたこと、内向的な性格ながらも学力は優れていたこと、そして、一家で新天地での成功を夢見て1990年代にアメリカに移民として旅立ったことなどであった。

 1990年代まで、韓国は英語圏への移民や小学生の早期留学が盛んに行われていた。韓国での成功が望めず苦しい境遇から抜け出すため、また学歴に箔をつけるために海外に移民や留学していたのである。しかし、1997年に起こったアジア通貨危機により、やがて移民や留学の件数も減少していった。

 アメリカで起こった事件とはいえ、その背景に韓国が抱える「格差社会」「学歴主義」「競争社会」といった問題があることも当時は指摘されていた。

 男子学生も事件で亡くなったため、今となっては本当の動機を解明することはできない。しかし彼の生い立ちや、現地のメディアが事件後に報道した彼の書き遺していたメモ(裕福な者やハイスペックな学生に対する憎悪)、そして殺人に至るまでの経緯を考えると、『パラサイト』に登場する半地下の家族たちの生活環境や、抱える心の闇や葛藤、家族の悲劇の幕切れがどこかオーバーラップするのである。

格差社会に向かう世界

  『パラサイト』が韓国のみならず、世界で注目された背景には、近年、「格差社会」が世界的に広がっているということもあるのではないだろうか。

 筆者はいわゆる「氷河期世代」と呼ばれる世代のど真ん中である。子どもの頃、日本はバブル景気に湧き、とにかく元気があり、「一億総中流」とも呼ばれていた。少し上の世代や親世代を見て学校を出て、ひとつの会社に就職し、頑張りや努力が認められれば昇給や昇格もでき、そして定年まで勤め上げれば老後も安泰……そうなるものだと信じられていた。

 しかし、いざ社会に出ようとした時、バブルが崩壊して景気が後退、就職難となり、「就職氷河期」「氷河期世代」と呼ばれるようになったのである。思い描いていたはずの未来が崩れ、社会に取り残されたまま中高年となり、社会問題と化している。

 日本には今や「一度失敗すれば終わり」という風潮が漂い、それを象徴するような「格差社会」「7040問題」「上級国民」といった言葉も頻繁に見聞きする。韓国から見て日本という国はまだまだ「嫉妬」と「羨望」の対象であるものの、「生きにくい世の中」が日本での『パラサイト』の評価や共感につながっているのかもしれない。

頑張っても這い上がれない「格差固定社会」は、すぐそこまで来ている/映画『パラサイト 半地下の家族』

※この記事には映画の内容に関する記載がございます。あらかじめご了承ください。 優れて芸術的な映画作品に贈られる、カンヌ国際映画祭「パルム・ドール」は…

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