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ワーク・ライフ・バランスの誤解:両立支援を目標にしてはダメ

文=筒井淳也
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「GettyImages」より

 第2回目の記事では、日本独特の働き方が女性の職場進出を阻んできたことに触れました。第3回目では、思ったように共働きが増えてこなかったことと、その背景について説明しました。

 今回は、さらに重要な論点があるにもかかわらず、それがあまりちゃんと考えられてこなかったことについてお話します。

 当面の人生の目標、あるいは重視したいことについて聞かれたとき、その答えはもちろん人によってさまざまです。「仕事にもっと力を入れたい」と思っている人もいれば、「家のことをもうちょっとちゃんとしたい」と考えている人もいるでしょう。

 この2つはしばしば「仕事」と「家庭生活」と言われますが、これらは頻繁に衝突するので、政府はこれら2つが「両立」できるように支援すると表明し、ある程度は実際に支援を行ってきました。「両立支援制度」です。

 ただ、20年以上にわたって打ち出されてきたこの方針には、2つの落とし穴がありました。今回の記事ではこの2つの「両立支援の陥穽(かんせい)」について説明します。

「両立支援制度」は未就学児のいる家庭だけの支援

 ひとつは、それが人生の限られた期間だけに配慮したものであったことです。両立支援制度の主な中身は、要するに育児支援です。1992年の育児休業法施行、1993年発表の「エンゼル・プラン」など、1990年代はいわゆる「子育て支援」政策の実装が進んだ時代でした。

 両立支援という言葉がメディアに登場しはじめるのも、1990年代はじめでした。自民党内の委員会がまとめた意見書に関する報道(朝日新聞1990年12月14日夕刊)の中で、「仕事と子育ての両立支援(保育サービスの充実など)」という言葉が登場します。

 読売新聞では、1992年の夕刊が初出のようです。そこには、「女性の社会進出が続く中、仕事と育児の両立支援策も、育児休業法施行を控えて官民で進んでいる」という文章があります。仕事と家庭の文脈で「両立」という言葉が使われたことはもう少し古い年代(1980年代)からありますが、いずれにしろそのほとんどは「仕事と育児の両立」という意味合いでの使われ方です。

 もちろん子育て支援はきわめて重要な社会的課題です。子育てが特に大変な時期に育児休業や保育サービスを充実させることもまた重要な課題であり、日本では待機児童問題や、育児休業取得者の女性への偏り、取得期間の男女差などの問題がまだ残されています。

 他方で、子育てに係る負担の軽減が、(小学校)就学前児童のいる家庭を強く念頭に置いていたことは問題です。たとえば教育コストの問題があります。特にこのコストが跳ね上がるのは、私学に子どもを入学させる場合や、高等教育(大学以降)に子どもを進学させる場合です。

 最近になってようやくこのコストを下げようという動きが出てきましたが、ときすでに遅しでした。結婚している夫婦が子どもを(いまいる以上に)つくらない大きな理由は、教育負担の大きさだったのです。

 また、子どもが0歳から6歳(くらい)までのあいだに支援を集中させてしまうと、妊活期間や小学校以上の子どものいる家庭への支援が後回しになってしまいます。

日本の“働き方”の根本を変える必要がある

 ただ、これらの多くの問題は実は「共働き」を実質的に機能させることで、ある程度対応可能です。肝心なのは、「共働きを実質的に機能させる」ということの意味をちゃんととらえることです。

 女性も男性も、長期的に仕事のキャリアを積むことができて、収入の一定の上昇を見込める、という展望が抱けるのであれば、家計はだいぶ楽になるはずです。問題は、女性にとってはこの展望を抱くことが難しい、ということです。

 このことは連載2回目の記事でも触れました。夫の長時間労働や転勤に対応しようと思えば、女性はどうしても仕事をセーブしたり、あるいは辞めてしまわなければならないこともあるでしょう。そうすると、夫婦の時間に余裕はできるかもしれませんが、家計の余裕がなくなります。

 これを解決する方法は、女性を仕事の世界に居続けさせるというよりは、男性を含めて働き方自体を変えることです。何らかの支援制度(特に育児休業制度)によって女性の継続就業をはかることも大事ですが、結果として女性も働き続けられる、男女問わず適度に休暇や休業をとっても問題ない、働きやすい環境を整えることが根本的に重要なのです。

 もうちょっと言ってしまえば、こういうことです。小さな子どもがいてもいなくても、ある程度楽に働ける状態を「標準」にしてしまいましょう、ということです。「標準」がきつい働き方で、子どもや要介護の親がいるときだけお休みを取れますよ、という「両立支援」ではダメなのです。

 妊活はしばしばフルタイムの仕事と両立が難しく、子どもは小学生~高校生になっても手がかかるものです。長時間労働で疲弊している夫はしばしば、助けになるどころか余計に「手がかかる」ものですし、体が丈夫ではない人にとっては、丈夫な人でもきつい仕事に就くことは非常に危険です。

 「体力があって、かつ家のことをしてくれる人が別にいる」という限られた条件の人だけが、しかも疲弊しながら働いてはじめて出世競争に生き残ることができる。そんな働き方が、日本ではずっと当たり前でした。この状況は、一刻も早くなくすべきです。私は、いっそのこと「体があまり強くない人」でも働き続けられる働き方を「標準」にすべきだと考えています。

「ワーク・ライフ・バランス」のライフとは、“自由な時間”のこと

 さて、「両立支援の陥穽」の2つ目です。それは、「両立できたとしても必ずしも楽とは限らない」という当たり前の事実です。むしろ、仕事と家庭を両立できた状態こそが、いちばん大変なのかもしれません。

 さきほどの政治や報道における「両立支援」という言葉の使われ方でもそうですが、両立とは「仕事」、つまり金銭的報酬を伴う有償労働と、子育てや家事などの、直接の金銭報酬を伴わない無償労働との両立を指しています。ということは、両立支援とは、有償労働と無償労働の両立を促す、という意味だといえるでしょう。

 2つの領域(職場と家庭)で働くことが両立できたとして、それで人は幸せになるでしょうか。もちろんそういう人もいるでしょうが、そうではない人もたくさんいそうです。

 職場で9時から5時まで働いて、帰ってから家のことをする。家事や育児が一通り終わればあとは明日に備えて寝るだけ。これでも立派な「両立」ですが、これでよいと思う人は多くないでしょう。

 何が足りないかといえば、「自由な時間」です。そう、有償労働も無償労働もせず、自分でやることを決めることができるような、自由な時間です。完璧な両立ができていても、自由な時間があるとは限りません。逆に、多少仕事や家事・育児で妥協することがあって両立が「完全」ではないとしても、自由な時間を確保できている人もいるでしょう。

 というわけで、これが2つ目の落とし穴です。つまり、「両立」できていても幸せとは限らない、ということです。両立はたいていの場合、本来目指すべき最終的な状態ではありません。

 同じことは、ワーク・ライフ・バランスという言葉の意味の解釈についてもあてはまります。なかには、「ワーク」を仕事(有償労働)、「ライフ」を家事・育児(無償労働)だと理解している人もいるでしょう。しかしこれは本来あるべき理念ではありません。

 「ライフ」とは、お金や家族の生活のために必要な労働を行っていない、自由な状態を指すべきです。このライフの時間をいかに確保するのかが重要なのです。そのためには、仕事を効率化することも大事ですが、家のことについても、できるだけ楽に短い時間で対応することを考えるべきです。

結婚・出産をしても一人の時間は必要

 ここで、さらに突き抜けて考えてもよいでしょう。両立支援とは、ワーク(有償労働)とワーク(無償労働)の対立を緩和することでした。さらに、特に女性が経験しうる問題としては、以下のようなものが考えられます。

 まずは、無償労働と「ライフ」の対立です。つまり、家事が忙しくて他の家族とゆっくりと過ごす時間が取れない、といった問題です。家事はその多くを家で行うことができますし、いわゆる「ながら」がある程度可能ですし、それこそ家族と一緒に「楽しむ」こともありえますから、この対立があまり問題になることはないでしょうが、それでも多少なりとも悩みが発生します。

 家でできない家事、たとえば銀行、郵便局、役所などでの手続きや買い物などの外出、集中力を有する家事(調べ物、各種書類手続き、家計管理など)は、「ライフ」との両立の問題を発生させるのです。

 次に、「ライフ」のなかでの対立を考えることもできます。特に結婚して子育てをしている女性は、「自由な時間」を欲しています。仕事や家のことで疲弊してしまうからでしょう。自由な時間に、どの程度家族と過ごすことを入れるか入れないかも、本当は個人が選べるようになるべきです。

 家族と一緒に過ごす時間を全くとらないのはそれはそれで問題でしょうが、一人でいることができる時間と空間は尊重すべきです。通常、(家事や育児以外で)家族と過ごす時間は「ライフ」に含めるものでしょうが、身近な人間と人間のことですから、ずっと一緒に過ごしていればストレスも溜まります。

 つまり、仕事が家事・育児の「邪魔」をすることもあれば、「家族で過ごすこと」(ライフ)が「一人でいること」(同じくライフ)を邪魔することもあるのです。

 「両立支援」というときの「両立」が、何と何の「両立」なのか、「ワーク・ライフ・バランス」というときの「ワーク」と「ライフ」がそれぞれ何を指すのか。これを考えることで、これまで見えにくかった生活の問題が、よりはっきりと浮かび上がってくるのです。

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