政治・社会

AIが働き人間が金を得るかたちでの「ベーシックインカム」は実現可能か

文=地蔵重樹
【この記事のキーワード】
【完成】AIが働き人間が金を得るかたちでの「ベーシックインカム」は実現可能かの画像1

「GettyImages」より

 昨今、AI(人工知能)が話題に上がらない日はない。

 やがてAIの能力が人類を超えシンギュラリティ(技術的特異点)が訪れるともいわれている。が、その前に、AIが私たちの仕事を奪ってしまうとも。

 一方、AIが代わりに働いてくれるのであれば、その稼ぎを分配することで、私たちは働かなくとも収入を得られるベーシックインカムが、いよいよ実現するのではないか、という夢のような社会も語られ始めた。

 そんなうまい話があるものなのだろうか。

ベーシックインカムとは何か

 ベーシックインカムとは、政府が無条件ですべての国民に一定の金額を支給する制度だ。例えば、日本国民であれば、収入や職業、年齢・性別などに関係なく、一人当たり毎月10万円が支給されるといったことだ。3人家族であれば、30万円が毎月支給されることになる。

 そんなファンタジーな政策がありえるのかと思う人もいるだろうが、ベーシックインカムは現実のテーマとして注目されているのだ。

 実際に、すでに海外では一部の地域で試験的に導入され、スイスでは国民投票で導入の是非が問われるなど、まったく荒唐無稽な話ではなくなっている。

 ベーシックインカムという用語は、特定条件付きの支給も含む場合があるため社会保障と混同されることもある。そのため、無条件なものを厳密にユニバーサル・ベーシックインカム(Universal Basic Income)と呼んで使い分けることもある。本稿では、このユニバーサル・ベーシックインカムのことを、単にベーシックインカムと呼ぶことにする。

なぜベーシックインカムは注目され始めたのか

 ベーシックインカムの考え方自体は、18世紀末にはすでに登場したといわれる。小さな政府を好む新古典派経済学において、煩雑な社会保障制度は非効率的なので、無条件で一元化してしまえ、というところから発想されたらしい。

 決して新しい概念ではないベーシックインカムだが、最近再び脚光を浴び始めたのは、人々の経済格差が拡大してきたことが原因だ。経済力の流動性が小さくなり、格差が固定化されると、社会は不安定になる。

 この格差を解消するために、ベーシックインカムが注目されてきた。そしてもう一つ、ベーシックインカムが注目されるようになった理由はAIの進歩だ。

 AIが人々の仕事を奪うことで、失業者や低所得者が巷に溢れるようになるという不安だ。そうなると、AIを利用してさらに効率よく儲けていく層と、効率化のために職を失って貧困化する層の格差が広がってしまう。そこで、貧困化が治安悪化の原因や消費低迷の原因とならないように、政府が生活費を保証する必要があるという考え方だ。

日本の労働人口の約半分がAIに取って代わられる?

 本当にAIが人の仕事を奪っていくのかまだわからない。AIの進歩と普及は、一方で新たな仕事を生み出す可能性もある。

 ただ問題は、AIに職を追われた失業者が、新たに生まれる仕事に就けるかどうかだ。これは少しだけ想像力を働かせれば分かることだ。AIの自動対応が導入されることで解雇されたコールセンターのオペレーターが、新しい成長産業で活躍できるとは限らない。 

 現在の主流派経済学者や経済評論家は、以下のようなファンタジーを主張している。

 すなわち、規制を緩和し、自由競争を激化させてイノベーションを促した結果、市場から撤退する企業や産業が大量に出ても、そこで職を失った労働者は、新たな成長産業に吸収されるから問題ないと言っているのだ。現実がそのようになっていないのは、労働者の流動性が低いためで、その原因は給与が自由競争により下がらないためだ、と言う。

 反論する気も失せるが、「たとえば工場が閉鎖して職を失った溶接工は、翌日から成長産業であるIT企業のプログラマーになれると本気で考えているのか?」と言うと、彼らは「それは、転職するためのスキルを磨いてこなかった労働者が悪い。すべては自己責任だ」というのだから呆れる。

 株式会社野村総合研究所が英オックスフォード大学のマイケル A. オズボーン准教授およびカール・ベネディクト・フレイ博士と共同研究した結果(※1)によると、国内の職種を601に分類した際、発表時の2015年の10~20年後にAIやロボットに代替される職業の割合は、現在日本の労働者が就いている職業の約49%、つまり半分になるという。

 ただ、同研究では、創造性や協調性が必要であったり、非定型な業務は引き続き人が担うだろうとしている。

※1『野村総合研究所 日本の労働人口の 49%が人工知能やロボット等で代替可能に』

ベーシックインカムのメリットはどのように考えられているのか

 ところで、ベーシックインカムは生活保護より優れているのだろうか。

 生活保護は、経済的に困窮する国民に対し、国や自治体が健康で文化的な最低限度の生活を保障する公的扶助制度だ。困窮の程度に応じて保障するため、対象者の選別にコストがかかる。

 また、選別された側も、人により程度の差はあれ保護を受けることに屈辱感を感じるかもしれない。中には役所の窓口に相談しながらも、その対応に自尊心を損なわれたのか、二度と相談することなく餓死したのではないか、という痛ましいニュースも目にする。

 一方、生活保護を受けると、今度は働いて賃金を得てしまうと、その分受給が減るか打ち切られてしまうため、働く意欲を削いでしまうこともあり得る。生活保護が社会復帰を遠ざけてしまう可能性もあるのだ。

 ところがベーシックインカムの場合は、全国民に無条件で一律の生活費が支給されるので、受給者の選別コストは一切かからないし、受給する側も自尊心が傷つくことはない。

 しかも、受給に所得制限がないため、働けば働くだけ収入が増える。そのことで受給額が減らされることもないのだ。

 さらに、ベーシックインカムで最低限の生活が保障されていれば(この線引きは難しいが)、職を失うことへの恐怖感が減ることから、ブラック企業にしがみついていなければならない理由もなくなる。つまり、ブラック企業そのものが存在できなくなる、という考え方もある。

 このとき、性善説に基づいて思考する人であれば、経済的不安がなくなった人たちには仕事選びにおける気持ちの余裕が生まれる分、よりやりがいを感じられる仕事を選ぶようになると考えるであろう。

 ところがこれも考え方で、ベーシックインカムだけでは足りない人は、やはり仕事に就きたいと考えるだろう。するとブラック企業は、社員はすでにベーシックインカムで最低限の生活費は得られているのだから、できるだけ安く働かせることができると考え、賃金を抑えるかもしれないのだ。

ベーシックインカムの財源はどこにある?

 なんだか良いこと尽くめのベーシックインカムだが、否定派はもちろんのこと、肯定派も含めて問題視していることがある。

 それは、財源だ。

 ベーシックインカム肯定派が、財源として最も可能性があると想定しているのは、増税しなくても現在の社会保障費をすべてベーシックインカムに回せば良いという考え方だ。

 財務省の資料(※2)によれば、2018年度の社会保障の給付総額は121兆3000億円(予算ベース)だった。これを2018年10月1日現在の人口1億2644万3千人(※3)で割ると、1人あたり約95万9325円を給付できる。これは月額にすれば約8万円だ。3人家族なら24万円になるので、なかなか良い収入となる。これに仕事で得た賃金を加えれば、生活にかなりの余裕ができるのではないだろうか。

 さらに、社会保障の給付に関わる人件費を含めたコストも回せばもっと増えるだろう。

 問題は、将来は人口減が進み消費活動も減り、企業の生産高も減っているかもしれないことだ。その場合、税収も減るので、そこでAIがベーシックインカムの財源を稼いでくれるという考え方が登場する。

※2『財務省 社会保障について 平成31年4月23日(火)』

※3『統計局ホームページ/人口推計/人口推計(2018年(平成30年)10月1日現在)‐全国:年齢(各歳),男女別人口 ・ 都道府県:年齢(5歳階級),男女別人口‐』

AIは我々の生活費を稼いでくれるのか?

 AIにより人件費を大きく削減しつつ、同時に生産性を上げることができれば、仮に製品やサービスをそれまでの価格で同量を販売することができたなら、企業の利益が飛躍的に伸びる。その中からベーシックインカムの原資を徴収すれば、すなわちAIが働いて生産した財を、人が使うことで豊かな社会が訪れるという考え方だ。

「AIに働かせて人が富を得るとは、なんというグッドアイデアではないか!」

 いや、果たしてそんなに上手くいくのか?

 実際、私たちはさまざまなテクノロジーの恩恵を受けて、あらゆる業務を効率化させ、家事も楽にしてきた。それまで手作りで生産していた製品を、FA(ファクトリーオートメーション)で自動的に生産できるようになってきた。複雑な会計業務や設計デザイン業務、分析業務などもコンピュータで飛躍的に効率化させてきた。

 その結果、私たちは膨大な余暇と収入を得られるようになっただろうか? そう、資本主義においては、市場原理や競争原理が働くため、低コストで大量に生産できるようになれば価格も低下するし、業務の効率化はライバル企業においても実現してしまう。

 おまけに、生産性が高まった分、人件費も削られるので、収入が下がったり職を失ったりする人も出てくるのだ。つまり、AIは人の代わりに働いてくれるかもしれないが、代わりに稼いではくれない。

 したがって、AIでベーシックインカムを実現させるためには、企業の生産性や製品・サービスの販売価格に何らかの制約を設けなければならない。これ以上生産してはならない、これ以上安くしてはならない、などだ。

 このことは、私がかつて携わっていた印刷業界のイノベーションを見るとより具体的になる。

 かつて印刷物の制作工程には多くの人や業者が携わっていた。原稿を書く人、それを写植機で写植文字として打ち込む人、印字された写植文字を切り貼りして版下を作成する人、版下をフィルムに撮影して製版する人、フィルムを印刷機の版に転写して刷版する人。そしてようやく印刷機を回せたのだ。

 ところがMacintoshとDTPソフトの組み合わせが登場すると、これらの工程をたった一人のオペレーターが処理できるようになってしまった。

 その結果、町の写植屋や製版屋は次々と閉鎖され、働いていた人たちは失業した。同時に、たった一人のオペレーターができるようになったことで製作費は一気に暴落した。おまけに、オペレーターは安くて短納期の仕事を大量にこなさなくてはならなくなったのだ。

 このときに儲けたのは、ツールを販売したアップル社とアドビ社だった。しかし、元写植屋や元製版屋の職人たちが、成長企業のAppleやアドビに就職できたという話は聞いたことがない。

ベーシックインカムで危惧されていること

 どうやら、ベーシックインカムの財源は、かなり怪しくなってきた。もちろん、かなり乱暴な推測であるため、異論も多いとは思う。ここはこれから議論を重ねていくべきところだ。

 ところでベーシックインカムは、その財源さえ解決できれば良いこと尽くめなのだろうか。いくつか懸念がある。

 まず、これまでの社会保障費同様、「不正受給者が出てくる可能性がある」との批判はつきものだ。不正受給とはたとえば、親や子ども、配偶者などがすでに亡くなっても死亡届を出さずに受給し続けようとするなどである。

 また、格差もなくならないかもしれない。富裕層はベーシックインカムで支給された現金をまるまる投資などの資産運用に回して、さらに裕福になるだろう。

 一方、貧困層は受給した現金をほとんど生活費に使ってしまうだろう。そして誰もが最低限生活できるようになると、仕事の選び方がより自由になる以上、3Kと呼ばれる仕事はいくら給料を上げても人が集まらなくなるかもしれない。

 そうなると、社会は誰が支えていくのか。なんでもAIがやってくれるわけではないのだ。

MMTのJGPとは

 ベーシックインカム肯定派は、財源の問題を解消するために、MMT(現代貨幣理論)に注目し始めた。

 MMTについてはwezzyに昨年寄稿した『令和は平成以上に国民が貧困にあえぐ時代に? MMTは日本経済の低迷を救うか』で紹介したので、そちらを参照していただきたい。

 ベーシックインカム肯定派がMMTを持ち出す理由はどこにあるか。簡単に言えばMMTが、税収を財源にせずとも財政出動を行うことができ、政府の財政赤字は気にしなくていいと主張していることに目をつけたわけだ。

 しかしMMTは無制限に財政出動しても良いとは言っていない。適度なインフレが保たれる範囲であるとしている。つまり、インフレを加速させる供給不足は問題だとしているのだ。となると、供給力の向上を約束できないベーシックインカムは、MMTとは本来相性が良くないように思える。

 それならば、MMTではどう[重樹1] やって貧困の問題を解決しようとしているのだろうか。それはベーシックインカムではなく、JGP(Job Guarantee Program:就業保障プログラム)だ。JGPとは、不況時に失業者が増大しないように、政府が最低賃金を決めて労働者を雇う制度だ。そして、この労働力で公共性の高い社会福祉事業やインフラ整備事業を行う。

 しかしベーシックインカム肯定派は、JGPでは政府が雇用を拡大してしまうため、民間の人手不足を拡大させてしまうという懸念を示す。

 これに対してMMTでは、政府はあくまで最低賃金で失業者を吸収するため、彼らが消費を行い景気が回復すれば、民間企業の方がより高い賃金で雇用できるようになるため、問題はないとしている。つまり景気が良いときは、政府の最低賃金は民間企業の賃金と競合しない。

 このことは、不況時の低賃金競争を防ぐことにもなるので、失業者の足元を見て過酷な条件で雇用するブラック企業の増殖も防ぐことができる。つまり、JGPは雇用の緩衝材といえる。

ベーシックインカムよりもMMTのJGPか

 JGPの面白いところは、貧困を無条件な現物支給(現金支給)ではなく、社会的な活動の場を提供することで救済するということだ。

 ベーシックインカムでは、金はやるのであとは各人の好きな暮らし方に任せるということになるため、支給された金をギャンブルにつぎ込んだり、労働を厭いニートになって引きこもってしまっても構わない。

 その結果、多くの人が労働意欲を失い、社会全体の生産性を下げてしまう可能性がある。そうなると、供給力が下がり、過度なインフレが起きてしまい、せっかく支給された現金の価値が下がってしまうかもしれない。

 また、きつい仕事は誰もが嫌がるので、ヘタすると社会を支えるために必要なシステムが動かなくなる恐れもある。労働力は移民で賄えばいい、という発想はおぞましい。

 ただJGPはお金に困っている人への即効性は高い。特に貧困を理由に自殺に追い込まれているような人を救うことはできるだろう。しかし、持続性は低いと考えられる。

 一方、JGPでは働く場を提供するため、生産が持続し、各人も社会に貢献することで、自己の存在価値を失わずに済むのではないだろうか。

 以上、つらつらと述べてきたが、筆者の結論としては、ベーシックインカムはその即効性から、経済的に危機的状況にある人を救うことはできるので、現在のような不況時には短期的に実践することは有効だが、一定期間後(つまり危機的状況から脱した後)はJGPに切り替えるというのが良いのではないかと考える。

 みなさんは、ベーシックインカムを、どのように評価するであろうか。

あなたにオススメ

「AIが働き人間が金を得るかたちでの「ベーシックインカム」は実現可能か」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。